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ガラスの天井に挑む~女性首相への道

「アイ・アム・スピーキング」カマラ・ハリス氏が喝采を浴びる訳 在米ジャーナリストが読み解く

「アイ・アム・スピーキング」カマラ・ハリス氏が喝采を浴びる訳 在米ジャーナリストが読み解く
バイデン前副大統領の応援演説に立つカマラ・ハリス氏=2020年3月9日、米ミシガン州デトロイト
在米ジャーナリスト/津山恵子

「アイ・アム・スピーキング(私が発言しているんです)」

10月7日、米副大統領候補テレビ討論会で、民主党候補のカマラ・ハリス上院議員が、彼女の話を遮ろうとする共和党候補のマイク・ペンス副大統領にこう言った。この瞬間、「よく言った」と快哉を叫んだ米女性は数知れない。

刑事ドラマに長く出演し、女性問題に積極的な発言をする女優マリスカ・ハージティさんはすぐに、こうツイートした。

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マリスカ・ハージティさんのツイッター

「世の中のすべての女性と女の子たちへ。(今後は)自分の居場所を確保することができるようになります。『遮らないでください。私が話しているんです』と言って、自分たちの声を力強く、喜びを込めたものにするために」

CBSニュースが集計したところ、ペンス氏は90分の討論会の間、ハリス氏の話を10回遮ったのに対し、ハリス氏は5回だった。

「私に話を終えさせてくれたら、会話ができます」

「(司会者に対し)彼は途中で遮りました。だから、私に話を終えさせてください」

と、ハリス氏は何度も訴えた。包み込むような笑みを浮かべ、ペンス氏をまっすぐに見据えて、対等の立場を保とうとした。こんな場面は、大統領選挙の歴史ではなかったことだ。

次々とハッシュタグ“#imspeaking ”

ツイッター上に#imspeakingというハッシュタグが現れ、多くのユーザーが次々にツイートした。

「世界中の女性が、毎日毎日言っている言葉」

「男性がいるミーティングで、すべての女性が感じていること」

ハリス氏は、たった3語の言葉で、女性を取り巻く環境を表現し、現職の副大統領を相手に反撃に出た。討論会のハイライトとも言える場面だった。2016年にヒラリー・クリントン元国務長官が、民主党大統領候補に選出されたのは、女性に対する「ガラスの天井」が厳然として残る米社会で歴史的な瞬間だった。ハリス氏は、クリントン氏とは異なった意味で歴史の一幕を生み出している。

ハリス氏が今年8月、ジョー・バイデン民主党大統領候補に副大統領候補として抜擢されたニュースは、民主党の雰囲気を一変させた。

「この4年間で一番素晴らしいニュース。彼女ならできる」と、女優ジェニーバ・カーが筆者にメッセージを送ってきた。4年前は、人気女優ながらクリントン氏当選のために、有権者に投票を呼びかける「電話バンク」にまで詰めたリベラル派である。

「初」が象徴するハリス氏の多様性

「初」が多くつく候補者でもある。

ハリス氏は、「初の黒人」「初のアジア系」の副大統領候補だ。バイデン氏が11月3日の選挙で勝利すれば、「初の黒人」「初のアジア系」「初の女性」副大統領となる。「初の黒人」大統領となったバラク・オバマ氏が、候補者として頭角を現した時と同じような期待と興奮を感じさせる。「ガラスの天井」を破るだけでなく、多様な人種間にあった「天井」が一気に取り払われる爽快感を存在だけで感じさせるからだ。

バイデン氏が高齢なため、選挙に勝利しても1期だけの大統領とみられる。そうなれば2024年、初の女性大統領、カマラ・ハリスが誕生するかもしれない。クリントン氏が2016年に敗北し、女性大統領の誕生は当面ないと悲観的見方が広がったが、ハリス氏が副大統領候補になったことで、わずか4年後に再びそれが現実的になった。

ニューヨークのジャパン・ソサエティー理事長であり政治学者のジョシュア・ウォーカー氏は、ハリス氏の指名は「副大統領候補選びで、米国の歴史上、最も重要」と指摘した。なぜなら、「ハリス氏は、人種・移民問題を自分の言葉で語れる、民主党の支持基盤の“将来”を担う候補」だからだ。

