【神話崩壊】中原淳、テレワークにまつわる「誤解」を解く

2020/8/27
 イノベーティブなアイデアは対面からしか生まれない── テレワークが普及しつつある今、現場からはこんな声が聞こえてくる。
 果たして、ビデオやテキストでのコミュニケーションは、新しい価値の創造には不向きなのか?
 連載「WORK SHIFT」第4回は、組織開発に詳しい立教大学・中原淳教授にインタビュー。テレワーク下でもアイデアを実現するために、企業が意識すべきポイントを聞いた。
東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等を経て現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。

イノベーションの「誤解」

── コロナの影響でリモートワーク化が進みましたが、「対面より仕事がしにくくなった」という声も聞こえます。組織開発の専門家として、この状況をどう見ていますか。
 今回のパンデミックを受け、多くの企業がオフィスでの仕事をリモートに移行しました。
 変化に戸惑う声もありますが、僕は「リモートワークだから、何かができない」という話には、注意が必要だと感じます。
 たとえば、「リモートワークになったら、イノベーションが生まれない」という言説を本当によく耳にします。
 もっともらしく聞こえますが、その組織って、本当にリモートワークの前はがんがんイノベーションを起こせていたのでしょうか。
 たいていの場合、リモートワーク以前から、イノベーションが生まれていなかったのではないかと思うのです。
── イノベーションが起こりにくくなった原因は、「リモートだから」ではない?
 そうですね。まず、「イノベーションとは何か」を整理しておきましょう。
 世の中では「アイデアを生み出すこと」がイノベーションだと勘違いされることが多いのですが、実はそうではない。
 イノベーションとは、アイデアをベースに「ヒト・モノ・カネ」がそろい、ビジネスの仕組みやテクノロジーを革新し、さらにカスタマーに価値を「届ける」までの全プロセスです。
 だから、イノベーションには膨大な作業が伴います。上長や経営者の決裁を取り、既存事業とのカニバリゼーションを解消する。社内外から「ヒト・モノ・カネ」を集め、生産ラインや流通の仕組みを整える。
 こうした一連のプロセスが実現され、既存のビジネスをひっくり返すような社会的な価値を提供できて初めて「イノベーション」と言えるんです。
── アイデアは、既存のビジネスを変革するきっかけに過ぎないんですね。
 そう。アイデアを思いついたら終わりではなくて、ビジネスにおけるイノベーションは、組織的な合意を取って必要なリソースを動員するまでが重要なんです。
 「日本では欧米と比べて、新しいサービスが生まれていない。イノベーティブな発想が足りていないからだ」とよく言われますが、僕はこの考え方に懐疑的です。
 どちらかというと、アイデアを持っている社員は多い。
 ただ、実現するまでのプロセスで、組織内の政治的な思惑によって役員会で潰されたり、既存事業部の協力を得られなかったり……。
 こうしたイノベーションが潰されるプロセスの方が、私は問題だと思います。
── なるほど。とはいえ、「ちょっとした雑談からアイデアが生まれる」という話もよく聞きます。リモートで「会議未満の会話」が失われてしまうと、イノベーションの大元となるアイデアは減ってしまいませんか?
 たしかに、偶発的なコミュニケーションや他者からのツッコミが「アイデアの種」になるという話は理解できます。
 でも、むやみやたらに「雑談」をしていたら勝手にアイデアが生まれるわけではないですよね。
 アイデアとは「常に考えている人」から生まれるものです。仕事と向き合い、考え続けている人こそが、アイデアを生み出せます。
 もちろん、偶発的な他者との会話が役立つこともあるでしょうが、それは偶然なのです。大切なのは、考え続けるための時間をきっちり持てるかどうかだと思います。
── オフィスワークでもリモートワークでも、イノベーティブなアイデアを生み出すことはできるということですね。
 ええ。もちろん、リモートの影響がゼロとはいいません。ですが、リモートワークでイノベーションが生まれないことには「真の敵」がいるはずです。
 思いついたことを口に出せない組織風土や、透明な意志決定ができない組織。それから、考えるための時間を阻む雑務などがそれにあたるでしょう。
── リモートワークが前提となった今、イノベーションのプロセスをオンラインで構築するには、何が必要でしょうか。
 大切なのは、社員一人ひとりが持っている新たなアイデアを共有するための場所があるか。そして、失敗を許容する土壌が整っているかどうかです。それは、オンラインか否かに関係がありません。
 多くの企業はイノベーティブなアイデアがあったとしても、「本当に成功するのか」「既存事業のシェアを奪わないか」と事なかれ主義によって周囲から批判され、実行にさえ至りません。
 要するに「挑戦する風土」を確立できるかどうかなのです。
「リモートワークからはイノベーションが生まれない」という言説が、新たな働き方を阻止するための「便利な道具」として用いられないことを願います。

