2020/10/15

【スクープ】不妊大国・日本、新法案を国会提出へ

コンサルタント(元NewsPicks記者)
20年来、棚晒しになっていた問題が、ようやく動き出す。
今や、10組に1組の夫婦が受けていると言われる不妊治療。だが、実はこの不妊治療、日本では規制する法律が整備されておらず、“グレーゾーン”の医療だ。
さらに問題なのは、第三者から提供を受けた卵子や精子から生まれたケース。子の「親」は誰なのか、法的に明確ではなく、生まれてきた子は不安定な立場に置かれてきた。
先進国の多くでは、1980年代以降、次々に法律が整備され、いまでは提供卵子・精子で生まれた子の「出自を知る権利」までを保障している国が増えつつある。
そうした世界の動向を尻目に、日本では「知る権利」の議論はおろか、その前段階の法が追いついていない、周回遅れという状況だ。
20年以上も前から問題自体は日本でも認識され、度重なる議論を経て、法案の骨子やたたき台が何度もつくられてはきた。
にもかかわらず、未だに一度も国会に提出されたことはない。
しかし今回、自民・公明両党が、10月26日から始まる臨時国会で、法案を提出する意向を固めたことが、NewsPicksの取材で新たに分かった。
取りまとめの中心になった自民党幹事長代行の野田聖子・衆議院議員が10月14日、明らかにした。
不妊大国・日本にとって、歴史的転換点になる可能性が高い。
単独インタビューで野田氏が語った、法案のポイントと議論の背景をお届けする。
野田聖子(のだ・せいこ)/衆議院議員、自民党幹事長代行1960年生まれ。上智大学外国語学部比較文化学科卒業後、帝国ホテルに入社。87年、岐阜県議会議員。93年、衆議院議員に。郵政大臣、総務大臣、衆議院予算委員長などを経て、現職。

後回しにされてきた

──不妊治療に関する法案の提出を考えられていると聞きました。
野田 はい。10月26日から始まる臨時国会で提出し、成立させたいと考えています。できれば全党一致で出したいという思いがあるので、まだ細部で賛同を得られていない立憲民主党と、最後の詰めをしているところです。
この問題に取り組み始めてから20年以上経ちます。
法案を提出する目前の今、お腹に抱えた子が20年経って出てくるような気持ちになっています。
──約20年間もできなかった法案が、なぜ今年、提出できるようになったのでしょうか。
20年間通らなかったのは、何か大きな反対勢力があったからではありません。関心がなかったために、ずっと後回しにされてきた。
男性にも大変な思いをしている人もいますが、不妊治療で重い負担がかかるのは、女性の方が圧倒的に多い。
9割が男性、しかも年齢層の高い人が集まる国会や自民党では、なかなか関心を持ってもらえず、問題意識が低かった。そもそも不妊治療についてほとんど知らない人が結構います。彼らからすると、不妊治療というのはUFOみたいなものだったんだと思います。
写真:fotoVoyager/iStock)
私は不妊治療の当事者だったので、この法案、併せて保険適用に向けた活動をコツコツとやってきました。
途中、妊娠・出産などがありましたが、その空白期間は小渕優子(衆議院)議員や古川俊治(参議院)議員がしっかりまとめ上げてきてくれた。
与党の公明党とも連携して、自公案ができたのが数年前ですね。
2年前から、当時の野党の代表として当時、立憲民主党、国民党にお声がけして、これは政争ものではなく、一律全ての人に幸せをもたらすものなので一緒にやりませんか、とお願いをして、2年間勉強会をしてきた。徐々に各党が乗っかってきてくれて、自民党の政党の中の手続きも済ませたというところです。
一緒に取り組んでいる、公明党の秋野公造参議院議員が、まず参議院に提出する予定です。
政権が代わり、菅(義偉)総理が、政策の一丁目一番地の一つとして不妊治療の保険適用についておっしゃってくれたのも、ある意味で弾みになりました。

「親子」と見なされない可能性

──提出する法案はどんな内容なのでしょうか。
人工授精や体外受精といった生殖補助医療(不妊治療)についての理念を定めたものです。夫婦の卵子、精子を用いて行われる治療と、第三者からの卵子提供・精子提供による治療の両方に適用されます。
今の日本には、不妊治療に関する法律が全くなく、いわゆるグレーの状態です。
そのせいで、法外な価格設定や、患者にホルモン治療を過剰に受けさせるといった問題が起きています。不妊治療を専門に行う医師には、国家資格も不要なため、行政による立ち入り検査もできない。病院ごとの実績も不明です。
患者の利益を考えれば、法整備は不可欠です。
また、今の民法では、そもそも体外受精による出産を想定しておらず、当然、第三者から卵子や精子の提供を受けた体外受精で生まれてくる子どもも想定していません。
不妊治療の中でも高度な治療となる生殖補助医療では、医療者が精子を子宮に注入する人工授精や、体外で卵子と精子を受精させ、できた受精卵(胚)を女性の子宮に移植する体外受精や顕微授精による妊娠・出産が行われている。

