「本が読めない人」を育てる日本、2022年度から始まる衝撃の国語教育
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なんかこの記事自体が独りよがりで、伝わる文章になってないような気がします。もう少し偏見を減らしファクトをベースにした教養のある内容にすべきではないでしょうか?
まぁ日本文藝家協会員としてのポジショントークなんでしょうけど。
注目のコメント
「本」とは文学や評論のことで、それ以外は「実用文」と言うらしい。前者に親しんでいる人のことを教養人と呼び、そうでない人は非教養人らしい。
私は30歳くらいまでほぼ文学や評論は読まず、数学や物理ばかりやってきたので、書物や論文はたくさん読んで来たが「本」は読んでおらず、教養もないことになる。
それでは、私が読んできたものは「実用文」だったのか。実用から程遠い基礎研究ばかりやってきたはずなんだが。
「非実用文」とはなにか。それが文学・評論なのか。
>小説を読むと地頭がよくなると、進学校はみなわかっている。私立の進学校は大量の読書をさせて、議論をさせる
小説を読むと地頭がよくなるのか。小説ばかり読んでるやつでロクな人にあったことないけど。進学校で興味もないのに無理やり小説大量に読まされて、すっかり興味を失ってしまったお子さんをたくさん見てきた。
「実用文」なるよくわからないものに偏るのもどうかと思うが、文学・評論が読める人こそ重要という人間像もまた、それこそ「教養」を感じない。
プログラム言語やアセンブリ言語やらせれば先日の英語の記事もそうですが、この方の論説はロジックが通ってなく、根拠もなく、過度な一般化ばかりです。
例えば論拠として引用してるこの発言本当にそうだと皆さん思われますか?
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小説を読むと地頭がよくなると、進学校はみなわかっている。私立の進学校は大量の読書をさせて、議論をさせる。
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そもそも入試改革や国語の教育改革の意図や背景も理解して書かれた論ではなく、申し訳ないですが、この記事へのコメントを毎回推奨するNewsPicks 側の問題も大きいです。再考ください。本質を見落としている。
大切なことは、国語などで学んだことを、実社会に出て生かす力も育むこと。
実学重視だといって、契約書など実用文を生徒たちに読ませればいいわけではない。
子どもたちが、そういう短絡的な思考をする大人にならないような教育が必要です。
創造性を育むための時間をつくることが目的なのに、学習内容と授業時数を減らしただけで、大失敗したゆとり教育から学ぶべき。