人口の構成で白人の比率が減り続ける米国で、将来の支持基盤とは、まさに彼女のような非白人であり、そして、若者だ。

ハリス氏は8月12日の副大統領候補指名の記者会見で、自分の生い立ちを印象的な表現で語った。

「インドから来た母と、ジャマイカから来た父は、世界一の高等教育を受けたくてアメリカに留学し、出会ったのです。そして、私を乳母車にしっかりくくりつけて多くのデモに行きました」

「母は、ふんぞり返って、文句ばかり言っていてはダメ、何か行動を起こしなさいと言って、私たちを育てました」

ハリス氏は、黒人の人権を訴える公民権運動最中に生まれた。場所は、リベラルでデモが頻繁に開かれるカリフォルニア州。移民としての両親は、人権意識が強く、自宅で公民権の勉強会を開き、デモにハリス氏を連れて歩いていた。母親は、父親と離婚しても、すでにゆかりがある黒人コミュニティーを大切にし、ハリス氏姉妹を黒人文化の中で育てていた。

ロースクール修了後、サンフランシスコ市の地方検察局でキャリアを始め、2003年にそのトップ、地方検事に選出された。

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集会で演説するハリス上院議員=2019年11月1日、アイオワ州デモイン(ランハム裕子撮影)

強く、スマートにジェンダーを超える

上院議員に2016年当選し、黒人女性で2人目、南アジア系で初となった。

高齢で重鎮が多い上院議員で、1年生議員のハリス氏の名前が突然浮上したのは2018年だ。

トランプ大統領が、連邦控訴裁判所判事ブレット・カバノー氏を最高裁判事として指名。ところが、カリフォルニア州の心理学教授、クリスティーン・ブレイジー・フォード博士が、カバノー氏が高校生時代、酒に酔って彼女に性的暴力をしたと告発していた。カバノー氏とフォード博士の両氏の証言を求めた上院司法委員会公聴会が同年9月に開かれ、ハリス氏の冷徹で容赦ない質問ぶりがテレビで何度も放送された。

ハリス氏は、カバノー氏をまっすぐに見つめ、畳み掛けるように質問を浴びせた。カバノー氏は、眉間にしわを寄せ、次第に声が弱くなり、議場内から「ははは!」という笑いまで起きた。

カバノー氏は、「質問は何でしたか?」と何度も尋ね、ハリス氏は「1分前にしたばかりです。ここまで8時間の質疑であなたはすべてのことを記憶していると答えてきましたよね」と返した。

かつては地方検事として、そしてこの公聴会のように上院議員として繰り返してきた冷厳な判断力が、彼女の人生で最も重要な舞台、副大統領候補討論会での「アイ・アム・スピーキング」につながった。男性と対等、あるいは優位な立場に立って仕事をこなす姿が、この時もツイッターで喝采を浴びた。

ハリス氏は、キャリアや能力だけでなく、「ガラスの天井」を打ち破るために無数の女性が歯を食いしばってやってきたことを、いとも簡単にしかもスマートにこなす。ファーストレディー、上院議員、国務長官とキャリアで武装してきたヒラリー・クリントン氏より若く、クリントン氏よりも多くの共感を呼んでいるのが、その自然なジェンダーを超えた能力だろう。

可能性広がる「初の女性大統領」

今回の副大統領候補討論会は、大統領選の歴史の中で最も重要とされていた。なぜなら、トランプ氏もバイデン氏も高齢であり、どちらが勝っても職務を遂行できなくなった場合、自動的に副大統領が職務の譲渡を受けるからだ。つまり、ペンス氏もハリス氏も、大統領になる可能性が残されている。

「アイ・アム・スピーキング」のメッセージを発信したハリス氏の強さは、人々の記憶に残り、後世歴史の教科書に載るかもしれない。さらに多くのメッセージを聞き、啓発を受けたい女性がたくさんいるはずだ。「初の女性大統領」という将来も夢ではないかもしれない。

津山恵子
津山恵子 ( つやま ・けいこ )
東京外国語大学フランス語学科卒。1988 年共同通信社に入り、ニューヨーク特派員などを経て2007 年に独立。著書に『「教育超格差大国」アメリカ』『現代アメリカ政治とメディア』(共著)など。ニューヨーク在住。
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