岡山の地方紙「山陽新聞」は地方紙で始めて夕刊を発行した社でした。明治20年に始まったその夕刊が、昨年11月末その歴史を終えました。 そこに集った自由な記者たちの物語。 四国巡礼のルポを書いた横田賢一さんの原稿がうまいなあと思ったらば、この人1988年の在籍中、別のペンネームで 「軟弱なからし明太子のある風景」で第68回オール読物新人賞を受賞していました。あとから知ったことです。 それだけの文才がありながら、あえて会社側の組合をやめて第一組合にうつり、編集委員20年。しかし、話題の記事を書き続けた記者でした。
マイニュースに代わりフォローを今後利用しますか