Guides:#47 テスラの世界制覇

Guides:#47 テスラの世界制覇

A Guide to Guides

週刊だえん問答

週末のニュースレター「だえん問答」では、世界がいま何に注目しどう論じているのか、米国版Quartzの特集〈Field Guides〉から1つをピックアップし、編集者の若林恵さんが解題します。今週は、いま「最も評価される」自動車メーカー、テスラについて。

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Image: ILLUSTRATION BY SIMONE NORONHA

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──さて、今回は「テスラ」がお題です。今年の1月にテスラ1社の時価総額が、それ以外自動車メーカーの時価をすべて足した額を超えたところから、「テスラの世界制覇」(Tesla takes on the world)というタイトルがつけられています。

うーん。困りましたね。あまり興味をもったことがないんですよね。

──なんでですか?

なんでなんでしょうね。

──欲しいな、とか思いません?

実はわたしの従兄弟がテスラに勤めていましてですね。

──そうなんですか。

はい。つい先日、突然メッセージが来ました。「テスラモデル3価格調整入ってお求めやすくなりましたよ」と。「おいくら万円?」と返しましたところ、「いちばん安いので450万くらい。ロングレンジは650が499まで価格調整されたよ」とのことでした。

──おお。結構下がっていますね。買ったらいいじゃないですか。

ありうるとすれば社用車にしますかね。

──必要あります?

ないですね。

──ダメじゃないですか。

そうなんです。

──ほんとにハードウェアってものに興味ないですよね。

基本、ないですね。とはいえ「モノ」はキライじゃないんです。先日家の片付けをしたら骨董市で買った額縁が大量に出てきて「これどうすんだ?」となりまして。

──廃棄したんですか?

いや取ってありますよ。

──どうするんですか、それ? ただの額なんですよね?

そうです。ほとんど戦後のものだと思いますが、ただの額です。骨董市にいきますと、どこの誰が書いたのかわからないような絵が売っているんですね。いい額だなと思って「額だけください」って言うと、大概「絵ごと持ってけ」って言われることになりまして、仕方ないから絵ごと買って、絵は破棄するという(苦笑)。

──本末転倒感。

そうは思っていないんですが、とはいえ、どこの誰のものかはわからないとはいえ、人が描いた絵を捨てるのは、なんていうか、ちょっと心が痛むところはありますね。額を捨てるほうがきっとやましさが少ないような気がします。

──フレームとコンテンツ、みたいな話ですね。

後付けでは、そういうことも言えるのかもしれませんね。ハードにそこまで興味がないというのはその通りで、わたしは明らかに「ソフト」「コンテンツ」のほうにしか興味ないタイプなのですが、とはいえ、コンテンツはフレームがないと成立しないので、コンテンツを考えるところで、フレームについて考えることは多いと言えば多いんです。

Tesla takes on the world

テスラの世界制覇

──いわばハードウェアがコンテンツのフレームを構成していく、その部分には興味がある、ということですよね。

たしかにそういうことは言えるかもしれません。今回の〈Field Guides〉でも、ちょっと面白いなと思ったのは、イーロン・マスクが「工場」というものにある種のオブセッションをもっているところでした。工場のイノベーションというところを熱心にやっているんですね。

──「テスラの未来を描くイーロン・マスクのビジョンボード」(Elon Musk’s vision board for Tesla’s future)という記事に、「マシンをつくるマシンを磨き上げる」という項がありますね。

2016年にイーロン・マスクは、未来の工場は「エイリアン・ドレッドノート」(宇宙戦艦=Alien dreadnaught)みたいになると豪語して、高速自動製造を行う工場をつくるために巨額の投資をして、会社を破産寸前にまで追い込んだことがあるそうですが、その「エイリアン戦艦」を発表した際に、「工場がこういう状態になったら、勝ちということだ」と語ったその視点は、面白いですよね。

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──あるプロダクトが成立する上で、それを成り立たせている外側のシステムをどうつくるか、ということですよね。

