【佐渡島庸平×北野唯我】「半沢直樹」を超えるビジネスストーリーの創り方

2020/10/17
10月24日よりNewsPicks NewSchoolで「ビジネスストーリメイキング」プロジェクトが始動する。リーダーを務めるのは、映画監督の大友啓史氏と編集者の佐渡島庸平氏。ストーリー創りのプロ2人が、限定20人のメンバーとともにビジネスストーリーを創っていく。今回、本プロジェクトに特別参加する北野唯我氏が、佐渡島氏とビジネスストーリーについて語った(聞き手:佐々木紀彦)。
大友啓史、佐渡島庸平と創る。ハゲタカ、半沢直樹に続くビジネスストーリー
池井戸潤さんのすごみ
――ビジネスストーリーといえば、池井戸潤さんの「半沢直樹」です。佐渡島さんから見て、池井戸さんのすごさはどこにありますか?そして、どうすれば北野さんが池井戸潤さんを超える作家になれますか?
佐渡島 まずは、何よりも書き続けること。そして、論理に頼りすぎないことが大切です。
佐渡島庸平/コルク代表取締役
1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、講談社に入社。週刊モーニング編集部にて、『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』など数多くのヒット作を編集。2012年に講談社を退社し、コルクを創業。
池井戸さんが凄いのは、彼自身が「自分の書いていることがちょっと荒唐無稽だ」と分かっていること。それを重々承知した上で、「でも、こっちのほうが面白いし、感情を揺さぶる」と思って作品を書いているわけです。
池井戸さんは、感情を揺さぶるためにも、多くの人にとってわかりやすいように、事実を簡略化しているのだと思います。細部に関して突っ込まれることが分かっていてやっている。
それこそが、すごい才能なんですよ。
――頭のいい人ほど、批判を恐れて、ロジックや細部のファクトにこだわりすぎてしまいそうですね。
佐渡島 そうなんです。突っ込まれたくない、バカと思われたくない、という気持ちに負けてしまう。そこのプライドを捨てられない。
ビジネスをやっている人たちは、感情的な人をバカだと思っているところがあります。
でも、物語は感情的じゃないとダメなんです。
ビジネスでは、「機能的なもの」を創るのが当たり前ですよね。でも実は、「機能的でないもの」を創るほうが難しいんですよ。とくに、役に立たないビジネス本や小説を思い切ってつくるのは、超難しい。
この壁を乗り越えられるかどうか。それが、北野さんが池井戸さんを超えられるかのポイントですね。
北野 でも、役に立たない本って短期的に見ると売れないじゃないですか。
やっぱり、池井戸さんみたいな小説家と、僕のようなビジネス系のストーリーを書く人はビジネスモデルが全然違うと思っています。
北野唯我/著述家・ワンキャリア取締役
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。著書に『転職の思考法』(ダイヤモンド社)『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)『分断を生むエジソン』(講談社)などがある。
根本的に、ビジネス書っぽい本には、「役に立つ」とか「読んだ人が何か得する」という要素が必要です。
一方、小説は物語の世界観に没入して、その世界観を好きになって、「ああ、面白かった」となるものじゃないですか。
だから後者の小説の方に行くのであれば、そもそも作品の数が結構いるなという感じがするんですよ。
1発目でボーンと大きく売れるよりも、こつこつ書き続けてアーカイブが溜まって、6作目や7作目で売れて、他のアーカイブ作品も売れるみたいなパターンが多い気がしています。
佐渡島 北野さんの場合、恋愛で考えてみてほしいんですよ。
見た瞬間に一目惚れするのと、5、6回デートして恋に落ちるのは違いますよね。
北野さんは、一目惚れさせる自信がなくて、5、6回会えばじわじわ魅力に気付いてくれるのを読者に期待しているような気がします。背が高いとか、顔がいいとか、収入がいいとか、そうした要素とは別に、人をほれさせないといけない。
たとえば、チームラボの猪子寿之さんには、何か動物的な一目惚れさせる力みたいなのがあるじゃないですか。
北野 確かに。
佐渡島 一度あれくらい論理を外して物語を書いてみて、その後に論理を重ねてみたほうがいいですよ。
北野 なるほど、それはそうかもしれません。
佐渡島 池井戸さんはデビュー当初から、ベテラン編集が「この人はすごい。化ける」と言っていました。
池井戸さんは、人が「鳥肌が立つくらいカッコいい」と感じるほどゾクゾクする瞬間をわかっているんだと思います。小さくではなく、大きく感情が動く瞬間を。
全裸にならないと、心を動かせない
佐渡島 漫画で言うと、スラムダンクの井上雄彦さんが現れるまで、誰も部活をリアルに描いたことがなかったんですよ。
実際に、スラムダンクを読んでみてみんなが「自分たちの部活と一緒だ」とすごく感じたわけです。
たとえば、誰しも中高6年間部活やっていると、ハイタッチした瞬間があるので、桜木と流川がハイタッチする瞬間にしびれるわけです。
