2021/1/18
【知る×脳科学】人間の「知る」行為の本質とは何か
編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
12月8日に、同時視聴者が5000人を超えた、関西のニューリーダーのためのイベント「WestShip」が開催されました。Baseconnectは、固定観念を捨てて「越境」し、さまざまな価値観と「共創」するWestShipの趣旨に賛同しています。
※この対談は非公開で実施いたしました。
なぜ人間には「知りたい」という欲求があるのだろうか。「知る」行為の本質とは何なのか。情報があふれ、必要な「知」にたどり着きにくい今、私たちの情報収集リテラシーがまさに試されている。
では、人間の脳はテクノロジーの力を使って「知る」行為をアップデートし、「情報格差」を越えられるのか。そもそもテクノロジーと人間は共創できるのか。
「世界中のデータを繋げる」をミッションに掲げるBaseconnect社長・國重侑輝氏と、ウェルビーイングを科学する石川善樹氏の対談から、「知る」の正体を解き明かす。
情報は人間の解釈によって知識に変わる
──人間は「知る」行動で「知識」を増やし、課題解決につなげる生き物です。そもそも、人間はなぜ「知る」欲求があるのでしょうか。
石川 それはものすごく本質的な問いですね。
なぜ人間は知りたがるのか。哲学的にはいろいろな立場があるでしょうが、脳科学的には「期待自由エネルギーを最小化するため(by フリストン教授)」というのが一つの仮説だと思います。
ただ、期待自由エネルギーの話をすると複雑になりすぎるので(笑)、視点を変えて「人はいかにして知るのか?」という問いを考えてみたいと思います。
私見ですが、結論から言うと、次のような3つのプロセスがあると考えています。
このような「データを得る→情報に変える→知識に変える」という一連のプロセスを「知る」というのだと僕はとらえています。
國重 人間の解釈はとてもクリエイティブな行為で、同じ「情報」でも人によって捉え方が違います。
データを集めて解析し、情報に転換するのは機械が得意な領域ですが、「解釈」というクリエイティブな作業で知識に落とし込むのは人間にしかできません。
──まさにそれが、機械には代替できない部分だ、と。
石川 そうですね。「解釈」のクリエイティビティーは、機械には代替できません。なぜなら、どこまでいっても解釈は「主観」でしかないからです。
たとえば、職場で大きな声で部下にコミュニケーションを取っている上司がいたとします。
その情報に主観が入ると、「上司が部下に怒っている」という解釈をする人もいれば、「上司が興奮して話している」と解釈する人もいますよね。
そして、解釈には「概念」も重要な役割を果たしています。
「虹の色の数は国によって違う」という有名な話があるのですが、日本で虹の色といえば7色が常識ですが、アメリカやイギリスでは6色、ドイツは5色、アフリカは暖色と寒色の2色という部族もいます。
なぜこういった違いが起きるかというと、文化によって色に対する「概念」が違うからです。
人は概念を通して物事を見ているから、たとえば「わび・さび」の概念を持つ人が「石に生えている苔」を見ると、奥深さや美しさを感じますが、「わび・さび」の概念を持たない人が見ると、単なる石に生えた苔でしかない。
それだけ、持っている概念によって解釈は異なるのです。
必要なときに必要な情報と出会う
──クリエイティブな解釈をするためのポイントはありますか?
石川 それは人によってやり方が違うでしょうね。
僕は20代の頃、手当たり次第にさまざまな情報を集め、それらを眺めて解釈を作り上げていました。
しかし、30代半ばからやり方をガラリと変えて、まずは解釈を作り、そのあと情報と出会う、という順番にしました。
例を挙げると、昔はとにかく本を読み漁っていたのですが、最近は本を買うだけ買っておいて、しかるべき解釈を持ったタイミングで読み始める、ということがよくあります。
國重 必要なときに必要な情報と出会うというのは、その通りだと思います。
僕も、目の前の課題を解決するために、ヒントになりそうな本を買ったり記事を読んだりしますが、そういう情報は必要のないときに触れても頭に入ってこないし、使えないんですよね。
やみくもに情報収集するのではなく、自分しか知り得ない情報や手に入れにくい情報に触れて、自分しか気づけない解釈をする。
いかにインプットを差別化し、その情報にどんな解釈を加えられるかが重要だと思います。
──自分しか気づけない解釈とは、具体的にどういったことでしょうか。
國重 たとえば、事業を構想する際には「自分らしい解釈」が大事になります。
世間に出回っている情報をそのまま照らし合わせて「この事業はうまくいかない」と判断されても、自分だけが知り得た情報を自分の視点で解釈し、確信を持って「うまくいく」と判断できたら、独自の戦略を武器に事業を構想できるでしょう。
石川 みんなが見ているものを、みんなが見ていないように見る、というのが重要かもしれないですね。
同じ情報を見ても、周りの人が「チャンスはなさそうだなー」と思うところを、「そんなことはない」と信念を持てる人が、宝のタネを見つけるのだと思います。
良質な情報と時間は「お金で買う」時代
──20世紀から現代にかけて情報が氾濫したことで、情報そのものの価値は一気に下がりました。情報の価値はこれからどうなると思いますか?