製造業であれば、そのキモが生産工場のありようにある、といったことは、おそらく当然のことと考えられていると思いますが、それでも、ぼんやりしていると、うっかりそこのところは見逃してしまいがちになってしまうところなんだろうと思います。

──そうですか。

誰だったか忘れてしまったのですが、「飛行機が飛ぶためには滑走路がいる」といったことを言っていて、たしかにな、と思ったことがありまして。飛行機は飛行機がそれとして飛べるだけでは飛べないんですよね。

──誰かが滑走路をつくらないといけない、と。

言われてみれば当たり前ですよね。そういえば、つい先日、会社でこんな話をしていたんです。

──はい。

ほら、いわゆる町の蕎麦屋とか中華料理屋ってあるじゃないですか。

──ありますね。取り立てて美味いわけでもないけれど、近くにあると便利っていうヤツですね。

はい。ああいう店って、おそらく結構高齢化が進んでいてコロナをきっかけに閉店したりすることになっていたりするのではないかと想像するのですが、よくよく考えてみると、ああいうお店があらゆる商店街やあらゆる駅前にあるのって、ちょっと不思議な感じがするんですよね。

──というのは?

こう言っては申し訳ないんですが、町の中華屋さんやお蕎麦屋さんって、必ずしも「料理一筋」みたいな人がやっているわけでもないじゃないですか。

──メニューも味も、わりかし適当な感じですもんね。

そういう、こういう言い方は大変失礼にはあたりますが、ある意味とても中途半端なものが、全国津々浦々に存在しているのって考えてみたら、なんだか結構奇妙な感じがしません?

──いま、例えば蕎麦屋を始めようという若い人がいたとしたら、おそらくああいう形態の、ああいう位置付けのものには、たしかにならないような気もしますね。

もうちょっと気張るでしょうし、自分の店の「意味」みたいなものを考えるような気もしますので、ああいう適当な感じには、しようと思ってもなかなかならないんじゃないか、という気がとってもするんです。

──たしかに。

つまり、ああいうお店って、どこかインフラを整備するようなやり方で、つくられていったんじゃないか、という気がしなくもないんですよね。

──自由市場っぽい原理でつくられていったというよりは、公共主導で整備されていったというような?

それを公共が後押ししたという感じもしませんが、少なくともなんらかのテンプレートみたいなものがなかったら、あれだけ似たような形式とモチベーションの店が、全国に整備されることは考えにくいと思うんです。

──わたしも飲食店の始め方についてはまるで素人ですが、ぼんやりと想像してみるに、厨房の道具を一式揃えて、仕入先を確保して、といったことをスクラッチでやろうとしたら、途方に暮れる感じはしますよね。

もちろん一定期間、その業界で働いていれば、基本的なシステムや取引相手に関する知識は入手できると思うのですが、それなりの初期投資も必要な業態だとは思いますし、それなりの覚悟が必要なものだと想像したとすると、逆に、町の蕎麦屋さんや中華料理屋さんの、いい具合のやる気のなさってあんまり説明がつかないようにも思うんですよね。つまり、ある時期において、かなり参入のハードルが低かった可能性があるなと思ったんです。

──なるほど。妙なことを考えますね。

想像するに、初期費用を融資してくれる地元の銀行や信用組合や商店街といったものが、ぐるりと資金面から調達といったところまで、一定の面倒を見てくれるようなサブシステムのようなものが、かなり強固に作動していたんじゃないかと思うんです。

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──どうなっているんでしょうね、実際のところ。

そうなんですよね。これまた想像にすぎないのですが、かつてあった強固なサブシステムの握力が、どこかの時点で弱まって、その代わりに大きな資本をもったチェーンが出てきて、そうした事業者をフランチャイズ化していったような流れなのかな、と想像するのですが、いずれにせよ、津々浦々まで同じような形式の業態の何かを行き渡らせるためには、テンプレートのようなものが必要だろうと思うんですよね。

