次世代スタートアップに学ぶこと。ベンチャーキャピタリストの「未来思考」

次世代スタートアップに学ぶこと。ベンチャーキャピタリストの「未来思考」
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Quartz Japanが2019年11月にスタートして以来、WILパートナーの久保田雅也さんには毎週、さまざまなスタートアップを取り上げていただいています。「日本にはまだ紹介されていない世界のスタートアップを」「次世代の未来を感じられるスタートアップを」という依頼から始まったニュースレター連載「Next Startups」ですが、開始1周年を前に、久保田さんご自身に「次世代のスタートアップ」を考えることの意義を、お訊きしました。

2020年9月10日(木)、久保田さんを招いてスペシャルウェビナーを開催します(*本ウェビナーは終了致しました。多くの皆様にご参加いただき、誠にありがとうございました)。

「次世代」ってどういうこと?

 

──久保田さんには、毎回どういう目線でスタートアップを選び取っていただいているのか、まずお話しいただきたくて。

それはもう、「手探り」ですよ。ただ、「射程が長めのもの」を選ぶようには意識しています。

──射程、ですか。

ビジネスとしてすでにヴィジブル(visible)になっているスタートアップだと、事業内容の紹介に終わってしまうし、すでにクローンが日本で生まれている場合もある。いまさら「クラウドSaaSが盛り上がってます」って海外のスタートアップを紹介したところで、返ってくるのは「うん、いいね」くらいのリアクションじゃないですか。

「次世代の、未来のスタートアップ」を挙げるのであれば、それは2〜3年先よりもっと先、5〜10年先を見通したときに社会はどう変化しているだろうかという文脈に沿って語りたい。もっとも、探すときにはその主従が逆のケースもあって、こんなスタートアップがあった背景にはどんな社会変化があったのかと考えるときもありますけれど。

──「射程の長さ」が、久保田さんの考える「Next Startup」のひとつの定義だと。

もうひとつ選ぶ基準を挙げるなら、ビジネスモデルのユニークさにも注目しています。「なるほど、こうやって稼ぐんだ」という気づきがあるか、ということですね。

そこにはわりと、コピー可能なヒントが眠っているんですよね。サービスのこの部分は無料だけどユーザーを手前で集めてここでマネタイズする、だとか、フリーミアムに見えて実態はフィンテックだ、とか……。それってTips化しやすいし、飲み屋の話題にもなりやすい。

──たしかに。

連載では取り上げていませんが、あるエンディング系のスタートアップがあって。そのサービスでは、お葬式を上げることを知らせる専用のウェブサイトを提供しているのですが、ユーザーはそこで会場を案内して、故人にゆかりのある動画を流して、家族からのメッセージを掲載する。それらがすべて無料で提供されていて、どこにマネタイズのネタが眠ってるかというと、いまやわざわざ参列して香典を渡すことができない人たちもたくさんいるわけで、そうした人たちがドネーションできる機能を用意しているんですね。その送金額に手数料を課すわけです。

つまり、サービスとしてはよりよい葬儀の機会を提供しているが、その実はある種のクラウドファンディングでもある。それって、ちょっとした“なるほど感”があるじゃないですか。そうした目線も、もうひとつの柱として考えてはいますね。

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インプットは「誰かの声」。

 

──久保田さんは、それらをどうやって見つけてるんですか? ちょっとしたネタばらしになってしまうかもしれませんが。

とにかく、いろいろなソースを読みあさってはいますが、この連載を始めてからは、とくにさまざまな人に今どんなトレンドに注目してるかを訊いて、意識的にインプットするようにしています。

ありきたりだけど、米国のVCで、いわゆる未来のビジョンをよく語る人──アンドリーセン・ホロウィッツやフレッド・ウィルソンといった面々から感化されることもあります。「キャピタリスト目線」とでもいえばいいのかな、横のキャピタリスト同士はもちろん、海を越えた本場の人たちの記事を読んだり、お話ししたりがソースになっていますね。

──誰かしらの声が、教えてくれるということですか。

カッコよくいうと、ドッツ(dots)がつながるときがあるんですよ。頭の中に、“残像”が残っているときがある。例えば先日のニュースレターで「GPT-3」を取り上げましたけれど(7月17日配信「熱狂のAI『GPT-3』とは何者か」)。

──はい。

前に、米国の知人とAIについて話をしていたんです。「今、AIについてはハイプが終わって、単なるバズで、AIバブルも弾けたなんていわれているし」「日本の人は、AIって結局なにもできないじゃんって思っているし」なんて話をしていて。

