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「あのスタバがワクチン接種を支援?」で考える、自社の存在意義をうまく再定義する方法

Forbes JAPAN誌の1月19日の記事で、スターバックスがアメリカのワシントン州と提携し、新型コロナウイルスのワクチン接種の効率化を支援するという話題にふれ、企業組織の存在意義その再定義の必要性と方法について考えをめぐらせることになった(写真:スターバックス)。

スターバックスがワクチン接種を支援?

その記事というのがこちら。

新型コロナウイルスのワクチンの投与プロセスを加速するために、カフェチェーンのスターバックスが、ワクチン関連の業務の効率やサポートに取り組むと、ワシントン州の知事が発表したもの。

記事の見出しを見たとき、とっさに「スタバでワクチンを打てるようになるのか?」と思ったが、そういうことではなかった。スタバが11人の従業員をフルタイムで配置し、物流面での専門知識を活用して、ワクチン接種の拠点選択を支援する役割を果たすことになる、とのこと。

スターバックスのケビン・ジョンソンCEOは記者会見で、「スターバックスはヘルスケア企業ではないが、33,000店舗を運営しており、週に1億人の顧客にサービスを提供している。マイクロソフトなどの企業と協力して、予防接種センターの創設を支援していく」と語った。

ちなみに、アメリカでは各州がワクチンの投与に苦労しているという。その主な原因は、接種の優先順位の高い医療従事者の中にワクチンを拒否している人が多くいること、そして、物流と供給の課題だそうだ。

この記事でもふれられているとおり、もしも、ワシントン州が手を組んだのがドラッグストアなどであれば、特に驚きを持って受け止めることも、またこの記事を読むことさえなかったと思う。

それが、他の州ではウォルマートやCVSなど、薬局を持つ民間企業との取り組みが始まっている中で、カフェチェーンのスターバックスを巻き込んだというのは、少なくとも記事公開時点ではワシントン州のみ

ケビン・ジョンソンCEOは「当社は優秀なエンジニアたちを含め、世界トップクラスのチームを有している」とは言うものの、医療と明確な接点を持たないという点で、提携を打診したワシントン州、それを引き受けることにしたスターバックス、双方の大胆さに驚いた。

「サードプレイス」から「コミュニティーセンター」へ

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この報道にふれたとき、瞬発的には意外性を覚えたが、そのすぐ後には「たしかに一理ある」と納得感が押し寄せる、不思議な感覚を覚えた。

まず、ケビン・ジョンソンCEOが記者会見で述べたとおり、スターバックスは世界各地に点在する33,000店舗を運営し、多くの顧客にサービスを提供してきた。オペレーションは長年にわたり研ぎ澄まされ、その知見や経験、そして人材はおそらく、ワクチン接種の効率化にも適用できるところがあるのだろう。

もう一つ、納得したのは、このコロナをきっかけに「カフェ」というものの存在意義が変わりつつあるのではないか、という僕の個人的な洞察と重なる部分があったからだ。

スターバックスはこれまで、自らを「サードプレイス」と定義してきたと理解している。自宅でも会社でもない、自分が安心して自分らしくいられる場所を作る。そのために空間、そしてコーヒーを提供する会社であるということ。

しかし、このソーシャルディスタンス下で、カフェに集い、そこで時間を過ごすことが難しくなる中で、「もしもこの世からカフェがなくなったとしたら?」という問いに、多くの人、特にコーヒー好きの人たちは向き合うことになった。

僕もそんな一人だが、そのときに思い浮かんだのは「カフェは実は、コミュニティーセンターだったんじゃないか?」ということ。

たしかに、美味しいコーヒーを飲みながら、ゆったりと流れる時間を味わいに行く場所、それは前提としてもちろんある。しかし、このコロナで失われたのは、やはり人と人との交流