──「今日から始められますよ」と、事業がパッケージ化されていたということですよね。町のケバブ屋さんなんか、完全にそんな感じしますもんね。

まさに、そうなんです。ということをつらつら考えるとですね、問題は、さっきからお話している、わたしたちが重宝してやまない「適当な蕎麦屋」「適当な中華屋」みたいなものが、今後絶滅する可能性がある、ということなんです。

──ああ、たしかに。それを再生産するためのサブシステムが、存在しなくなる、ということですね。

そうなんです。仮に、そうした事業者の高齢化が進んでいるのだとしたら、ある時期から、そこにはすでに新規参入者がいなくなっているということのようにもなりますよね。サブシステムであるところのOSのアップデートがとっくに終わっていて、アプリケーションだけがなんとか作動している状態、という感じですね。

──そう言われると妙にしっくりきますね。

だからどう、という話でもないんですが、そうやって考えると、当たり前の話ですが、世の中はそれなりに複雑にできていて、表向きに表れてきている問題だけを見て、それを批判したりしてみても、どこか的外れになってしまうようなところはあるのかな、と思ったりしますよね。

──たしかに。

いつまで古いOSでやってるんだ、と批判するのは簡単ですが、かつてのOSがどういうものだったのか、という検証がないところで強引にOSの入れ替えをやったら、当然そこで息が絶えるアプリケーションもあるはずで、「そういうアプリを根絶やしにするのだ」という主旨でアップデートをやるのであれば、それでいいんでしょうけれど、まあ、なかなかそういうわけにも行かないですよね。

──テスラの話に戻すなら、イーロン・マスクがやろうとしていることは、製造のためのOSをアップデートしようということなのだとは思いますが、結構行ったり来たりしていますよね。2018年には、「オートメーション化にしゃかりきになりすぎて、いらんところまでやりすぎた」と認め、その後も自身のツイートで、「過剰なオートメーション化はわたしの過ち。人間は過小評価されている」と語ってもいます

そこにはいろんな教訓があるのだとは思いますが、それこそ「製造工場のあり方」というもの自体が、長い時間をかけてイノベートされてきたものでしょうから、それを一足飛びに未来に着地させるというのは、やっぱり難しいんだと思います。

──第35話「ムービーシアターの絶滅」でも似たような話があったかと思いますが、いくら「これからはストリーミングの時代!」と叫んでみたところで、「劇場どうするの?」というところでどうしてもスローダウンさせられたり、進路変更を迫られたりすることがある、ということですよね。

まさにそうだと思います。映画館なんてまさに、いまお話した蕎麦屋と似たようなものですよね。みんなが映画を楽しむためには映画館が全国津々浦々に必要だった、ということを、なぜかうっかり見過ごしてしまうんですよね。いま、ネットでいくつか資料をあたってみたのですが、戦前の1939年には全国の映画館数が2,000以上あったそうですから、結構すごいですよね。

──たしかに。それを根こそぎアップデートしよう、というのは無理がありますね。

結局のところ、「リープフロッグ」というのは、そうした古いOSが存在しない、あるいは未整備に地域で起きるわけですよね。ナイジェリアで映画のSVODが広まったのはそもそも映画館チェーンがなかったからですし、電子マネーの「M-Pesa」が広まったのは銀行システムにそもそもインクルードされていない人たちがいっぱいいたからですし、アフリカでドローン宅配が先行するのは基本的に「道路」が整備されていないからなんですよね。

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──そう考えると、日本は不利なところありますよね。一方で、中国はその意味でもいいポジションにいたと言えそうです。

中国と言えば、上海でテスラのショールームに行ったことがあるんです。

──へえ。

それこそ銀座のような一等地に、テスラのほか、NIOやBYTONといった中国の国産メーカーが立派なショールームを構えていまして、それぞれ見学に行ったんです。

──どうでした?

