消えた「はだ色」、聖徳太子の名称変更 小学校の「新常識」 〈週刊朝日〉
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「肌色」という色の呼称がまだ生きていたこと自体が問題だと思います。女々しいという言葉も禁止です。卑弥呼が聞いたら、きっと雄叫び(これも禁止)をあげます。時代の進化に応じて、人の感性や言葉も進化するのは当然なことだと思います。
「はだいろ」について、言葉の倫理とは別に、この言葉は、“肌は「はだいろ」”と子供にバイアスを与えて、本来持っているアートのセンスを奪うと思います。子供の絵で、肌色で塗られた顔を良く見かけますが、観察力も想像力も働かせる前に、「はだいろ」で塗るという安易な手段を選んでしまったせいかと思います。「バナナ色」とか有れば、バナナを描く時、つい使ってしまいます。肌は、驚くほど複雑な色々で美しいことは、みんな見えているはずですが、そのことを、モネの様に意識出来ない(上に表現できない)。その意味では、「水色」もやめた方が良いと思います。へー、聖徳太子は知らなかった。
アルコールランプは100年くらい前は科学の現場で使われていたんでしょうが、もちろん現代の研究室にはそんなもんありません。安全性だけではなく理科教育が科学の進歩に完全に遅れていました。僕が小学校の頃は天秤ばかりの使い方を延々と練習させられましたが、もちろんそんなのは現代の科学の現場では使いません。