「オンライン授業」は本当に対面授業より劣っているのか
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答えを出すのは難しいが、他記事ではオンラインが問題ではなく、大学の先生の授業の質やデジタルリテラシーやデバイスの問題な気がします。
オンラインを活かして有益な授業をオンラインでできている先生は年齢に関係なく多数いる一方で、ただオフラインのつまらない授業をオンラインでやっているだけの先生もいる。(大学時代にどの角度から見てもつまらない授業をしている先生は沢山いた…)
逆手に取れば、オンラインだからできる施策や授業、集客方法は沢山ある気がする。この辺りもデジタル庁の創設に伴い議論されていくのだろうか?!
それよりは、大学でも大学院でもコミュニティが喪失していることが本当に可哀想に思う。今後のニューノーマルな時代において、大学側が学生同士のコミュニティ形成を支援することの方が大事だ。
大学でも大学院時代でも、そこでできた友達や仲間が1番の学びであり、費用対効果が高かった。(まぁただグダグダ飲んだり議論したりするだけなんだが…)
ここは本当に今の学生さんに同情するが、それをも乗り越えて進化していくのが若者の力なので、新たなコミュニティ形成の方法を模索していることを祈る。
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MIT(マサチューセッツ工科大学)のエリック・グリムソン副総長は、講演の中で「もう講堂は要らない。知識の伝達はビデオ動画でやればいい。必要なのは小さなラボで、そこで議論することが重要なのだ」と語りました。
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本当にその通りだと思う。
さぁみんな変わろう!
注目のコメント
3月に帰国して以来オンライン授業を受けてきたハーバード生です。講義(情報伝達)の内容には不満はないものの、実験ができなくなったのは残念でした。
結局のところ、授業をなんのためにやるのか、その目的達成のためにはどの手段が一番良いのかを常に考え続けるということなんだろう。「対面授業」の価値を考え直すきっかけになったというよりも、「授業」「大学」の価値そのものを考え直すきっかけになった2020年。大学での学びは、学びに対する学生の姿勢によって大きく変わります。オンラインや施設は道具の変化にすぎないので、今ある環境で最大の学びを得られるように努力するだけです。
4月から大学院に通っていますが、軒並みZOOMのオンラインになり、後期から一部の講義が対面になりました。オンラインだから質が悪いということは感じておらず、オンラインだからこそ得られた学びの深さもあります。
知識伝授系の講義は教材や動画配信で課題の提出や掲示板で質問する形式になりましたが、講義時間に束縛されずに向き合えるのでありがたかったです。
ZOOMでのオンラインでも、グループワークでしっかりと議論できますし、話題になった情報を検索してチャットで共有することも瞬時にできました。在宅であれば参考文献を本棚からすぐに取り出せることもあいがたかったです。
教授が話をしている際にもチャットで意見を共有することができるので、講義内容のより深い理解につながったと感じています。
一方で、雑談するゆとりがないので、何気ない会話からの気づきや同級生の人となりを掴むことは苦労しました。この点は、我々もオンラインに慣れていないがための問題かもしれません。
対面ではオンラインでは弱かった脱線があるので、そこからの気づきが得られますが、全ての講義が対面である必要性までは感じられません。
そもそも一定の施設を要求する設置基準の意義が怪しいとは思っていますが、半数以上の対面を求める姿勢は、根拠なく学びに精神論を持ち込んでいるに過ぎず、昭和的な価値観の亡霊にしか思えません。「本来的に規制官庁である文科省は、こうした動きが広がることを受けて、自らの役割を大きく捉え直す必要が出てくるかもしれません。授業のハイブリッド化は、教育機関の姿をこれから大きく変えていくことでしょう。」に深く共感。
コロナ禍で否応なしにスタートしたバーチャル授業は、教える側にあらたなスキルを要求している。双方向、全員参加型の授業は、ハイブリッド型で、オンラインオフラインの良いとことどりをすることで、新しいスタイルを作っていけると思う。