2019年の5月に弊社で企画したツアーで訪ねて、本当はなんらかの冊子にでもまとめようと思って旅行記のようなものを途中まで書いたのですが立ち消えになってしまいましたので、せっかくだから、一部ここに掲載しておきますね。テスラを訪ねたくだりです。

アメリカは中国を見ならうべきだ

アメリカ民主党のバーニー・サンダーズは、そう言って集中砲火を浴びた。貿易戦争のさなかであれば炎上は容易に想像できたはずだ。とすれば炎上上等の発言だったにちがいない。サンダースは、そうまでしてアメリカ国民に喚起したい話題があったのだ。

「グリーンテックに対する投資を政府がもっと行うべきだ」

それが彼の趣旨だった。中国のグリーンテックへの投資額は、米国、欧州、インドを合わせた額よりも多い。このままでは米国はグリーンテックの分野においても中国の遅れを取る。サンダースはそんな危機感を表明した。もっとも中国の国内エネルギーは、いまだその60%以上を石炭に負っている。何をかいわんやという意見もありそうだが、逆に言えば、そうであればこその巨額投資でもある。次期大統領選で「グリーン・ニューディール」を大きなアジェンダとして掲げる民主党としてみれば、中国への競争心を煽るのは、自分たちの政策に国民の目を向けさせるにはもってこいの戦略だ。

訪ねたのは、ブランドの高級ブティックが立ち並ぶ上海でも際立って静かなエリアだ。地元の人なのか観光客なのかで賑わう巨大なスターバックスロースタリーの並びに、EVカーメーカーのショールームが3つ並んでいる。おなじみテスラ、そして中国産の「BYTON」と「NIO」のショールームだ。それぞれ冷やかしに覗いてみる。 結論から言わせていただくと、テスラの賞味期限切れ感がハンパない。

BYTONが、フロントパネル一面を曲面の液晶パネルで覆い、NIOの車輌がボイスインターフェイスに軸足を置いていたりするのを見るにつけ、iPadのようなデバイスをギアの前にただ設置しただけと見えるテスラのユーザーインターフェイスのがっかり感は際立つ。中国産のメーカーたちが自分たちを、単なる「自動車メーカー」ではなく「モビリティカンパニー」として明確に定義していることも違いを際立たせている。

NIOは市場販売をスタートさせているものの、BYTONはまだ販売してはいない。NIOのEVの販売価格は最低でも700万円はくだらない。一緒に旅した自動車メーカーのとある社員は、「電気自動車は700万円の価格でもほとんどペイしない。どういうコスト構造になっているのか」と首を捻る。バッテリーの価格が大きなボトルネックとなって、生台数が上がればコストが下がるという論理も思うように働かないはずだが、と彼は言う。

ショールームを案内してくれた担当者に聞いてみると「バッテリーのコストは徐々に下がっているはずだ」と言うものの、「実際のコストストラクチャーは自分はよくわからない」と逃げられてしまった。イスラエル出身だというPR担当は、悪い人間ではなさそうだが、会社自体のプレゼンも正直いまひとつだった。一抹のハリボテ感が漂わなくもないのだが、それでも上海の一等地にどでかいショールームを構えるのだから資金は潤沢にあるのだろう。

グリーンテックへの投資を国策として推進してきたその一環として、EV産業にも大きなテコ入れがなされてきたことは知らていれる。購入者の税制優遇も手厚い。バーニー・サンダースの言葉を報じたニュースは、EV産業にもそろそろ自立を促すべく、政府が資金の投入を減らしつつあると伝えていた。

──テスラ、ダメでしたか。

中国の国産メーカーの車輌がどこまで優れているのかは、実際に運転していないのでまったく判断ができないのですが、割と明確に感じとれたのは、中国のメーカーは、自分たちを基本的にクルマのメーカーだとは考えていないということでした。これは実際、繰り返し説明のなかでも語られていたことでもあります。

──クルマのメーカーじゃないというなら、なんなんですか?

