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まさに、ですね。基本的に人間はわかりあえないものだと思っています。
なんなら家族でもわかりあえないと思っています。たまたま何十年同じ環境で生きていることが多いから、多くの思考が似てくるかもしれませんが、やはり異なる個体ですし、育ってきた時代が30年近く異なれば、価値観も違って当然です。家族関係は最たるものですが、この「わかりあわないといけない」という呪縛で苦しんでいる人が多いような気がしていて、一旦その思考から距離を置いてみると、救われることがあるのではないでしょうか。
冷たく聞こえるかもしれないのですが、この「違う個体だから、わかりあえない」は「違って当たり前だから、何を考えているか教えて?」という相手を理解しようという努力に繋がると思うんです。恋愛関係ではないですけど「言わずとも察して欲しい」というのは甘えで、お互いをわかりあうことに甘えてはいけないんだと思います。他者を理解し、自分の考えも伝える、という対話・努力というコミュニケーションが圧倒的に足りていないと感じます。
昨年は海外出張が多かったのですが、日本に戻ってくるたびに「日本は人種の数が少ないな。これに加えて子供のころの教育から『みんなと一緒でなければいけない』という同質への圧力が強いから、多様性が進まないんだろうな」と思っていました。日本人は特に「わかりあえない」を理解するのが苦手なのかもしれないですね・・・
「わかりあえない」は「だから諦める」とは真逆です。「わかりあえないこと」を出発点にするからこそ、自分と全く異なる個を持つ相手を知ろうとするし、尊重もします。「こうあるべき」「普通こうでしょ」を押し付けるから対立が生まれるのであって、皆がそれぞれの価値観を理解・・・いや本当の意味で「理解する」は出来ないので、そこからアウトプットされる言動を尊重する、でもPrincipalみたいなもの(愛とか平和とか)は共有出来る、そんな世の中になっていったらいいな、と思っています。
コロナ、BLM、経済格差、ワクチン…と、アメリカの政治的、社会的分断を見ていると、人間はここまでわかり合えないものかと、頭を抱えることも少なくありません。まさに文中にある「フィルターバブル」の行き着く先とも思わされてしまいます。
テクノロジーと人間の関係性を研究し続けるドミニク・チェンさんは「わかりあえなさがあることからわかりあおう」といいます。
また、「わかり合えないはずがない」と決めつけることが、逆に暴力的になるとも。新著の出版から、すでに半年以上が経ってしまいましたが、コロナやBLMを経て、さらにアップデートされたドミニク・チェンさんの考えを語って頂いています。
フィルターバブルが増幅し誹謗中傷がとまらない世界の中で「関係性をデザイン」しなおすこと。今の時代、これからの時代にこそ、深く考えていきたいテーマだと感じました。
個人的にも、重度の障がい児の娘をもって日々感じることですが、マイノリティというのは、なってみないとわからないことだらけです。リーダーの役割を担う人々が、一度はマイノリティ体験をしてこの「わかりあえなさ」を理解することはすごく重要だとあらためて思います。
個人的には著名人のコロナ謝罪とハンセン病の差別は根本的に違うと思うのですが、同じように感じる人もいるのか…と。本当に難しい。でも、そんなところが出発点なのでしょう。
個人的には、いろんな人が、わかりあえないことに開き直っている、ように見えていました。
わかりあえない…わかりあえる…そのどちらでもなくわかりあえなさをわかりあう…そのために自分以外の存在を体験する…それは、自分以外の存在と似た記憶をつくる作業なのかな…と思いました。
攻殻機動隊シリーズでは主人公が別の存在と直接記憶を共有するシーンがあります。記憶の共有が両者を同質化して自我の境界がなくなっていくシーンが描写されていることすらあります。
いつかヒトの記憶が直接共有できる未来が来たとしたら…そのときどんな世界になっているか…朝から妄想が膨らみます。
僕も前提は理解しあえない、共感しあうがテーマです。
価値観、思考、宗教、哲学が違えど理解することを目的ではなく共感することといっても共感と理解って何が違うの?となる人が多いかもです。
テクノロジーで社会問題を解決することに言及されていますが、研究者達も全員は押し付けてはいないと思います。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000015.000030640.html
上記のアンバーケース著のカームテクノロジーを読みましたが、東洋思想的なテクノロジーの溶け込み方は、人とテクノロジーの中間を繋ぐのであって人間中心主義、足りないから補完するではない、無駄に恐れることはない、というメッセージを感じました。
PRtimesではイデオロギー的という言葉が使われていますが、、、
なんせ言葉ですね。
でも分かり合うのは簡単じゃないのかもしれません。だから分かり合えないことから「始める」ことで、むしろ分かり合うことに到達しやすくなるかもしれない、という著者の指摘の重要な点だと思います。「どうせ分かりっこない」と分かり合う努力を放棄することを避けるには、どうすればいいのかが問われているのだと思いました。
「だから、「わかりあえるはずだ」と決めつけて、「わかりあえなさ」を無視してしまうこともある種の暴力だと強く思うようになったんです」
またわかられないことで自分が困ったことがある、特にマイノリティーとして、という経験があるかないかはわかりあえない場面でのリアクションの方向性に大きく影響すると思います。その意味ではたまにでる海外いきゃいいってもんじゃない、問題も人生としてはプラスになる、オンライン含めて他では得難い重要な経験になるかと改めて感じてます。
ブラジルついていきなり戦略コンサルでポルトガル語のプロジェクトに突っ込まれたりすると本当にわからないことの大変さを痛感します。
人は、何かと「分析」「分解」「ブレークダウン」などで「問題を解決可能なサイズへ」と切り刻み、そして、分解したレベルで解決してわかった気になってしまっているのですが、実は様々なものを切り落としている。
最近の「コンサル業界」がもうダメになってきているのは(Newspicksでも違う特集ありましたけど)、この「問題解決」をバリュープロポジションとしてしまっているからですよね。特にコンサルの人たちは若い時から「戦略」は「問題解決のために問題が何かを発見する」形で立てていく、みたいなことを教わりますし、叩き込まれるので、なかなか「問題解決」という価値を生み出すことを手放せない。
「問題」として捉えない、という、そもそも論がある。
分からないからすっきりしない、だから即物的にすっきりしたい、というかなり人間の野生的願望によって、「問題解決」ということが価値のように見えるのですが、実は、多くの生物は問題を解決なんかせずに生きているんですよね。
人間を研究する学問である文化人類学をやっている友人と、人と機械の関わりを模索し続けた方がおっしゃっていることが、全く同じなのはうなずけました。
人を生物レベルに見た時に、「わからなくたって生きてける」という能力が本当はあるのに蓋をされている可能性があることなんだな、ってことです。
昨今の消費される知識の多くは、「わかったような気になる」ものばかりで、そのような消費される短命な知識に頼らなくても生きていけるようになりたいものです。