──そういう論調、ありますね。

確かにこれまでAIに対する熱量はとても強くて、特に日本でも、株式を含めて“上がりすぎた”観があるとは思います。ただ、そこで話していたのは、「今も根底の技術革新は実はすごく進んでいるぞ」という内容でして。

そんな会話から3〜4カ月が経った8月、なんだかすごいテクノロジーが出たぞ、とGPT-3が表沙汰になった。そのあとすぐに連載で取り上げましたが、自分の中では、彼らのテクノロジーがぽんと出てきて面白いから飛びついた、という感覚ではないんです。AIがハイプであろうがなんであろうが、技術革新のいわゆる「指数関数的な伸び」は止まってはいない。そのことを、伝えたかったんです。

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Image: OPEN AI

──そうした情報はこちらから取りに行くのも困難ですし、とくに「射程の長いもの」となると、検索しようがないですよね。

そういう意味では、この連載については、CBInsightsの「Next Unicorn 50」のようなソースはあんま見てないかもしれません。シードラウンドやシリーズAといったフェイズの起業家たちからインスパイアされる部分は大いにありますね。

メジャーどころでいえばY Combinatorや500Startup、ジェイソン・カラカニスのLaunch Accelerator……あと日本ではほとんど知られていないシード専門のVCで面白いのが沢山あるんです。彼らの目線には刺激を受けます。

10年先は検索できない。

 

──調べられないものを見つけるにはどうすればいいのか。5〜10年先の未来を考えて、今ちゃんと立ち上がっているスタートアップにたどり着けるのには、何かヒントがありそうです。

VCの仕事で難易度が高い部分がどこにあるかというと、向き合う事業の方向性が正しいという前提で、「WHY NOW?(じゃ、それはいつなの?)」というクエスチョンは大きいですね。

ファンドは、10年という限られた期間での“差分”を取りにいくビジネスです。つまり、来るべき未来が20年後に実際に来たとしても、直近の10年で大して盛り上がらないとなると、VCとしては“ハズレ”になっちゃうんですよね。

ただ、この連載においてはちょっと目線が違います。

ぼくは、「こうであるべき社会」があるのなら、それが起こるように力学が働くのはごく自然なことだと思うんです。水が高いところから低いところに流れるように、社会を、生活をよりよくしてくれるものが受け入れられるのは当たり前だと。

もちろんそれを実現するには障壁があって、ハードルとなる既得権益も規制もあります。でも、「こうなるだろう」と強く信じられるものは「いつかどこかで必ずそうなる」はず。実現を妨げる要因は些末なことだと置いておいて、素直に想像すればいいだけのことだな、と。VCの基本的な素養って、後天的に染み付いたしがらみやノイズにとらわれず、素直に前を向いていけることなのかなと、最近思ったりします。

6月29日に配信した“インスタカート・キラー”のDumplingは、「個人の時代」を象徴するスタートアップだった
6月29日に配信した“インスタカート・キラー”のDumplingは、「個人の時代」を象徴するスタートアップだった
Image: REUTERS/CHERYL RAVELO

──その想像のプロセスを具体的に説明していただけますか。

たとえば教育市場を考えてみれば、今のところはその現場は紙をベースにしていて、教師がクラスに生徒を集めて実施されていて、記憶を中心としているからみんな違う教え方をしていて……。これが、変わらないはずはないですよね。

でも、それが5年後に変わるかといえば、簡単ではないでしょう。文科省もうるさいだろうし、教師も変化には柔軟じゃないだろうし、批判する人もいるだろうし。ただ、まずは、想定しうる“ある一定の究極の未来”、“いろんなノイズが外れた世界”を、まず考えちゃえばいいと思うんですよね。「いつか来る」と考えはじめると、制約が外れる。いろいろな発想が、生まれ出す。

──なるほど。

ちょっとしたエピソードがあるんですが、Airbnbのブライアン・チェスキーが語っていた話です。彼はAirbnbのビジネスモデルを設計するときに、いろんな制約を全て外して、“シックススターズ(5つ星のさらに上)”の体験を顧客に提供するためにはどうすればいいかということから考えたらしいんですよね。

僕もそれにちょっと近いことを頭の中でやることがあるんですが──サーフィンが好きで鎌倉に泊まろうという人がいたとして何が起きるかというと、まず鎌倉に向かって家を出ると、すぐにそこにクルマが待っている。車内に乗り込むとサザンオールスターズの音楽が流れてきて(笑)、ナビゲーションのとおりに乗り込んだ高速道路はスムーズで、現地に着いたら間違いなくサーフィン日和。ビーチには自分にぴったりのサーフボードがあって、その日の波は最高。さらに夜は、鎌倉でしか食べられない魚が用意されていて──と、これがおそらく、Airbnbの提供しうる“シックススターズ”の宿泊体験なんです。

