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様々な校則がすでにそうであるように、「禁止」が増えることは、その禁止決定プロセスを理解させることよりも、守らない子どもを違反者として扱わなければいけない項目が増えるということ。取締項目が増えることは、先生と子どもたちの関係性を不機嫌な関係性にしやすい。できるだけご機嫌に、そして対話的に、起きていることと、向き合える条件整備を大切にしたい。
みんなが「●●さん」と呼べばいじめがなくなるわけないと思いますよ。私の旧姓には苗字の最後に「お」がついていましたが、「●●おっさん」って呼んでくる人いましたしね。先生に「呼び捨てはダメ」といわれたから「さんづけしてまーす」と言い訳できるようにそう呼ぶんですよ。

そんなふうに、あだ名が禁止されたら、「●●さん」の微妙なアクセントや間合いにからかいの意味をこめるんじゃないですか。そういう枝葉末節を禁止するより、クラスを過密にしないとか、「みんな仲良く」を強要しないほうがいじめ防止になると思うんですけどね…。
校則で禁止しようと賛成している方々の思考は下記のようなものでしょうか。
・あだ名で呼ぶことによっていじめが起こる
・あだ名を禁止すればいじめが防止できる
・あだ名で呼ぶよりも「○○さん」と呼ぶことでいじめに繋がらない

かつて、いじめに遭ったことのある当事者ですが、あだ名で呼ばれることによって救われることも感じましたし、いじめる子たちはそもそも名前を呼ぶようなこともありませんでした。

いじめの原因は僕の性格、特に正義感が彼らにとって気にいらないということなので、不真面目にすればいじめられることは無かったでしょう。いじめの原因とは関係ないことは議論することすら無駄なことです。校則で禁止を増やすことよりも、生徒たちが自主的にいじめと向き合う、そんな時間を増やすべきでしょう。

そもそも、一人ひとりの違いを認め合うことを幼い頃から教育していくべきなのですが、文部科学省が今までやって来た画一的な人材づくりがいじめとなって現れていると考えることもできそうです。
あだ名を禁止してもいじめ問題が良い方向に行く訳ではないと思うけどな。もっと根本を考えないと。親しい友達はあだ名で呼びたい子供も多いんじゃないかな。

ちなみにうちの会社は皆あだ名で呼び合っています。フラットな会社なので役職で呼び合うことは無いのですが、あだ名自体に役職っぽいものもあります。

例えば私のあだ名は「てんちょ(店長)」。他には「たいしょ(大将)」「会長」「しょーぐん(将軍)」「オーナー」など。誰がスゴイのか全く分からないあだ名ですが、イジメどころか、皆とても仲良しです。笑
あだ名が良くないんじゃなくて「いじり」が良くないんですよね。悪意は無くても、相手はイヤなんじゃないか、と考えてみる。その辺を深く教えてあげて欲しいですよね。ただ禁止するだけじゃなくて。その「意味」が大切なんだと思います。
生活態度を含めて教育現場にはむしろ自由が常に許されるべきだと思います。自由が許されるためには、当然節度ある行動は必要で、一線を越えてもいけない。そうやって自然な形でコミニュティのあり方を教えることが、学業以外に教育現場が担うべき役割だと思うんです。

それを一方的に校則で縛ったところで、結局学校側が楽してるだけであって、意味はない。だから、私自身はこうした少数の問題に絡んで、全体を息苦しくして成長を止めるような愚策には大反対ですね。

だいたい、あだ名なんて、この世の中・社会にどこにでもあるものじゃないですか。ハンカチ王子、青汁王子、etc。社会で認められてるものなんだから、その扱い方やリスクを教えることが、教育の本質でしょうに。

教育者を再教育した方がいいよ、ほんと。
おそらく本質的なところの理解が進んでいないから、外形的なところの禁止を策としてあげてしまうのではないかと思ったりする。
禁止事項を行っていた場合、いじめとして認定しやすいのかもしれないから、ルール作りとして考えているのかもしれない。と考えると、これまでなかなかいじめがあったという認定をしないこともうなずける(被害者からすれば到底納得できないことではあるが)。