ここで用いられる卵子や精子は通常、治療を受けている夫婦のものが用いられるが、健康な卵子や精子の採取が医学的に難しい場合、第三者から提供された精子や卵子、受精卵を用いて子どもを作ることも医学的には可能だ。

その場合、片親、または両親と血縁関係のない子が生まれる。現行の民法は「血縁関係のある親子」を前提にしており、このような提供精子・卵子で生まれた子とその親に関する規定はない。

子どもが生まれると、その子を産んだ女性が母親、そしてその女性の夫が父親とされ、養育義務が発生するが、夫には、その子と血縁関係がないことが発覚した場合、父親になることを否認する権利が定められている。

また、日本は同性婚ができないため、レズビアンカップルが提供精子を受けて子を産んだ場合、産んでいない方の女性と子は、親子とは見なされない。
そのため、提供精子・卵子から生まれた子どもの法的な身分の保障がなく、親子関係が不安定になっています。
精子提供によって生まれた子どもが、出自が不安定になって辛い思いをされるということもしばしば起きている。
そこで、通常の夫婦間の体外受精を法律的に認めるだけではなく、体外受精という技術によって可能な、卵子提供・精子提供による妊娠・出産も対象としています。
今回の法案は、そうした技術によって生まれてきた子の親子関係をきちんと定めたものになっています。
──卵子提供、精子提供のいずれの場合も、出産した妻が母親であり、夫が父親であるということですね。
伝統的な家族観を重視する自民党でこの法案に賛同を得られたのは、奇跡的です。

残された課題

──法案の対象者は、法律婚に限定されるのでしょうか。事実婚、レズビアンカップル、独身女性には適用されますか。
今回の法案は、法律婚の夫婦のみを前提としています。
今の段階でそれ以外の人たちを対象とした法案を提示しても、自民党では通りません。提供卵子、提供精子に関する法律で賛同を得られたこと自体、本当にすごいことです。
まずは法律婚の夫婦ができるようにしないと、レズビアン、シングル女性も難しい。プラットフォームを出さなければ、追加のオプションは乗ってきません。
──海外では、生物学的な親である精子や卵子の提供者を知る権利、つまり子どもの出自を知る権利が法的に保障されている国も多くなっています。
血縁関係にある両親のもとに生まれると、なかなか気づくことができないが、人々は自らのルーツを知りたいという欲求を持っている。どんな親から生まれたのか、ということを知り、それを自らのアイデンティティの一部にしている人が多いとされる。

また、遺伝的な親について知ることは、自らの遺伝性疾患のリスクを把握する意味でも重要だ。

提供精子や卵子で生まれた子どもは、このような多くの人が当たり前のように享受している恩恵を得られていない。そのため、不安感や思いがけず事実を知った後のアイデンティティの喪失感に悩む人も出ている。
出自を知る権利についても、法案では触れていません。
ただし、附帯決議に、精子・卵子提供者の情報の保管、開示の制度などについておおむね2年を目処に検討し、必要となれば法的措置を講じるという内容が入りました。法案が通ったら、これに関する議論が始まります。
検討内容には、卵子・精子・胚の提供のあっせんに関する規制も含まれています。民間の精子バンクの規制についても、議論されることになるでしょう。

不妊治療も大切だけど…

法案では、妊娠・出産や不妊治療についての正しい知識の普及も盛り込まれています。
卵子の数は限られていて、年齢を重ねるごとにどんどん減っていく、という基本的な知識を、若いときに持っていなかった女性が多い。女性が知らないなら、パートナーの男性もまったく知らないでしょう。
すると、妊娠適齢期を逃してしまう。
もっと自分たちの体を守る勉強をしなくてはなりません。
性教育不要論もありますが、性教育がしっかり行われなくなった結果、女性が自分たちの産みどきすら分からない。それはやはり正さないといけません。
本当は、不妊治療を受けなくて済む人を増やしたい。
私は2011年に息子を出産しましたが、それまでずっと不妊治療をしてきました。
野田氏は、2010年5月にアメリカで卵子提供を受け、体外受精をして妊娠。翌年に男児を出産した
女性が不妊治療を受けると、どうしても仕事を休まなければならないときがあります。私は公的な仕事なので、嘘の理由で休んではいけないと思っていましたから、治療を受けていることを公表していました。
そうすると、自民党の議員たちに「お前はセックスの仕方も知らないのか」「俺が教えてやろうか」と平気で言われることもありました。
治療費も高かったですし、なかなか子どもができず、心も折れそうになっていました。
私は仕事を続けられましたが、日本には、不妊治療のために仕事を辞めてしまった女性も大勢いる。
何も悪いことしてないのに、ただ親になりたいだけなのに、どうしてこんな目に遭わないといけないのだろう。次世代の女性には、こんな思いをしてほしくない。それが、法案づくりの原点です。