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うん、素晴らしいスピーチ!
こういう言葉を発する人たちを、教育の中心に集めたいですね。日本中に、この考え方を広めたい。
公立の挑戦であることも、重みがありますね。
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この草潤中学校は、不登校特例校という政策に基づいて作られた学校です。通常の学校よりカリキュラムが柔軟でやらなきゃいけない「マスト事項」が限りなく弾力化できるため、逆にクリエイティブな学校運営ができたり、カリキュラムも運営できます。
草潤中学校は子どもたちが学び方を、1,家庭学習中心 2,週数日登校 3,毎日登校 の三パターンから選択できたり、定期テストを受けるか否かも各自選択。学習状況を基に個別に評価(高校受験にも対応)。制服や給食はなく、全校行事などもありません。
不登校特性校は、この事例含めて全国に17校。不登校児童生徒が18万人に達している中で、とても供給が足りていません。
不登校特例校に通えるのは、年間30日以上の欠席をした子、という定義を参考に、不登校傾向の子どもたちも対象になりますが、逆に、学校に傷ついて「不登校になった」という実績がある子どもにしか、入学の権利はありません。(実際の運用では、積極的不登校を受け入れるケースも今後は出てくるかもしれませんが。)
不登校特例校はどんどん増やしていきたいですが、本来、子どもたちの心が深く傷つく前に、多様な学校の選択肢の中から無償で、たくさんの個性あふれる選択肢から学校を選べる日本にしていきたいと願います。すべての学校が特例校、そんな未来をつくりたい。
率直にいって、未来の教育の在り方を考えるヒントがたくさん隠されている。

もう無目的に無意識に学校に「とりあえず行く、行かなきゃいけない」状態から脱却すべきだと強く思っている。

「義務」教育って名前も良くない。誰も「義務」なんて好きじゃない。
多くの不登校の子供達は 葛藤しいぇいる。 親も葛藤している。 この学校で成功・失敗が、 教育の現場で活かされていくことを望む。 
本来子供は自由を好み画一的には動けない。 この一歩が大きな影響を与えることが 教育の変化に繋がる。
不登校がこれからめちゃくちゃ増えてくると思うよ。義務教育は大きく変わるべきだ
岐阜市教育委員会時代に本件一部関わらせていただきましたので私なりの個人的なコメントをさせていただきます。

不登校特例校という計画を発表した当初は
「不登校生徒を優遇するとは何事か」
「学校に行けない人間はどんな学校を作っても来ない」
「不登校生徒が集まってきたら治安が心配」
など表面的なイメージが先行したご意見が多く、頭を悩ませることもありました。
不登校特例校自体は全国でも例があり、初めてのことではないのですが中々世間の認知が進んでいないことを感じました。

そんな中、早川教育長、教育委員、塩瀬先生や関係者の皆様が一丸となり、地域と社会にビジョンを示しながらここまできました。
塩瀬先生、本当にいつもありがとうございます。

全国的に不登校は増え続けています。そしてこのコロナ禍とGIGAスクールで学びの形が大きく変化するなか
日本の教育を今一度見直す必要があると感じます。
この草潤中学校はその一つの解となると確信しています。

豊かな水と柔らかな土壌で潤い、生き生きとした若草のように自由でしなやかな生徒がここから育つことを期待しています。
素晴らしいですね。私立じゃなく公立中学校だというのも素晴らしいです。生徒一人ひとりの個を大事にする仕組みだと思いました。特例ではなく、ぜひこういう学校が増えていってほしいと思います。
先日、公立の中学、高校の先生とお話する機会がありましたが、オンライン授業やSDGsなど、やったほうが良い、やってみたいと思っていても、「うちは私立じゃないから裁量もないし設備もない」とあきらめている方が少なくありませんでした。こういう学校が当たり前になると、先生方もあきらめなくてよくなる学校になるんだろうと思います。
「義務教育」で人生に必要な基礎的知識を遍く学ぶことは重要で、可能なら普通の学校で普通に学んで卒業することが、多くの児童・生徒にとって良いことだろうと思います。義務教育の性格上、全ての児童生徒に個別の教育を施すことは、効率の上でも難しい。
しかし人の個性は様々で、感受性が人並み以上に強くて“普通の子”が感じないことを敏感に感じ取ったり、優しすぎるほど他人の気持ちを思いやったりする結果、生き辛さを感じて不登校になる子といった子も一定の割合でいるはずで、本当は自分の方が優れたものを持っているにも関わらず“普通の子”と違う自分を責めて落ち込むこともありそうです。
そういう子たちの多くも、人と交わりたい、学びたいという思いは強く持っていると聞き及びます。分かり合え、安心できる仲間に出会えたら、“普通の子”にない感受性が個性の花を咲かせるに違いない。ところが少数派であるがゆえ、そうした出会いの場を見つけることが難しい。バーバパパがそうした機会を作ってくれるなら、本当に幸せなことでしょう。塩瀬先生のスピーチは勿論ですが、塩瀬先生を招いて除幕式をするに至ったご関係の皆様の尽力は、ほんとうに涙するに値する尊いものだと感じます。
いずれは、これがスタンダードになって欲しいと強く思います。

学校は、耐えるだけの場所ではない、と言いたいですが、実際のところ、私たちが普段しているのは、黙々と座り続けて課題に取り組むことのできる人間を育てることです。

それが必ずしも社会を生き抜く力とはならないことに、就職を担当するようになってはじめて気が付きました。

記事で扱われている「バーバパパのがっこう」
この理想に最も近いと感じるのは、以前見学した「マリアモンテッソーリ・エレメンタリースクール」です。

https://www.maria-montessori-elementaryschool.com

徹底した子ども中心主義のモンテッソーリ教育ですが、
放任ではなく、「教具」を通じて、子供が自ら学習する下地と姿勢を身につけることを重視しています。

ただ、70人の生徒に対して7人程度の教員がおり、
公立校で理想を実現するためには、専門的な知見を持った人員が、現在の2倍以上必要になることも確かです。

今回の取り組みが、新しい教育への流れを生み出してくれることを期待します。