ビル・ゲイツが認めた「伝説の起業家」西和彦氏が、ついに自らの「失敗」を反省した理由
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注目のコメント
ジェットコースター人生の西さんが反省?それはないわ〜。まだまだ昇降を繰り返されると見ていますぼくは。
アスキー社長のころ、クリントン政権発足直後、パリにいたぼくに「今ホワイトハウスにいるんやけど会いたいから行くわ」と電話があり、コンコルドで数時間後にCDG空港に来られ日米IT政策をまくしたてて「タイに持ってる島に行く」とすぐ向かわれたのが出会いでした。初めてみるスケール感とスピード感でした。
「キミは民間に出てこい」と引っ張り出したのも西さんです。セガ大川会長を紹介され、MITのプロジェクトを紹介され、役所で出世するつもりだったぼくは気がつけばMITにいました。西さんはMITに構想をぶつけた100ドルPCは世界的プロジェクトになりましたが、自分の手柄にすることもなく、ぷいと次のプロジェクトを企画して進まれました。ぼくの行動様式は西さんを追うところ大です。
冒頭の写真は西さんらしくない。最後の写真が西さんです。
とりあえず読みます。昔のベンチャー業界に関する記述を読むと、孫さんと並び立つ、いやある時までは孫さんをも上回る傑出した才能という形で西さんが良く登場してくる。当時のことがまとまっていそうなこの手記は読んでみたい
面白そうな本!
『僕が伝えたかったこと、古川享のパソコン秘史』という本にアスキー創業期の話が書いてあります。
アメリカのハードやソフトを日本で販売したり英語の製品のマニュアルを日本語化したりしてたみたいですね。インターネットも無い当時ですし、情報の上流に居ることの価値は今の何百倍も高かったのでしょう。
しかも当時は日本のメーカーも強く、アメリカにとっても日本は大切な調達先であり市場でもあったので、そのキーパーソンとして(Windows発売より何年も前の)マイクロソフトと仲良くなったようです。