2020/10/20

リモート前提時代、「心理的安全性」の高い組織をつくるルール

田村 朋美
編集ライター (NewsPicks Brand Design 特約エディター)
コロナ禍で今までの常識は覆された。オフィスに出社することが当たり前ではなくなった今、リモートワークなど多様な働き方を許容しない企業は、労働市場から選ばれない存在となることは明白だろう。

同じ場所に全員が集まる機会が少ない環境下では、企業は従業員一人ひとりが孤独や不安を感じずに、安心して発言・行動できる「心理的安全性」の確保が重要になる。

本記事の前半では、リモートが前提となった今、リーダーは何に気をつけてどんな取り組みをすべきなのか、産業医の大室正志氏が解説する。

後半では、コロナ以前よりリモート環境での組織づくりを行ってきた伊勢の食堂、ゑびや/EBILABと、コロナ禍で動揺する社員の心理的安全性をグループウェアで確保したラーメン店「博多 一幸舎」を展開するウインズジャパンの事例を紹介する。

ズケズケ言っても対人関係が悪化しない組織

──そもそも、心理的安全性の高い組織とはどのような組織なのでしょうか。
大室 「心理的安全性」という言葉は、ハーバードビジネススクール教授のエイミー・C・エドモンドソン教授がTEDで行ったスピーチや、Google社が「チームを成功へ導く鍵」として紹介したことで有名になりました。
 「心理的安全性」という字面だけを見たら、居心地の良さそうな、優しそうな組織のイメージがありますが、本来、心理的安全性の高い組織とは、ズケズケと言いたいことを言っても対人関係が悪化しない、対人リスクに怯えずに過ごせる組織のことです。
写真:小林由喜伸
 たとえば、マッキンゼーは「はっきりと言葉にして伝えることが、目的をドライブさせるためのルールです」と言い切っているので、ズケズケ言う文化が根付いています。
 慣れていない人が聞くと、まるで喧嘩をしているかのような会話に聞こえると思いますが、言いたいことをはっきりと言える組織なので、心理的安全性が高いのです。
 その点、日本人は言いたいことをなかなか言えないですよね。気をつかって表面上で取り繕ったり、軋轢を生まないよう空気を読んだり、あうんの呼吸を大事にしたり。
 なかでも、偉い人には自ら挨拶をするのに部下には挨拶をしない上司がいる組織や、何のためにチームが存在しているのかをはっきりさせていない組織は、心理的安全性を確保できていませんでした。

コミュニケーションの取り方を変える

──もともとズケズケ言うのが苦手だった日本人は、リモート前提の社会になると、心理的安全性の高い組織を作るのはより難しくなるのでしょうか。
 若い人を中心に、対面よりリモートの方が発言しやすくなっている人は一定数います。
 一方で、今までのように、朝の挨拶や仕事の合間の雑談、仕事終わりの飲み会など、フィジカルな面で心理的安全性の下地を作れなくなることで、中長期的に見ると心理的安全性を下げるかもしれないと懸念されています。
 そうしたリモート前提でも、心理的安全性の高い組織をつくるためのポイントは2つあると考えていて、一つ目は「コミュニケーションのルールを作ること」です。
 人が傷つくのは、期待値とずれたとき。だから、「うちの会社はオープンなコミュニケーションを取る、ズケズケ言う会社です」と宣言して期待値を調整すればいいと思います。
 日本人は「言わなくてもわかる」と考えてしまうから、「宣言」をダサいものだと捉えがちですが、リモート前提の社会では言わないと全く伝わりません
 その点、日本人は良くも悪くもルールが好きですから、コミュニケーションの取り方をルール化してしまえばうまくいくかもしれません。
 二つ目は、「親方文化」の撤廃です。
 産業医面談をしていると、メンタルを病んでしまった人の8割以上が、上司や同僚に相談できず、一人で悩みを抱え込んでしまったと言います。
 そういう組織に多いのが、部下に対して「わからなかったら聞いてね」という親方文化が根付いていることです。
 つまり、わからないことがあるなら、部下から上司に聞くべきだという考え方
 この親方文化は、落語家や宮大工など一部の組織を除いては通用しなくなり、上司から部下に歩み寄ることがスタンダードに変わります。
 もし、忙しくて部下の話を聞く余裕がないなら、定期的な1on1を設定して、部下の話を聞く時間を強制的に設ければいい。
 上司は親方ではなくマネージャーです。下から上ではなく、上から下に歩み寄るよう、コミュニケーションのベクトルを変える必要があると思っています。