カフェでは、コーヒーやその場の雰囲気、あるいは社交そのものが好きな、似た者同士が偶然に出会い、そこで会話や近所付き合いなど関係性が生まれていた。バリスタも言ってみれば、コミュニティーマネージャーだったのかもしれない。

そんな、コミュニティーセンターとしてのカフェは、ワクチン接種を支援する立場と相性がいいのではないだろうか。

スタバの店舗でワクチンを接種するわけではないが、地域コミュニティーに属する人びとのハブであり、その地域をよりよくしていくための会話が生まれやすい場所としての、カフェが作り出す連帯感あるいは安心感は、コロナを克服していくうえで力になるように思う。

そして、もしスタバが自らをコミュニティーセンターと再定義するならば、今後の事業展開の可能性は無限大だ。今回のワクチン接種の効率化支援はもちろんのこと、「孤独」が今、社会問題となる中で、一人暮らしのティーンや高齢者を支援する場やサービスを作ることだって考えられる。

これから自社は何者を目指すのか? 再定義の方法

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スタバが自らをコミュニティーセンターと考えているかどうかは分からない。しかし、トヨタが近年、自らを「クルマメーカーではなくモビリティーカンパニー」であると謳っているように、自社の存在意義を再定義する必要に駆られている経営者は増えているように思う。

「モノからコトへ」と言われてきたが、コトですら世の中に溢れ、一定のニーズが満たされ、さらに個々人のコトへのニーズが多様化、細分化する中で、「このコトを提供すれば、ビジネスがうまくいく」という正解は、以前に比べて見いだしにくくなっているのではないだろうか。

そんな中では、「コトから意味へ」。なぜ、そのコトを提供するのか、そのコトを通じてどんなふうに世界をよりよい場所にしていくのか。その個性や姿勢に人を惹きつけようというビジネスの風潮があるように思う。これは企業組織だけでなく、個人についても言えることかもしれない。

しかし、自らの存在意義の再定義というのは難しい。トヨタは分からないが、今回のスターバックスもおそらく、ワクチン接種の効率化支援に自ら名乗りを上げたわけではないと思う

おそらく、ワシントン州のだれかがスターバックスの物流、オペレーションと、ワクチン接種のプロセスの関連性に気づき、スタバからすれば、思ってもみないところから声がかかったのではないかと想像する。

だとすれば、自らの存在意義の再定義は、かならずしも自分たちの中からひねり出さなければならないものでもない、のかもしれない。自分が提供しているコト、それを支える組織像を見て、他の人や組織から「こういうことはできないか?」と声がかかることが、いい再定義のきっかけになるかもしれない。

しかし、やはり今回のスターバックスとワシントン州の提携が衝撃的だったのは、まったくの異業種でありながら、スターバックスの個性がハマり、さらにそれによって世界がよりよい場所になるというイメージ、大義名分が、市民の目線ですぐに腹落ちするものだったからだろうと思う。

だとすれば、コロナもそうだが、今この時代に解決しなければいけない社会課題に対して、自らの組織はどんな役割を果たせるのか。そのことを常日頃から思案しつつ、業界を超えた「まさかこんなところでなにかが生まれることなんてないだろう」というセレンディピティーの機会を引き寄せること、この2つを意識し続けることが、再定義のために自分たちにできることなのかもしれない。

「そういうあなたはどうなんですか?」という質問にどうしても帰ってきてしまうが・・・(苦笑)。

「編集者」と名乗る人や、それこそコロナに関する情報を発信する人も多い中で、自分が提供しているコトは、他の編集者と差別化できているのか。世界を少しでもよりよい場所にしていきたいという思いはあるのか。あるとすればどうやって? 自分が存在する意味を分かりやすく再定義できているのかーー。今頭の中にぼんやりとある答えについて、また近々書いてみたい。

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』『フューチャーリテール ~欧米の最新事例から紐解く、未来の小売体験~』。ポッドキャスト『グローバル・インサイト』『海外移住家族の夫婦会議』。


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