クルマはあくまでも起点で、クルマを買ったあとのサービスの部分が本当のサービスなんだ、という意識が強いんですね。NIOのウェブサイトを見ていただくとわかりますが、「オーナーシップ・エクスペリエンスを再設計する」というところに非常に大きな力点が置かれていまして、そうした観点からクルマのショールームには「NIO HOUSE」と呼ばれるものが併設されていまして、そこは「オーナーたちが自分たちのそれぞれの夢を叶えるためのインキュベーション空間」としてデザインされていたりします。

──ユーザーというかオーナーを束ねた一種のコミュニティビジネスと考えていいんですかね。

そうですね。このときのツアーを一緒にディレクションしてくださったBeBitの藤井保文さんは著書の『アフターデジタル2 UXと自由』のなかで、NIOの担当者のテスラ評をこう紹介しています。

「テスラは車の鍵を渡すまでが仕事だが、NIOは鍵を渡してからが仕事だ。我々が提供しているのはライフスタイル型高級会員サービスのようなもので、その会員チケットを買うために600〜700万年払ってもらい、ギフトとして車を差し上げるようなものです」

──ははあん。でも、若干の「ハリボテ」感はあるんですよね?

そうなんですよね。赤字覚悟でユーザーの獲得していき、それが一定数に達したところでプラットフォーマーとしてどんどんサービスを開発していくことを目指すというところは、もう完全にテックサービスと同じビジネスモデルを採用しているわけです。「クルマは走るスマホだ」という言い方は、それこそテスラ以後の自動車の世界ではよく言われてきたクリシェですが、そういう意味では、NIOもBYTONも、アップルのスマホと同じような考えでビジネスを構築している点で、ある意味テスラに先んじているとも言えるのですが、とはいえ、「クルマは走るスマホだ」と言ったはいいけれど、そこにいったいどういうアプリケーションが乗るのかについては、まだ誰も答えを見出せてはいませんよね。

──それこそソニーのコンセプトカーが、クルマを一種のエンタメ空間とみなすものでしたが、エンタメはアプリケーションのひとつの領域でしょうし、あるいは第38話「マインドフル・ビジネスの不安」でも語られた「ウェルビーイング」という方向性もありえますよね。

そうですよね。そのあたりについては、テスラはあまり興味を示していないところで、先ほどの「テスラの未来を描くイーロン・マスクのビジョンボード」という記事を見ても、自律走行車があまねく行き渡ると、クルマは「ロボタクシー」のようなものになるといったことぐらいしか言っておらず、それ以外となるとAI、火星という話になってしまいますので、そのあたりが、地球人の近未来におけるカーライフとどうつながっているのかは、正直あまりわからないんですよね。

──それこそイーロン・マスクが15年ほど前に書いた「テスラの秘密のマスタープラン」というブログが、「テスラはEV競争における競合優位の意味を変えた」(Tesla changed what competitive advantages mean in the EV race)という記事で紹介されていますが、そこで彼が語ったプランはこういうことでした。「スポーツカーをつくる/その売上で手頃な価格のクルマをつくる/その売上でもっと手頃な価格のクルマをつくる/上記を実行する過程でゼロエミッション電力生産という選択肢を提供していく」。

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こうして見てみると、たしかにイーロン・マスクのモチベーションは、最初からいまにいたるまでエネルギーの問題にあって、それはそれで徹底していてすごいなとも思いますし、であればこそ、Quartz Japanも翻訳記事にしていたように、中国との関係も「相思相愛」になるんですね。

──そうなんですね。

「テスラと中国『相思相愛』の先にあるもの」(Tesla needs China, but China also needs Tesla, 翻訳)という記事はこう解説しています。

中国は現在、国内の自動車産業にメスを入れようとしています。EV補助金を段階的に廃止するなかで、EV製造にまつわるさまざまなプロセスのうち、グローバル競争力をもった部門が成長することを期待しているともいえます。北京のシンクタンクAnboundが、テスラの存在は中国国内の高品質な電気自動車のサプライチェーンを強化し「最終的には中国の電気自動車産業の繁栄につながる」と説明している通りです。

テスラ側も、それと同じくらい、いや、それ以上に中国を必要としています。中国はいまや、テスラにとって米国に次ぐ第2の市場。今年、テスラは中国で記録的な台数を生産・販売する予定です。