決裁者を「審査員」から「当事者」に

── 中原先生から見て、コロナ禍における組織の変化で気になるところはありますか?
 コロナへの組織的対応は、すべての企業が「ヨーイドン」で考え始めたことです。だから、組織の機敏性がわかりやすく現れた。
 この差を判断する基準はいくつかありますが、一つは事業のBCP(Business Continuity Planning)を考えられているかどうかです。
 有事の際に、組織はどう対応するのか。また、そのプランを何年先まで描けるか。危機のタイミングにこそ、企業としての基礎体力が垣間見えると思います。
── 新規事業に失敗するリスクをゼロにはできませんが、成功確率を上げる方法はあるのでしょうか。
 一番簡単な方法は、決裁権を持つ役員や経営クラスが、プロジェクトの責任者になることです。
 たとえば大きい企業ほど、社内で新規事業コンテストを開いたりしますよね。
 僕はすごく不思議なのですが、「会社の未来を作る事業」が生まれるかもしれないイベントなのに、役員は「審査員」として座っていることが多い。
 でも、審査するって一体どういうことでしょう。本来であれば、会社の未来を作るために「自らやること」が求められるのではないでしょうか。
 会社の責任者が「同じ船に乗らないイノベーション」なんて、僕はありえないと思うんです。
── なるほど。新規事業といえば若手が取り組むようなイメージがありましたが、逆なんですね。
 そうです。そもそも役員は、既存ビジネスのラインを持たない「遊軍」です。自社の事業を社会のなかに位置づけて未来を作ることこそ、彼らの仕事のはずなんです。
 コンテストにエントリーする若手社員が柔軟なアイデアを持っていても、彼らは社内の調整には長けていない。
 既存事業をよく知っていて、人脈と発言権を持つ人が先導する方が、交渉もスムーズにいくはずです。
 若手からいいアイデアが出たなら、たとえ形式的にでも役員自らが先導してヘッドになってしまえばいい。それなのに、「これは本当に成功するのか」と審査員に回ってしまう。
 「成功するのか?」というのは、悪魔の質問です。「成功しません」とは言えませんし、誰にも未来はわからないので「成功します」とも言えません。
── プロセスの途中で組織に潰されるとは、そういうことなんですね。
 典型的な例の一つです。日本企業がイノベーションを起こせない理由は、不確実な未来に向かって挑戦する態度が欠けていて、若手社員からボトムアップでアイデアが出されても、こうして組織のなかで潰されるからです。
 そのことを役員自身が理解し、同じ船に乗って漕ぎ出せば、新しい事業が形になる確率も上がると思います。
 プロジェクトの責任を自分自身で持つとなれば、批評家になっている場合じゃない。どうすればうまくいくのかを考えて必死に成功させるでしょうから。
── アイデアを出す側からすると、いかに役員などの決裁者をプロジェクトに巻き込めるかが鍵になりますね。
 その点、リモートワークは上役にアクセスするハードルを下げてくれます。
 課長や部長から順番に稟議を通すとどこかで文句がつきますし、いきなり「協力してください」と役員室のドアを叩くのも緊張するじゃないですか。
 でも、ビデオチャットだったら気軽にアポが取れる。メールやチャットで資料を送って、ほんの5分もらえばいい話です。
── たしかに。リモートの方がよい面もあります。
 結局、リモートワークは「手段」なんです。そしてオンラインツールも「道具」ですから、使いこなすのは難しいことではありません。
 ビデオ会議であれば、イヤホンとマイクをそろえて、URLをクリックして、退出ボタンを押すだけ。新しく出てきたITツールに、適応すればいいのです。
 昔、「Windows 95」という革新的なOSが出てきたときにも、年輩者の中には「何だこの高価なおもちゃは」と見向きもしない人もいました。
 でも、今周りを見てみてください。「本当におもちゃでしたか?」という感じですよ。
 新しいものや環境に適応できるかは、マインドの問題です。2月からコロナ禍によってリモートワークが始まっているのに、未だにオンラインミーティングでハウリングしていたり、地蔵のように黙ったりしている人は、変化を起こすことには向きません。
 新たな環境にシフトできるかどうかは、個人レベルでも問われていると思います。

リモートは、何をシフトさせたのか

──デジタルツールを使いこなすことは重要ですが、リアルでしかできないことはありませんか。
 よく言われることですが、今のリモート環境では「ソーシャライジング」が難しいと感じます。ソーシャライジングとは、業務外の人との繋がりや、ちょっとした飲み会など、ゆるくてソフトな連帯を作ることを指します。
 僕が教えている大学でも、通常のゼミや授業はリモートでも支障はないんです。むしろ、学習効果は高いくらいだと思います。
 でも、大学は授業がすべてではなくて、課外活動も重要です。特に、この状況で入学してきた1年生は、友達やサークルの先輩みたいなソフトな繋がりを作れないまま、授業や研究といったハードな取り組みに参加しなくてはいけない。
── 新入社員も同じですね。
 そうですね。オンラインの会議や商談は目的ありきで開かれているので、それ以外のコミュニケーションが生まれにくい。
 本来ならアポの行き帰りの電車や会議の合間に、先輩からフィードバックをもらえるものですが、それもありません。
 ただ、先輩たちが注意すべきなのは、新入社員に「このタイミングで入社なんてかわいそうだね」と、一方的にラベルを貼らないこと。
 本人はこれまではどうだったのかという比較基準を持ち合わせていませんから、「私たちは大変でかわいそうなんだ」と自己呪縛に陥って、やる気が削がれてしまう。
  パラダイムが変わる時代には、新しい「街場のルール」が形成されていくものなんです。
 新入社員の例でいえば、移動時間にフィードバックがもらえないなら、オンラインでその時間を作ればいい。
 会議が終わってすぐに退室ボタンを押さず、上司と1on1の時間を設ければいいのですから。
──そう考えると、さまざまな局面で「本当にリモートだからできないのか」と自問する必要がありそうです。
 その通り。イノベーション然り、マネジメント然り、もともと組織的にできていなかったことが顕在化しただけで、リモートだからできないわけではないんですよ。
 だとしたら、やるべきことは一つ。問題を一つひとつ潰し、新しい環境に応じた新たな働き方を考えていくことに尽きるでしょう。
 それが、今求められている「ワークシフト」です。
 これまでも人は、さまざまな苦難を乗り越えて環境に適応してきたんですから、大丈夫。できますよ。もう一度、学び直す覚悟を持つだけです。
(取材・執筆:高橋智香 編集:宇野浩志 撮影:的野弘路、後藤渉 デザイン:國弘朋佳)