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科学だけで物事を捉えようとすると、「死」は単なる物理現象になる。死んだら腐って肉体がバラバラになり、あとには何も残らないことになる。大切な人が亡くなったとき、そう考えることに耐えられますかーー。

この言葉には本当に気付かされました。葬儀を始めとする「死」に関する儀式は、亡くなった人というよりも残された人のためのものという色彩が強いですが、私たちはどこかで、科学を超えた世界を信じていて、それが心の平安につながっているのだと思います。
この記事へのコメントいういう観点からはズレるんですが、普通は宗教に分類される仏教というのはキリスト教と同じ意味での宗教とは違うと僕は思っています。俗な言い方をして仏教関係者には怒られるかもしれないけれど、仏教は平静に、穏やかに生きるためのHow-Toのように思えるのです。ですが、死につてい考え抜く、といういう行為をしてきたという意味では仏教もキリスト教も同じだな、とは思います。同じように死について考え抜いてもその出口が全然違う。いい加減な僕のような人間には一神教であるキリスト教よりは仏教が合ってます(笑)
科学は検証済の既知のことだけを認めます。この科学に不足しているのは、未知のことにどのように向き合うかです。これは誰からみても論理的な帰結です。
 従って、科学だけが正しいと考えると、未知のことにどうやって向き合うかが分からなくなります。そして、未知のことがなくなることは永遠にありません。
 哲学や宗教は、未知に向き合ってきました。今後も発展します。カテゴリー名が哲学や宗教ではなくなるかもしれませんが。
選択によって広がる世界

自分で選ぶことの大切さ。
選ぶためには自分で考えるしかない。
考えるためには知らなきゃいけない。

自分の生を生きることはそこから始まる。

選択できる社会にしていくことも大事。
だから知らないといけない。
科学においても、量子重力理論など世界の根源的な構成要素として、量子情報を組み入れる動きが広がっていて、「死んだら肉体が腐ってバラバラになり、あとには何も残らない」なんて事はないし、わざわざ宗教を介在させる必然性は全くない
社会科学は物理では説明しきれない「価値」「関係性的機能」を扱うももだが、宗教はそれを説明しやすくしたもの


人々は科学を信じていますが、科学が全てだとは思っていません。自分という存在が今、ここに生きているとはどういうことか、死とは何かを科学だけで納得しきれる人はそういない。
その際に役に立つのが、生死について考え抜いてきた宗教です。
「宗教に頼らずに自分だけで考えます」でもいいのだけれど、自分ひとりで哲学者や宗教家並みに考えるのは負担が大きい。みなさんそれぞれ忙しいのにそんなことできませんよね(笑)。
この世界は、科学では解明できていないことだらけです。

そのギャップを埋めるためには、他の何かが必要ですが、それは他から与えられたものだけでは無理です。

そこには、自分の信念が共感できる何かが必要なのです、そして、それが哲学であり宗教だと考えています。

科学と宗教が、自分の中で信念とブリッジにして結びつくと強いです。

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
両方学ぶべきとは思わないが、この世の真理を解明するのが科学で、人生の意味を追求するのが宗教を含む哲学だと理解しているので、学ぶと良いことはあると思う。
この連載について
まるで預言者(プロフェット)のように、新しい時代のうねりをいち早く紹介するNewsPicksのインタビュー集。本質を見抜く視点を毎週つむいでゆくことで、ちょっと先の未来を覗こう。
株式会社ダイヤモンド社(ダイヤモンドしゃ、英語: DIAMOND,Inc.)は、主に経済やビジネスなどの書籍や雑誌等を出版している日本の出版社である。1913年(大正2年)に、『経済雑誌ダイヤモンド』を創刊して設立。本誌は日本初の出版社系週刊誌となる。本社は東京都渋谷区に所在する。 ウィキペディア