部活と同じような感じで、ビジネスでも、「こいつらみんな仲間だな」と思う瞬間がありますよね。その瞬間を最高に気持ちよく書き切れるかどうかが、超重要です。
北野 それはよくわかります。
僕も一時小説を書いていたとき、「全裸になれ」と先生に何回も言われました。「全裸にならないと、人の心を動かすものは全体に書けない」と。でもみんな、全裸になるのがめちゃくちゃ怖くて、全裸になれない。
僕も当初は、先生の言ってみる意味がよくわからなかったんですが、ある時に、全裸になって本当に思っていることを好き勝手にバーっと書いてみたら、「すごくよくなった」と言われたんです。
村上龍さんの作品を読むと、すさまじいエネルギーというか、動物としてのエネルギーが溢れ出ちゃっている感じがあるじゃないですか。ライオンがそのまま銀座に来ちゃったみたいな感じで、バーンとデビューしたというイメージがあります。
でも、そういうタイプの人は、そもそも企業で働かないのではないかなと思うんです。
村上龍さんや池井戸さんぐらいの作家性を持った人が、本当にビジネスパーソンの中にいるのかなという疑問もあります。
佐渡島 でも、ビジネスパーソンの人が、自分が持っている感情を虫眼鏡で拡大すると、世間に伝わるようなものになると思いますよ。
最近、僕は演劇の練習をしているのですが、演劇では、劇場の1番端っこにいる観客にも感情を伝えるために、テレビで泣くときよりも、大げさに泣くわけです。
それと同じように、自分の経験したことを伝えるためには、舞台上にいるような気持ちで、演出しないといけないんですよ。
「ドラゴン桜」作者の三田紀房さんは、アシスタントに対して、「漫画で野球のピッチャーが150キロの球を投げているシーンを描きたかったら、お前の中での200キロで書け。そしたら、読者が150キロだと思ってくれる」とアドバイスしていました。
そんな形で、感情を書いていくことがすごく重要です。作家でい続けるためには、ずっと自分の感情を探し続けないといけない。
ビジネスパーソンも、自分が仕事をしていく上で感じた1個か2個の感情を元に書いていけば、作品になる可能性はあると思いますよ。
作家とプロデューサーの性格の違い
佐渡島 北野さんは、FFSを受けてみたことはありますか?
北野 それは何ですか。
佐渡島 各人の思考行動パターンを5つの因子とストレスで数値化するもので、このテストをコルクの作家は全員受けています。
面白いことに、作家は「保全性」が強くて、プロデューサーはみんな「拡散性」が強い。
保全性が強くないと、世界観を積み上げていくことができません。逆に、プロデューサータイプは、拡散性が強くて、短く端的に物を言うことができるんです。
たとえば、佐々木さんはプロデューサータイプなので、「NewsPicksというのはどんなものなのか、ちょっと全体観を教えてください」と質問すると、短い答えを探すんですよ。ビジョン的というか、抽象的な感じの言葉で、全体感を表現しようとする。
逆に、北野さんがNewsPicksについて伝えようと思うと、複数の要素を挙げて、その積み重ねによって世界観を描こうとするんですよ。
北野 確かに、僕は世界観から描きますね。
佐渡島 世界観を、一言で言えるべきだと思っている人はプロデューサー的で、具体の積み重ねで言うべきだと思っている人が作家的。双方は対極的で、補完関係にあるんです。
――佐渡島さんも作家的というより、プロデューサー的ですか?自分で書こうとは思わなかったんですか?
佐渡島 昔は書きたいと思っていたんですが、井上雄彦さんと安野モヨコさんに接して、「僕はサポート側だな」と感じました。
僕の興味の対象は世の中の方を向いていて、作家は心の中を向いている。そこが違うなと思ったんです。
「梨泰院クラス」に嫉妬する理由
北野 最近、僕はオンラインサロンを始めました。
というのも、今、ビジネス本がどんどん売れにくくなっている感覚があるんです。
僕の場合も、1作目が20万部売れて、2作目が12万部売れて、その次は2冊で5万部売れて、最新の本が1.5万部という推移なんですよ。幻冬舎の箕輪さんが作ったビジネス本ブームが終わったなという実感があります。
そうした中で、ビジネスモデルとして最先端を行っているのは、キングコングの西野さんだと思っています。
自らのオンラインサロンがあって、そこで創作のプロセスを見せて、自らの世界観を共有することによって、作品も安定的に売れていく。今後は、西野さんのようなコミュニティがないと、作家として食っていくのが難しいのではないかと。
毎回、「梨泰院クラス」みたいなウルトラストロングコンテンツを生み出せればいいんですが、それはさすがに無理でしょうから。
佐渡島 いや、北野さんだったら毎回、「梨泰院クラス」を目指せばいいと思いますよ。
北野 マジですか。
佐渡島 なぜかと言うと、「半沢直樹」を創っているTBSの福澤克雄さんのチームは、ずっとヒット作を創り続けています。それは、村上春樹さんも宮崎駿さんも同じです。
面白いものを創るというのは、ある程度わかってくると、再現性があるんですよ。北野さんも、そこを目指した方がいいと思います。
