営業本部長が定年後にクレーマーになってしまった根本的理由
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会社の機能と自力を混同してはいけない(勘違いしてはいけない)。会社の機能があっての肩書と成果であって、そこを勘違いすると自分の市場価値を見誤る。
注目のコメント
仕事を辞めて「肩書」がなくなることで、承認欲求が満たされず、問題行動に出ていると思われる人はよく見かけますね。
これを自分で改善/予防するには、職場以外に日頃から自分の居場所を持つことが必要なのだと思います。地域のボランティアだったり、子供のPTAだったり、習い事だったり、趣味の集まりだったり。様々なコミュニティに所属することで、「肩書のない自分」にも慣れて、相手の立場に配慮して発言する・行動することができるようになります。
いきなりそれはハードルが高いという場合には、毎日就寝前に自分の一日の行動を振り返り、怒ったり、暴言を吐いたことがなかったか、その原因は何だったか、相手や周囲には自分はどう見えただろうか、などを書き出してみると良いでしょう。文字にすることで客観的に自分を見つめ直すことができます。
EQ(心の知能指数)が低いままでは、自分も周囲も幸せにはなりません。自覚して、自分にあった改善策をいろいろ試すのが良いでしょう。その気があれば人はいくらでも変われます。昔お弁当屋でアルバイトしてたときに、そんな感じの威張ったおじさんがいらっしゃいまして、初見でいきなり「お前らけしからん、何だかよく分からんが気に入らん」レベルの理不尽な怒鳴り方をされ最初は面食らったのですが、何だかかわいそうだなと思って話を聞いてあげてたら気に入られて常連客になったことがあります。僕の作った炒め物を頻繁に頼んでくださり、「うまいやんけ」とお褒め頂きました。ツンデレか。
おじさんは寂しいのですな。長らく日本に根付いてきた日本型の人事制度は、一言で言うと職能資格制度に基づくものです。今となっては「は?頭おかしいんじゃないの」という側面もあるものの、大枠としては以下のような前提があります。
・能力は年々増していく
・一度延びた能力は衰えない
これらを元にして「職務」ではなく「能力」で給与を決める。
そういう前提があるから、「途中で職能資格が下がるということもない」ということになります。一応よく言われるのは「教授が准教授に戻ることはない」とか「大佐が少佐になることもない」とかを例えに出されますね。
そしてそうやって年々肩書きを与えていくことで本人のモチベーションを高め、帰属意識を高めてきました。
いわば、肩書きを失って自分を失ってしまうのは、
「肩書きに躍起にならざるを得なかった職能資格制度の呪縛」といえるかもしれませんね。