濃密な時間“貯金”がないと、いきなり在宅は難しい

──コロナ前後で、大室先生への相談件数や内容に変化はありましたか?
 メンタル不調の一番の原因は人間関係ですから、嫌な上司や同僚と顔を合わせなくなったことで、相談は一時的に減りました。
 しかし、4月以降に転職した人や新卒社員は、一度もリアルで会ったことのない上司と仕事をしているので、それがメンタル不調につながる傾向はありますね。最近ではその種の相談もちらほら聞くようになりました。
 リモートではあうんの呼吸が通じないですし、そもそものコミュニケーション不足から一人で抱え込みすぎる人が出てきています。
 たとえば、10年ぶりに会った高校時代の同級生とは普通に話せても、1年に1回しか会わない人とは同じように話せないですよね。その違いは、かつて濃密な時間を過ごしたか否かにあります。
 現在リモートが成立している人たちは、コロナ以前に同僚や上司、部下と過ごしていた、濃密な時間という“貯金”を切り崩しているからで、貯金がない人が“いきなり在宅”を強いられても、多くの人はそれに耐えられないでしょう。
 濃密な時間をリモート前提では作れないとしたら、たとえば新卒社員は入社後の2カ月間、地方の避暑地で合宿をして濃厚な時間を作った上で、リモートに切り替えるなど、対面とリモートの合わせ技で心理的安全性を作っていく必要があると思います。
──会うという行為自体の意味合いが変わってきますね。
 打ち合わせをする、ハンコを押しに行くために会うのではなく、お互いの人となりや空気感を知るために会うようになると思います。
 チャットツールは便利ですが、そもそも上司のコンテクストがわからないと、オンラインでの一言コミュニケーションは伝わりにくくなりがちです。
 今までは、文脈に依存しすぎないよう、誰が言ったかよりも何を言ったかをコミュニケーションの上で重視すべきと指摘されてきましたが、リモートによって文脈が減ると、「誰が言ったか」に注意を払う必要があります。この辺りはバランスです。
──リモートでのコミュニケーションのコツはありますか?
 困っていることを言葉にして伝えることです。
 リモートでは非言語コミュニケーションが減るので、仕事が滞っているなら、何が原因でその仕事が滞っているのかを言語にして伝えないと、上司もどう介入したらいいのかわかりません。
 特にホワイトカラーの人は、もともと困っていることがわかりにくかったのに、リモートになるとさらに見えなくなります。そうなると増えるのが、一人で抱え込みすぎる人たち。
 コロナで社会が激変して数カ月しか経っていないので、ズケズケと言い合える組織をどのように構築するか、各従業員の心理的安全性をどのように担保するか、各社試行錯誤の段階だと思います。
 これまでほとんどの企業は、対面を前提に組織づくりやマネジメントを考えていたはずなので、コミュニケーションの理想系をより追い求める必要があるかもしれません。
 オフラインにはオフラインの良いところがあるし、オンラインにはオンラインの良いところがある。侃々諤々の議論が必要なら、たまには物理的に集まるべきなので、上手く組み合わせていく工夫が求められるでしょう。
 特に、みんなが集まってワイワイ働く、学園祭実行委員のようなチーム感を大切にしていた組織は、それをデジタル上でいかに再現するかが課題になると思います。
 自社に合ったコミュニケーションルールの作成や、情報共有・相談を促すデジタルツールの導入などの環境整備は、これまで以上に大事になると思っています。

3年前から続けているリモートワークの仕組み

小田島 人口10万人の三重県伊勢市では、デザイナーやエンジニアなどの人材を採用したいと思っても都合良く採用できる方が珍しく、場所に依存しない雇用のあり方を模索する必要がありました。
 そこで、リモートワークが成立する組織をつくり、物理的には離れた場所にいる国内外のフリーランスの人たちとチームを構成するようになりました。
 しかし、従業員や協力スタッフが増えてくると、直接的なコミュニケーションが取れないことが原因で疑心暗鬼になってしまう問題が発生するように。
 同時に、店舗でも現場のスタッフと事務スタッフの間に、業務の不透明さから溝が生じてしまうという問題が起こりました。
 そこで考えたのが、どこにいても誰が何をしているかがわかるように、店舗のスタッフも含めた全従業員とWeb上で「常時接続」すること。
 これにより、リモートワークで発生していたほとんどの問題は解決できました。
 常時接続は監視ではなく、物理的にオフィスで隣に仲間がいる状態をデジタルで再現したものです。
 朝9時になったら全員が常時接続して仕事を始め、必要なときに会話をする。集中したいときは音声をミュートにしていたら何ら仕事に支障はないですし、逆に困ったことがあればすぐに声をかけられます。
 こうして、不都合や不便、孤独感、疑心暗鬼などが一切ない、心理的安全性の高い組織が生まれました。
 また、どの部署が何をしているのかがわかるよう、チャットツールの会話はオープンにして誰でも見えるようにしました。
 チャットツールの良さは、日々の投稿数の増減からメンタル面のサポートができること。テキストでの発言回数が減ってきたらそれをアラートとして、個別にオンラインで会話をするようにしています。

