「本が嫌いでも灘高→東大」ゲームとYouTubeだけでも国語が満点な子のある習慣
コメント
選択しているユーザー
タイトルだけでアクセスを稼いでもうけようとする記事ですね。国語が満点といっても小学校の授業での話。東大生は学部生だけで1万4千人いるので、そりゃあいろんな学生がいるでしょう。
「本が嫌い」といっても中高で本を読まなかったとは書いていません。確かに挙げている例は思考力を試すものですが、特に変わったものにも思えません。この人がこういうやり方をしたのは事実ですが、このやり方をしたら成績が伸びるとは限りません。因果関係が逆で、できた人を見たらたまたまこういうやり方をしていただけです。
この手の「東大生がやってる勉強法!」なんて情報に振り回されずに、自分に合った勉強法を考えてください。あらゆる試験がそうであるように、東大の入試もそんなに特殊な勉強法の必要な試験ではありません。
注目のコメント
「とにかく本を沢山読めば良い」が間違いであることは自明ですが、豊富な読書が、その人の素晴らしい知的躍動に繋がったんだなと感じることも多いので、お間違いなきよう。
「あと伸びする子の育て方」という私の講演で強調しているのは、第一に「家庭の言語環境」。その芯が「会話の質」。話し言葉でどんなやりとりをするか。子はまずは家庭の音声言語環境で育つ。側から見ていると、ここが決定的に異なるし、親の育ってきたままの器が現れるんですよね。最後の"お笑いで文脈を掴む力を鍛える"いいですね〜。自分も大阪育ちなので、大阪に帰ると、友達の子どもたちでもとても表現力が豊かなお子さんがいたりして、お笑いの力を感じます!
また我が家では論理的口喧嘩というかディスカッションは、夕食の定番になりつつありますが楽しいですよ。数学になぜを突き詰めていくと、公式にぶちあたってしまう。つまり記憶力の壁。公式になぜを突き詰めると更に難解な定理にぶち当たる。真の思考の世界。
どこでこのくらいにしておくか、いやもっと…と考えることになるかで、研究者かになるかに分岐していく。
それでも、なぜは思考力を司る唯一無二のシンプルでかつ普遍的な疑問力だと思います。