2020年のテスラの売上のうち中国における売上は67億ドルで、総売上の約5分の1を占めています。ロイターによると、2020年、テスラ上海工場は中国で約15万台の自動車を生産しています。2021年の生産見込みは約50万台で、その多くは欧州市場に輸出されることになります。

(中略)現在の中国は、世界最大のEV市場のひとつです。そして2020年、中国で最も売れたEVはテスラの「モデル3」でした。テック分析ファームのCanalysによると、昨年の世界のEV販売台数の実に41%を中国が占めています。さらにこの国では、現在販売されている新車のうち5%にすぎない電気自動車、燃料電池車、ハイブリッド車の割合を、2035年までに100%にすることが求められています。

前出のAutomobility CEOのルッソは、テスラの成功を中国におけるアップルのそれに喩えます。アップルは中国で、スマートフォンを「日用品」から「中流階級が欲しがる贅沢品」に変え、市場をファーウェイ(華為)やシャオミ(小米)など国内メーカーに開放しました。いま、テスラによって同じことがEVで再現されようとしているというのです。

──2035年までに現在5%のシェアのものを100%にする、というのは、なかなかの目標設定ですね。

そうですね。その目標達成に向けて、国内の新興EVメーカーを国がかなり支援をしてきて、おかげで現在、中国には450社もEVメーカーがあるらしいんですね。

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──ひえ。

もっとも、そのうち実車を販売できているのは数社しかないのが実情だそうで、そういう意味では中国国内のメーカーがどこまで成長しうるのか、ここからが正念場と言えるのだと思います。上記の記事はこう説明しています。

EVメーカーXpeng社長のブライアン・グー(Brian Gu)は、人口13億人の中国では国民所得も向上し続けており、市場は「まだ形成されたばかり」だと説明します。しかし、プレミアムEVブランドであるNIOやXpengのほかにも、中国国有企業SAICとゼネラルモーターズの合弁会社であるSGMW(上汽通用五菱汽車)をはじめとする格安自動車メーカーなど、すでに有力なプレイヤーがいくつも現れています。実際に、約4,500ドルで販売されている上汽通用五菱汽車の『Hong Guang Mini EV』は、1月には『モデル 3』を上回る販売台数を記録しました。

──アリババやテンセントもそうですし、ファーウェイやシャオミといった企業が育ってきた経緯を見ても、中国政府はうまいこと競争を生み出して産業育成している感じはしますね。

これは以前にも紹介したものですが、英国の「NESTA」が中国のAIのイノベーションについて詳細に論じたレポートが2020年に公開されていまして、そのなかで強く語られているのは、中国が国家主導の完全なトップダウンで産業育成しているというのは神話で、むしろドライバーは地方政府だということです。国が地方自治体にインセンティブを与えながら、地域間でうまいこと競争をさせている格好になっているんですね。「推進は国家、実装は地方」(Promoting nationally, acting locally)という記事に、その辺は詳しく書かれています。

──なるほど。そうやってシステマティックに産業育成が行われていくとなると、日本の自動車産業があっという間に取り残されていくようなこともあるんですかね?

どうなんでしょうね。前回もこの話になりましたが、いまでこそ日本のメーカーは中国市場をあてにしていられますが、この間中国で起きていることは、クルマのみならず、それこそアニメや映画やファッションにおいても、国内プロダクトや国内ブランドへの傾斜だというんですね。そういえばつい先日、上記の藤井保文さんが、中国国内のファッションが面白いことになっている、と、「中国のファッション傾向に一石を投じるDtoCブランド『nice rice』に注目」なんていう記事を送ってきてくれました。

──へえ。

藤井さんの解説によると、2019年から「国内ブランドを使おう」「国内ブランドでいけてるブランドを見つける方がカッコいい」というトレンドがあるそうで、こうした流れは「国潮」と呼ばれているそうなんですが、結果、ファッション業界でも、欧米のファッションモデルは使われなくなっているとのことです。さらにそこに海外からのさまざまな批判や、コロナ対策をうまくやったことの自負などが重なって、こうした傾向が一層加速しているそうなんですね。

