気候変動時代をサバイブせよ。「ウェザーテック」がもたらす新しい世界とは

2020/5/28
 「今日は傘がいる?」「コートは必要?」──。出かける前の小さな迷いに答えをくれる天気予報を、それだけの存在と考えているなら大きな誤解だ。持ち物や服装だけでなく、人のあらゆる行動は天候の影響を受けており、気象は経済や社会を動かす力を持っているからだ。
 あなたのビジネスも、知らないところで天候に左右されている。そこに気づくことで、新たなビジネスチャンスを見出したり、日々のパフォーマンスを上げらられたりする可能性もあるだろう。
 気象情報の世界最大手であるウェザーニューズの石橋知博執行役員に、「WxTech」(ウェザーテック)の持つ可能性と、ビジネス活用のポイントについて聞いた。
あなたの街の「暑くなったら売れるモノ」とは?
 気温が一定の水準を超えると、カレーパンの売れ行きが伸びる──。これはウェザーニューズがある街のベーカリーで実施した調査で明らかになった結果だ。
 人の基礎代謝量が気象条件によって影響を受け、食欲にも影響が及んでいるのだろうか。気温とカレーパンの売れ行きは偶然とはいえない確率で相関していた。
 だが、他の店でも同じ現象があるとは限らない。その街、その店特有の、店主さえ気づかない相関があるのだ。
──ウェザーニューズというと天気予報アプリのイメージが強いのですが、こうした調査はどんな狙いで行っているのですか。
石橋 天気は予報するだけでなく、データを積極的に活用することで大きな価値を生みます。
 当社は1970年の海難事故をきっかけに気象の道を志した創業者の石橋博良が34年前に創業して以来、民間の気象専門企業として船舶の安全で経済的な航路選定のサポートをはじめ、様々な気象のBtoBコンサルを手がけてきました。
1975年生まれ。中央大学理工学部情報工学科卒。日本ヒューレット・パッカードを経て2000年にウェザーニューズへ入社。モバイル・インターネット関連の法人営業を経験した後、2003年に個人向け(BtoS)モバイルコンテンツサービス事業を立ち上げる。2005年11月からはユーザーが自ら現在地の天気を報告し、天気予報に活用するウェザーリポーターの仕組みを導入。2012 年1月からは米国ニューヨークに拠点を移し、約5年間、米国でのマーケティングディレクターを務める。2017年6月に帰国し、現在はモバイル・インターネットを軸とした世界のBtoSコンテンツの事業全般を統括している。
 たとえばコンビニやスーパーは、天候や気温によって売れる商品が大きく変わります。
 過去の販売データと天気がどう相関しているかがわかれば、天気予報から事前に需要を予測して仕入れを増減させたり、店内の商品配置を変えるたりして、売り切れや廃棄を防ぎながら効率的に売り上げを伸ばすことが可能になります。
 当社は航空会社にも情報提供しており、安全な離着陸の支援や機内食提供のタイミングを提案したり、天候によって必要量が大きく左右される航空機の燃料積載量を最適化したりしています。
 無駄な燃料を積む必要がなくなったことで、削減したコストは年間で億単位に達しています。
 一方、陸上では、強風や大雨など鉄道運行に影響する気象リスクとその継続時間を事前に予測し、運休や間引き運転・運転再開のタイミングなどの決定に必要な情報を提供しています。
 そのほか、道路でも通行止め・解除のタイミングや、冬季の凍結に備えた凍結防止剤の散布、それを行う人員配置などについても意思決定支援を行っています。
 また、花火の打ち上げや、屋外イベントなどに対しても、安全と楽しさを両立させるための運営をサポートしています。
 意外なところでは、スポーツがあります。
 クロスカントリーでは雪質によってスキーに塗るワックスを変える必要があるのですが、競技時間の雪質や雪がどの程度溶けるか予測することで、ワックスマンが最もパフォーマンスが上がりやすいワックスを導き出すことができます。
 協力したアスリートをオリンピックの金メダルに導いた実績もあるほどです。
──そう言われてみれば、普段は意識していなくても人の行動はかなり天気に影響を受けていますね。
 経済は人の行動で成り立っていますから、天気にまったく影響を受けないビジネスのほうが少ない気がしています。冒頭のパン屋さんの例のように、当事者も気づいていないような天気とビジネスの関連は探せば無限にあるのではないでしょうか。
 こうした気象データのビジネス活用には、観測機から送られる詳細なデータとそれに基づく予測が不可欠ですが、それだけで十分というわけではありません。
 当社は気象庁が全国で1300か所設置している「アメダス」の10倍となる1万3000か所に観測機を置いていますが、人の行動をより高い精度で予測するにはプラスアルファが必要です。
 たとえば、同じ気象条件であっても、人が感じる暑さや寒さといった感覚は一定しておらず、自販機の飲み物をホットからコールドに切り替えるタイミングを単純に気温だけで決めてしまうと需要にマッチしないことがあり得ます。
 冷たい飲み物が売れ始める気象条件は、地域はもちろん周囲の環境、行き交う人の属性によっても異なります。人の行動を的確に予測するには、実際にそこにいる人がどう感じたかというデータが欠かせないのです。
 そこで、当社では2000万人のアプリユーザーから、リアルタイムの体感データを届けてもらうしくみを持っています。観測機では得られない体感データが1日18万通も届いており、これらの気象データを掛け合わせることで、「気象ドリブン」の可視化が実現しているのです。
 近年は気象の世界でもAIやビッグデータ、IoTといったテクノロジーを取り入れることで、これらの予測や分析の精度は飛躍的に向上し、活用範囲も広がっています。
 こうした「WxTech」(ウェザーテック)を活用することで、様々な領域でパフォーマンス向上や効率化、無駄の削減が見込めると考えています。
クロステックが天気予報の領域に
──「WxTech」(ウェザーテック)とは?