僕が新人作家に「コミュニティを作ったほうがいい」とアドバイスするのは、作家専業だからです。
作家として成長するまでの収入を、月々数十万円でも担保してあげないといけないんです。そのために少人数でもいいので、コミュニティが必要になります。
北野さんは今のように本業を持ちながら作家をやるんだったら、ビジネスとしてのコミュニティを保つ必要はないと思いますよ。
ただ、コミュニティがあれば書籍の初速がよくなるから、数百人でも仲間がいるのはいいですよね。
北野 僕は「梨泰院クラス」を見て悔しいと感じたんですよ。日本語でも国境を超えるようなビジネスストーリーを創りたいと思ったんです。
佐渡島 「梨泰院クラス」のポイントは、一話目を見ると、最終話までの流れが書いてあるということです。2話目以降を見なくても、最終回が何となくわかってしまう。
宇宙兄弟でも、ドラゴンボールでも、ワンピースでも、1話目に世界観のすべてが入っている。1話目を見ると、主人公が何者で、何を目指しているかが明確に書いています。
北野 「梨泰院クラス」の何がすごいかというと、明らかに梨泰院という町に経済効果をもたらすじゃないですか。
韓国があたかもすごくグローバルで、海外の人でも働きやすいというような錯覚を生み出しますし、「ぜひ、行ってみたい」と思いますよね。経済に対するベネフィットがあるから、政府としても応援しやすいはずです。
日本で言うと、渋谷のストーリーで描けば、渋谷区の区長さんが応援したがるじゃないですか。
この物語がヒットすれば、渋谷に観光客が来るでしょうし、企業も誘致しやすくなる。僕の感覚で言うと、そこまで設計して「梨泰院クラス」を作っているんじゃないかと。
佐渡島 「梨泰院クラス」は作者の個人的体験から生まれているんだろうな、という感じがしますよね。主人公の信念の持ち方とか。
僕が理想とするのは、「このエピソードをなんで作ったの」と聞いたら、「こういう体験をしたから」と話す作家なんですよ。
北野 「梨泰院クラス」って、ストーリーの構造自体はめちゃめちゃシンプルじゃないですか。昔からあるものですし。でもそれを今の時代の風を衣にして描けているところに、何かちょっと悔しさを感じます。
それと、「梨泰院クラス」は、ストーリーと、ユーザーインターフェース(UI)と、ビジネスモデルがビシッと通っている。ネットフリックスというプラットフォームにすごく合っています。
日本はテレビにこだわってしまっているので、なかなか「梨泰院クラス」のようなものが出てきません。
佐渡島 「梨泰院クラス」がいい例ですが、ストーリーは王道中の王道であんまり変える必要がないんです。
作家にとって大事なのは、新しい王道ストーリーを創ることではなくて、UIUXの微調整ですよ。そこをうまく調整しないと、違和感だらけになってしまう。
UIUXの微調整は、自分の肌感覚でしかできないからこそ、自分の体験に根ざしていることが大事なんです。
北野さんに作って欲しい2つの物語
――北野さんって、今の秩序とか、大企業的社会にルサンチマンというか怒りを感じてませんか?
北野 めっちゃ感じていますよ。
――その感情をそのままぶつけると、いい作品になりそうですよね。
佐渡島 僕は北野さんには2つの作品を作って欲しい。
ひとつは、大企業のサラリーマンを主人公にした話。そしてもう一つは、クラウドワークスみたいなバイト的な働き方をしている人の話。
今後、ジョブ型に雇用がシフトしていくと、クラウドワークスみたいに短期間のバイト的に働く人が確実に増えていくと思います。それこそ未来の生き方かもしれない。
ただ、そうした人たちの多くは、低所得者になる可能性があるわけです。99%はバイト型の低所得者なんだけど、そこの中から何らかの自由を勝ち取る人もいるはずです。
そうした世界の中で勝つ物語、幸せを見つける物語みたいなものが、時代を捉えるのではないかと思うんですよね。
――かつての「ハケンの品格」にちょっと似ていますね。
佐渡島 そうかもしれません。
北野 ルサンチマンで行くと、「梨泰院クラス」の反対にある「半沢直樹」があれだけ爆発するのは、サラリーマンで生きている人間からすると、なんだか悲しいところがありませんか。
だって、あれはまだ昭和で、それがまだ残っているからこそ売れている、ということですから。こうしたドラマがウルトラヒットになること自体にむかつきます。
佐渡島 この前、漫画学科のある大学で100人ぐらい相手に講義した時に、「半沢直樹」を見ている人って聞いたら、5人くらいしかいませんでした。
北野 何歳くらいですか。
佐渡島 20歳くらい。
――完全に時代劇なんでしょうね。
佐渡島 そう。だから、「半沢直樹」は完全におっさんコンテンツです。
――今20、30代が熱狂するようなビジネスドラマのポジションはすごく空いていますよね。
北野 そこに「梨泰院クラス」がハマったんですよね。
――ぜひ北野さんと佐渡島さんの最強コンビで、「梨泰院クラス」を超えるビジネスストーリーを生み出してください。「ビジネスストーリーメイキング」プロジェクトが楽しみです。
大友啓史、佐渡島庸平と創る。ハゲタカ、半沢直樹に続くビジネスストーリー
(撮影:遠藤素子)