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アベノミクスとは何だったのか。「大胆な金融緩和」が残した「地味な偉業」とは?

Business Insider Japan
8月28日、安倍首相が7年8カ月という史上最長となる在任期間の末、辞意を表明した。 新型コロナウイルスの第2波に小康状態がみられること、冬の流行に備えて万難を排した政治体制を整える必要があること、また2021年9月に総裁任期の満了が控えていることなどから、幾ばくかの政治空白が許されるとすれば、いまし...
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アベノミクスについて色々な総括が行われています。論点は多岐にわたりますが、アベノミクス≒「大胆な金融緩和」と見なすのが一般的な見方であり、その全力投球を続けた末のYCCを経て、日銀は「綺麗に表舞台から姿を消す」という結末に着地しました。

原因は一つではないでしょうが、日銀にまつわる関心が尽きたカードの末に薄れ、ドル/円相場が動意を失った部分はあったと思います。円高・ドル安が長く日本経済の宿痾であったことを思えば、これは「地味な偉業」だったようにも思えます。

ご笑覧ください。
日銀の存在感が表から消えたのは、経済学的にはまさに流動性の罠に陥ったということですね。
こういう状況で金融緩和効果を出すには、財政の手助けが必要となりますから。
フラットな評価だと思うし、とても同意。
下記でコメントしたが、本記事で唐鎌さんが書かれているように、緩和を加速させたこと、分かりやすいコミュニケーションという黒日銀要因に加えて、白日銀は米国が超緩和フェーズにあったのが転換するという、「おしくらまんじゅう」のバランスの転換もある。そして、それが政権初期にあったからこそ、信任を加速させたというのは安部首相・黒日銀にとって大きかったと思う。
一方で、世界的には特に世界最大の米国FRBがコロナ禍を受けて利上げモードから完全に転換。為替はまだ初期のショックから落ち着きを取り戻し大きくは動いていないが、前回は2007→2011年と4年くらいかけて125円→75円に下がった(これは行き過ぎだったわけだが…)。
https://newspicks.com/news/3402853
『「金融政策の無効性(=金融政策だけで物価や景気が改善することはない)」を世に示したことが、アベノミクスによる「大胆な金融緩和」の最大の収穫だった』とはなんとも皮肉な言い回しですが、言い得て妙と感じます (^_-)-☆
リーマンショックに続く金融危機でリスクオフになった資金が新興国等から一斉に引き上げられ、不良債権問題に懲りて相対的に銀行が健全だった日本に集中し、110円台から120円台前半だったドル円が一時70円台まで行ったのが“行き過ぎた円高”の実態でした。ECBの大胆な対策もあって金融危機は2012年の秋口には小康状態に入り、資金がリスクオンになって円安に向かい始めたところで起きたのが大胆な金融緩和を主張し続けていた安倍総理の誕生です。円安が金融緩和の効果というより思惑で加速したことは、80円から100円を超える円安が、実際に黒田バズーカ第一弾が発表される4月以前に進んでその後は一進一退になったことで明らかです。2014年10月末の黒田バズーカ第二弾で再び125円台まで円安が進みましたが、2回のバズーカの効果が一巡すると円高局面、円安局面の振れを経てリーマンショック前の110円前後に戻り、あとは一進一退です。たらればの話ではあるけれど、世界経済が正常に戻ったら、異次元緩和が無くともドル円は相応のところまでゆっくり戻っていたような気がします。
アベノミクスで成果を急いだ結果、政府が巨額の借金を抱えるのみならず、中央銀行が巨額のリスク資産を抱える構図が出来ました。この状態で金利が上がったら大変です。かといって、景気が良く成れば金利を抑え続けることは難しい。2回のバズーカのようなことは最早できそうもない構図のなか、次の政権と日銀は、難しい舵取りを迫られそう。そういえば、期待に異存する政策は危ういと言い置いて去った日銀総裁がいらしたな (^^;
アベノミクスの3本の矢は、非常に分かりやすく、その成果の賛否はともかく国民に浸透した。しかし、アベノミクスの効果が煮詰まる中、2015年に打ち出された「新3本の矢」を答えられる人は、どれだけいるだろうか?「希望を生み出す強い経済、夢を紡ぐ子育て支援、安心に繋がる社会保障」である。これは、ほとんど国民に浸透していなかったように感じる。アベノミクスを新3本の矢で評価するなら、点数は大きく下がってしまうだろう。
QQEからYCCへの過程で日銀の存在感が表から消えたというのはその通りと思います。YCCで金融政策は半ばパッシブになりました。では、経済政策はどこが主導するべきだったのでしょうか。アベノミクスの検証が待たれます
何が言いたいことなのかよく分からないけれど

「黒田総裁は始動直後の初回会合で「ベースマネーを2年で2倍にして、消費者物価指数を前年比プラス2%にする」と掲げ、「量的・質的金融緩和(通称QQE)」と称した未曽有の金融緩和を導入。「わかりやすさ」を強調し、そうすることで人々の期待に働きかけ、物価を押し上げていくのだという趣旨がくり返された」

を見る限り、日銀は大胆だったとしても効果は殆どなかった。実際、経済の成長トレンドには変化が見られない。

何かと為替と結びつけているが、日本の金融政策がゼロ金利到達で効果を失えば、米金融政策の方が円ドルレートには影響が大きい。実際円安が始まったのは2012年の9月頃からであった。

貿易動向を見る限り、円高が言われているほど日本経済に悪かったとは思えない。
とても納得できる論考でした。アベノミクスをめぐり、世界の経済金融環境を語らない議論が目についていたので、特に。

浜田先生が金融危機のときに大規模緩和していれば、と語っていましたが、私自身はあの状況で日銀まで緩和競争に飛び込むことは政治的に難しかっただろうし、やったとしてトータルでどこまで日本経済にプラスの効果があったかは疑問だと思っています。

ちょうどそれが晴れ始める段階で安倍総理が政権に、しかも2回目の政権につけたのは確かに「運」でしょう。逆にあの段階で政権を手放したのは、約束が反故にされることも含め、先を読めなかった野田総理の実力の限界だったのだろうと思います。

あと唐鎌さんはそこまで言及されておられませんが、当時の非常に単純な期待と予想インフレ率をめぐる議論は、改めて総括されてもよいと思います。個人的にはあまりに乱暴な説明だったと思っているので。

「「わかりやすさ」を強調し、そうすることで人々の期待に働きかけ、物価を押し上げていくのだという趣旨がくり返された」
多くの国民にとって経済指標などは馴染みが薄い。
それをわかりやすく何のために、なにをするか、どこまでやるかを内閣として示していたことは偉大だと思う。
先週金曜の値動きを見るとすごく理解できるかな。