そのズレが問題だ。「問いのデザイン」があぶり出す、議論における勘違い
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「チームや組織内で共有する『問い』がズレていると、
いいアウトプットは出ません。しかし、多くの企業では『問い』の設定がしっかりできていないのです」
Whyは3つで形成されている
・どうやって成し遂げたいのか(プロセス)
・何を生み出したいのか(ゴール)
・どんな世界にしたいのか(ビジョン)
この3つを明確にして、本当に解くべき課題を見抜くことこそが、「問いのデザイン」とのことでした。
いま学んでいるアート思考にも通じるテーマの「問いの設定」ですが、ビジネスとして成り立たせるには顧客のニーズを満たす必要があります。
けれど、あらゆる前提として「わたし(達)がどうしたいのか?」が不明確になるので問いがズレてくるのではないかと考えています。
記事中で、ファシリテーターの重要性が書かれています。
チームや組織で議論を交わすのは良いけれど、
"ズレた問いに対して議論をしても意味がない"と解釈しています。
そもそも論として、達成したい目的に合った問いをデザイン(設定)することが一番重要で必要不可欠なことなのでしょう。"「ファシリテーターという言葉自体は浸透していますが、『付箋をペタペタと貼り、会話を盛り上げること』『議論が噛み合わなくなったら仲裁する役』と思われがちです。しかし、ファシリテーターは固定概念にはまってしまった問いを追求し、取り組むべきポイントを明らかにするのが本来の役割。そのために、問題を再定義し、チームで話し合える問いをつくって投げかける。つまり、ファシリテーションでは『問いのデザイン』自体を体系化する必要があります」"
「問いのデザイン」は、授業や研修をデザインするときに常に参考にしています。経験知で問いを作っていたけれど、体系化された知に触れることで、「問い」の精度が上がった気がします。