心理的安全性を高めるための取り組み

 ゑびやでは、4月に入って通行客データや入店率をAIで分析したところ、前年比70%減に陥るという予測が出たことから約1カ月間の休業を決定しました。
 ただ、店舗を休業にして単にお休み期間にしてしまうと、人はいつ仕事に復帰できるのか不安になります。
 そこでさまざまな取り組みを行ったのですが、特に社員から好評だったのが、役員を中心に社員も講師として授業を行うオンライン研修でした。参加は自由だけど毎日メンバーとつながれる仕組みを作って、心を離さない工夫をしたのです。
 研修は役員が主体となり、大学教授を呼んで地方ビジネスの話をしてもらうこともあれば、前職が通訳だったメンバーには英語の授業を、中国出身のメンバーには中国語の授業をしてもらうこともありました。
 ほかにも本職以外の領域で、たとえばキッチンスタッフにCSRの講師をしてもらったり、レジ担当にデータ分析の講師をしてもらったり。その領域に興味がある人、もしくは苦手な人に敢えて自ら勉強してもらい、講師になってもらいました。
 この研修によって自分の業務外を学ぶきっかけになったのはもちろんのこと、普段仕事ではあまり話す機会が無い人同士にもコミュニケーションが生まれましたし、誰がどんな人となりなのかを知るきっかけにもなりました。
 リモートワークに限らず、メンタル不調はコミュニケーション不足によるものがほとんどです。
 言いたいけど言えない、伝わらない、わかってもらえない。こうした状況を作らないために、バーチャルでもつながる仕組み、自社に最適なツールの運用をいかにできるかが重要だと考えています。
 テクノロジーの力を借りれば物理的距離は全く問題なくチームワークを作れますし、ビジネスも拡大できる。地方で仕事をしていて、つくづく実感しています。

コロナ前後での社内コミュニケーションの変化

入沢 設立以来、国内外に店舗を拡大する中で、本社と多忙な店舗とのコミュニケーションに課題が生じるようになりました。
 そこで、短時間で手間をかけずに売り上げを共有するための手法として、グループウェアの「desknet's NEO (デスクネッツ ネオ)」を導入して、各店舗にネット環境やタブレットを配備し、本社と店舗をつなぐ仕組みを構築していました。
 ただ、コロナ以前は業務効率化面でのdesknet's NEOの活用がほとんどで、コミュニケーションは国内外を含めて“対面”が基本だったんですね。出張で会いに行くのが当たり前で。
 しかし、今回のコロナ禍で物理的に会えなくなり、さらに休業や営業時間短縮などの不安から、従業員の退職が出てしまったんです。
 それを機に、いかにして心理的安全性の高い組織を作るかを考えるようになり、従業員と物理的には会えなくても、きちんとつながるコミュニケーションを取れるツールとして、これまで生かし切れていなかったdesknet's NEOを活用しようという答えにたどり着きました。

リモート環境での心理的安全性を高める取り組み

 まずは、店長会議をWebで行えるようモニターを一気に増やし、店舗以外の従業員でリモートができる人はリモートワークに、出社が必要な人はその人や仕事に合った時差出勤で対応。
 結果、毎日オフィスで鳴り響いていた各店舗からの電話連絡はなくなり、desknet's NEOでの情報共有やコミュニケーションにシフトしました。
 その上で、心理的安全性を高めるために、従業員が経営視点を持って主体的に意見を言えるようにするためのオンライン勉強会を、外部講師を招いて複数回にわたって実施しました。
 というのも、お店を開けば売り上げを見込めた以前の状況とは異なり、少ない売り上げでもいかに利益を出して、お客様にリピートしてもらうかを考える必要があるからです。
 そこで、従業員一人ひとりが「自分が店主だったらどうするか」を考える視点と、数字を読み解くスキルを養い、トップダウンで何か物事を遂行するのではなく、主体的に行動できるよう促しました。
 同時に、経営陣の意識改革も図り、価値観が変化した社会においての経営のあり方や、従業員が安心して働ける心理的安全性の高い組織づくりについて学び直すためのオンライン勉強会も実施しました。
 この取り組みによって生まれた変化は、従業員が主体的に「こんなことをやりたい」「これは違うと思う」と、意見を自由に言い合える環境ができたこと。
 それまでは上からの指示待ちだったのが、ボトムアップで各店舗の運営やイベントを考えられるようになり、新しい施策やアイデア共有などもオンラインで活発に行われるようになりました。
 物理的に会えない中でも、desknet's NEOで情報共有やコミュニケーションの量と質を担保したことで、コロナ禍での休業や営業時間短縮による未来への不安は払拭できたのではないかと思います。
 現在は勤怠やスケジュールもdesknet's NEOで管理しており、特に副社長である私のスケジュールはプライベートも含めてオープンに公開しています。
 空いた時間に自由にミーティングを入れてもらうことで、私自身の日程調整の手間も軽減され、効率的にスケジュールが組めるようになりました。
コミュニケーションや情報共有など特定の機能を提供するツールは無数に存在します が、それぞれがバラバラだと逆に非効率な面があります。
 その観点からすると、ワークフローなど仕事に必要な機能がワンパッケージに収められているグループウェアは、優位性が高いと実感しています。
 このほかにも、体調が悪いときや用事があるときに安心して休めるようサポート体制を整えるなど、声を上げやすい仕組みをリアルとバーチャルの両方で強化しており、バーチャルではもっとグループウェアを生かしていくつもりです。