──なるほどお。産業ナショナリズムみたいなものがあらゆる産業で持ちあがっているということですかね。

いずれにせよ、そうした流れの先にオリンピックがある、となると相当盛り上がりそうな気配はありますね。

──自国ブランドを海外にアピールする絶好の機会ですもんね。そう考えると、日本は、一体何があるんでしょうね。それこそ振付家のMIKIKOさんの流出ボツ案が、「かっこいい!」と褒められていますが、「『AKIRA』でいいのか?」という気もしてきますね。

まあ、日本が世界に誇るべきレガシーであるというのは、その通りかもしれませんので、そこは措いたとしても、作品のなかで五輪は中止に追い込まれていたわけですしね。それを五輪の開会式で取り上げるというのは、だいぶヒネったアイデアではありますよね。

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──ですよね。文春と五輪組織員会の「全面戦争」についてはいかがですか?

文春の法務部は百戦錬磨のツワモノだと聞いていますので、100%負けない戦いだと思っているからこそ、記事化したのだと思いますし、編集長の反論も余裕綽々の言いたい放題でしたよね。また、実際あの記事があったおかげで佐々木某さんが辞任されて、それを組織委も承認しちゃったわけですから、それ自体が記事の「公益性」を証明した格好になっていますよね。であればこそ、組織委は、文春に対して法的措置を講ずることは匂わせてすらいませんよね。著作権の侵害、営業妨害といったことばは出していますが、提訴するといったことは一切言わずにいきなり記事の回収・削除を要求しているあたり、法的には勝てないことは、おそらく組織委もわかっているんだろうと思います。

──文春圧勝じゃないですか。

ただ、これはちょっと知り合いの弁護士に聞いてみたんですが、実際に資料をリークした人物は逃げられるかどうかはわからないというんです。

──あれま。

ここで問題になるのは、そうやって情報を外部に流すことが「情報漏洩」にあたるのか「内部告発」にあたるのか、というところだと思うのですが、その情報によって告発された当該者、この場合は佐々木某さんが、仮に刑事罰に値するような罪を犯していたら、内部告発者/公益通報者として保護の対象になる可能性はありえるそうですが、今回の場合はそうではありませんので、組織委の文書にあったように「営業秘密を不正に開示する者には、不正競争防止法違反の罪及び業務妨害罪が成立しうる」かもしれない、とのことでした。とりわけ、文春から情報と引き換えにお金を受け取っていたようなことがあると、リークした行為の「公益性」は認められない公算が強いそうです。

──文春は「公益性」や「表現の自由」によって守られるのに、その情報をリークした人は守られないとなると、内部告発って、やっぱり割に合わない感じがしますね。

公益通報者保護法というものがあるそうなんですが、その法律によって定義される「公益性」の範囲はかなり狭いそうなんです。という意味では、たしかに割に合わない感じはします。

──うーん。なんかどんよりしちゃいました。

そうなんですよね。組織委サイドも、そこに関しては警察を動かすと鼻息荒いですから、逮捕者が出る可能性がないわけではないそうで、そうなったときに世論が、それをどう受け止めるかが鍵になりそうです。

──「オリンピッグ」問題の際には「告げ口文化」とリークを批判する元マラソンランナーなどもいたわけで、そう考える人も一定数いそうですしね。仮にそうやって世論がリークした人を袋叩きにするようなことがあったら、今回のような情報漏洩/内部告発は、今後さらに難しくなるかもしれませんね。

そうした萎縮効果を狙うのであれば、組織委は血眼になって犯人探しをしそうですしね。

──いやな話ですね。

そうなんですよね。これは、今後の推移がとても気がかりです。このまま話が終わるといいんですが。

若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。『WIRED』日本版編集長(2012〜17年)を務めたのち、2018年、黒鳥社設立。本連載をまとめた書籍「週刊だえん問答 コロナの迷宮」もぜひチェックを。


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