國重 揺り戻しがあると思っています。
昔は、情報が少なかったから情報自体に価値があったけれど、商業的に作られた質の悪い情報があふれたことで、選別する必要が出てきました。
だからこそ、有料記事などお金を払って少量の良質な情報を得ることに価値が生まれていますよね。
たとえば、オムライスを作ろうとして検索すると大量にオムライスのレシピが出てきますが、お金を払って本当に美味しいオムライスのレシピを1つ見られるなら、その方がいい。
質を考えずに大量に情報を得る時代から、「良質な情報と検索時間をお金で買う」という変化のフェーズにあると思います。
石川 まさにそれは、トリスタン・ハリスが提唱する「デジタル・ウェルビーイング」という概念を指していますね。
つまり、デジタル世界における「Time Well Spent(有意義な時間)」とは何か、世界規模で模索が始まろうとしています。
解釈の時間を増やし、知識を積み上げる
──脳とインターネットが接続する未来がやってくるという予測がありますが、そうなると、人間の脳の役割は変わるでしょうか?
石川 2011年にサイエンス誌に出た論文で、「わたしたち人間は既に記憶の一部をグーグルに頼るようになっている」という趣旨の知見が発表されました。
まさにインターネット・オブ・エブリシング(IoE)の時代が到来しているのでしょう。
國重 脳とインターネットがつながる未来の前に、情報収集コストを下げる未来が来ると思っています。
人が何かを調べようとしたとき、キーワードを考えて検索サイトで検索し、その結果からマッチしていそうな情報を選んで、サイトを読み込みます。しっくりこなければそれを幾度となく繰り返す……。
あまりにも情報収集コストが高いですよね。
必要な情報にうまくアクセスでき、知識獲得に集中できるテクノロジーやサービスが当たり前に使われる世界になると思います。
──そうなるまでは、情報の質を見極めるスキルを身につける必要もありそうですね。
國重 現時点では、検索スキルがある人とない人では、たどり着ける情報に違いがあるのは確かです。
ゴールまでに何が足りないのかに気づく力と、足りない部分の情報を正確に持ってくる力が必要で、これはレベルの高いスキルだと思います。
だけど、情報の質を見極めるのにスキルが必要なのは、本来おかしいと思うんです。
誰でも情報発信できるようになったのは素晴らしいことですが、一方で質の低い情報も大量に出回り、個人に情報の質を判断する能力を求める世の中になってしまった。
最初から信頼できる情報しかなかったら、スキルがなくても良質で必要な情報に簡単にアクセスできますよね。
僕は「情弱」という言葉が嫌いで(笑)、情弱の人が生まれること自体が変だと思っています。
テクノロジーと人は「越境」するか?
──10年、20年後、テクノロジーの進化と共に情報収集のスタイルは変わっていくと思います。テクノロジーと人間はどのような関係になると思いますか?
石川 一人一人が存在価値を発揮できる、多様性ある社会にテクノロジーがうまくはまるといいなと思います。
でも多様性を担保するのって、すごく難しいことだとも思うんですね。
人は多様性のある人が集まった場にいると、自分と似たような人と友達になろうとする傾向があります。ですが、似たような人が集まった場にいると、自分と違う人と友達になろうとする。
つまり人間は、自分が置かれた環境に応じて「同質性と多様性のバランス」を取ろうとするわけです。
これはおそらく情報も同じで、多様な情報環境を用意すると、同質的な情報ばかりを求めるかもしれないし、逆に同質な情報環境を用意すると多様な情報を求めるかもしれません。
そのような人間の特徴をうまくとらえて、テクノロジーは一人一人に異なる「情報収集のパートナー」として、共存できればいいなと思っています。
國重 僕も同じで、機械と人はパートナーのような存在になると思います。機械が得意なのは膨大な情報を正確に記憶して、必要なものを取り出すこと。
人の記憶力には限界があるので、それはできません。
人がやるべきは、機械が取り出した情報に解釈と思考を加えて、行動を起こすこと。必要な情報をピックアップする作業の機械化は、これから一層進むと思います。
僕は、世界中のデータを繋げて必要な情報にダイレクトにアクセスできる世界を作るために、2017年にBaseconnectを創業しました。
現在は、法人営業を支援するクラウド型企業情報データベース「
Musubu」で、新規顧客を効率的に探せるサービスを提供しています。
その背景には、人間が人間にしかできないことに集中できる社会を作りたいという思いもありました。
機械ができることをやり続ける人生は送りたくないし、死ぬ間際に「今まで自分がやってきたことは機械ができることだった」とわかったら、死に切れません。
一人一人の存在価値を発揮できる生き方をしたいし、そういう社会をリードする存在でありたい。
機械ができることは機械に任せて、人は人にしかできないクリエイティビティを発揮する未来を作りたいと思っています。
執筆:田村朋美
編集:川口あい
写真:小池大介
デザイン:小田 稔郎