チェスキーは、さらに「そこから“そぎ落とす”」と形容していましたが、つまり今は無理なもの、倫理的に不適切なものなどを削っていって、体験を設計するというんです。

──発想のリミッター(限界)を外して考えることで、未来の姿を導き出すということですか。

どうやって社会の流れって見るんですかって訊かれたら、こう答えます。「あなた絶対見えてますよ、本当は」って。

ブライアン・チェスキー
ブライアン・チェスキー
Image: Reuters/Mike Segar

社会にインパクトを与える。

 

──ここまでお訊きしてきて、久保田さんはジレンマのようなものを感じてやしないだろうかと思いました。つまり、「Next Startups」ではできるだけ尖っていて、射程の長いものを選んでいただいているわけですが、そこには海外の“本場”を中心に、VCが実際にお金を投じているわけです。

たしかに、読んでいる人からすると「この人、未来な話をしてるけれど、VCとしてはむちゃくちゃ現実的なところに投資してるじゃん」と思われているかもしれない(笑)。

──そこにジレンマはありませんか?

ないと言ってしまうと嘘になるんでしょうね。ただ、これはVCの限界という話かもしれませんが、自分のお金であれば、自分の信じた先に、自分の責任でやればいいわけです。だから、ジレンマを感じるとするなら、責められるべきは自分にはこんなにもお金がないっていうことでしかない(笑)。

──なるほど。

VCという仕事の醍醐味は仮説検証にあると思いますが、その仮説が20年かけるものなのか、5年で検証するのかでいうと、VCの仕事は後者です。とはいえ、その未来が向いてる先や角度、上がり方そのものは、両者においてまったく異なるものではないはずです。

そしてVCとは、そのときのタイムスパンを、より長く、かつ精度を高められる人がリターンを上げられるというビジネスなんですよね。ですから、2年であれ5年先、10年先であれ、どれぐらいの未来まで見えているかが試され続けている仕事で、その射程が長くなればなるほど難易度が高くなる。Quartzの連載は、それを自由に練習というか、表現できている気がします。

──つまり、言ってみれば、久保田さんには自分の手の内を明かしていただいてるようなものですよね。

「来るべき未来」の“引き出し”を蓄積していく上では、ものすごく自分にとってプラスになっていると思いますよ。そうでもなければ、ぶっちゃけた話、毎週続けていくのもしんどいです(笑)。

──VCとしての久保田さんは、この企業にお金を投じると決めたら、彼らのためにあるときはロビーイング活動までやって、その描く未来を手繰り寄せようするわけじゃないですか。よほど強いその熱意は、どこから、どんなモチベーションで生まれているんですか。

ひと言で言うと、それは「共感」ですよね。起業家の想いに共感することもあれば、ユーザーとして見たときにその事業、そのサービスが本当にいいと共感する部分もあります。実はすごくエモーショナルな部分ですよ。

──共感して、「あなたが見ている景色を、変化を僕も見たい」という感じですか。

変化というか、インパクトですね。あるいは、社会が変わる、社会を変えるという部分の手触り感。規模の大小はあれど、「来るであろう未来」に対して、自分が主体的に関与して手を施すことができること。そして、それで変わった結果、サービスに触れる人がいて課題が解決されて喜ぶ人たちの顔が目に浮かぶ、と。

世の中には、変化を好きな人と変化が嫌いな人っていると思うんですが自分もそうで、「変わっていたい」と思い続けているんです。

あと、スタートアップは、いくらマーケットやテクノロジーの仮説が正しくても、人(チーム)の要素がものすごく大きい。現実的には、自分が実際手を動かしたり、汗をかく要素も大きくて。VCの仕事って「ストックピッカー」ではなく「カンパニービルダー」と言われますが、ただ見てるのではなく、現実に何かを創り上げる。その一部に参加させてもらってる喜びが大きいですかね。

──Quartzを読んでくれていて、久保田さんの連載を愛読してくださっている方は、やはり変化を好む人で、あるときには自分もその変化に加わりたいと思ってる人だと思います。今日は、どうもありがとうございました。

9月のニュースレターでは2020 Y combinatorの「Summer 2020 Demo Day」を特集
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久保田雅也(くぼた・まさや)WiL パートナー。慶應義塾大学卒業後、伊藤忠商事、リーマン・ブラザーズ、バークレイズ証券を経て、WiL設立とともにパートナーとして参画。 慶應義塾大学経済学部卒。日本証券アナリスト協会検定会員。公認会計士試験2次試験合格(会計士補)。


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