 既存の業界と先進的なテクノロジーを結びつけて生まれた「クロステック」は、気象の領域でも生まれています。
 単なる天気予報の枠を超えて、これからは気象データとそれ以外のデータを掛け合わせることで生まれる可能性を広げていきたいと考えています。
 天候に影響を受けるビジネスやオペレーション、あるいはリスク管理に関する予報など、幅広い分野で活用することが可能になります。
──具体的に、どんな活用例がありますか。
 日本中を走っている車が“観測機”になれば、より精度の高い情報が得られます。そこで、トヨタ自動車と共同で、コネクティッドカーから送信される情報を活用した気象予測の精度向上と減災の実証実験を進めています。
 歩く人には気にならない程度のごく弱い雨でも、走行中の車のフロントガラスに打ち付けると視界を遮るので、多くのドライバーはワイパーを作動させます。
 こうしたごく弱い雨は気象レーダーの苦手分野で、コネクティッドカーから寄せられる情報と気象データを掛け合わせることで、レーダーがとらえきれない雨雲を検知しようとする試みです。
 さらに、気象レーダーだけでは検知できない道路冠水も、コネクティッドカーで把握できます。車両が冠水箇所を通過するとき、非冠水エリアと比べてアクセルの踏み込み量に対する車両の速度が小さくなることを利用して、AIが冠水を判定するのです。
 こうして積み上げたデータによって、その後の豪雨で車両故障や立ち往生しやすい冠水箇所の推測に成功しました。
 あるスーパーでは、天気予報に応じてアプリを通してリアルタイムにクーポンを発行する試みも行っています。来店客が減る雨の日に来店を促す効果が確認され、マーケティングにも高い効果が見られました。
中小企業や部署単位で活用できる、気象データプラットフォーム
──ウェザーニューズが持つ気象データを異業種が活用できれば、ビジネスチャンスは広がりそうです。ただ、ユーザーが自社にカスタマイズした分析をするには、コストが高くなりませんか。
 確かにこれまでの取引先は大手企業ばかりです。なにしろ膨大な気象データの中から、その企業や拠点などがある特定の地点に落とし込んで、緻密な分析をする必要があり、安価で提供することは難しかったからです。
 しかし、最近のIoTデバイスの進化やデータ分析に必要なハードやソフトウェアの普及に伴い、こうしたコストは下がりつつあります。
 大企業だけでなく、部署レベルや中小企業、地域の商店、ビジネスパーソンまで、あらゆる組織や人が気象データを活用できる社会を実現したいという構想を以前から温めてきました。
気象データのラインナップや料金体系を確認できるほか、ビジネスデータと気象データとの簡易分析を無料で試せる(詳しくは画像をタップ)
 一部の大企業だけのものだった「WxTech」ですが、あらゆる企業や個人が活用できる日が、もうそこまで来ています。
──それはどのようなサービスなのでしょうか?
 たとえばNewsPicksのようなウェブメディアであれば、PVやPick数、読了率といった様々なKPIがありますよね。これらのKPIが天候と相関していると考えたことはありますか? 
 ECサイトでは明らかに悪天候の日に売り上げが上がる傾向にありますが、メディアにも同様の傾向があるかもしれないし、読まれる記事の種類も気象になんらかの影響を受けている可能性がある。
 相関があるかどうかは調べてみないとわかりませんが、あるとわかればより効果的な記事の配置や公開スケジュールの設定ができるはずです。
 すべてのビジネスが天候に影響を受けているとは言い切れませんが、調べてみる価値はあるはずです。様々なサービスとリアルタイムで連携できるAPI化も予定しているうえ、観測範囲も1キロメッシュで提供できるので、立地ごとにきめ細かい分析も可能です。
月別精度評価は降水補足率の評価。気象庁のHP上に公開されている気象庁の評価に、気象庁と同じ手法で独自に評価したデータを比較し、ウェザーニューズが作成。詳しい評価方法はこちら
 ちなみに、新型コロナウイルスの感染が拡大する都市ごとの気象データも、特設ページで公開しています。季節性インフルエンザと気候の関連は明らかになっているので、専門家が分析可能なデータを提供したいという考えからです。
──喫緊の社会課題にも立ち向かっているのですね。WxTechは、どんな未来をもたらすでしょうか。
 誰もが気象データを活用することで、幅広い領域のビジネスが効率化し、無駄を削減することができます。
 コストを抑えて売り上げを伸ばすパフォーマンス向上と働き方改革に加え、CO2排出や食品ロス、事故、病気といった好ましくない事象を減らし、社会課題を解決する有力なツールのひとつになり得ます。
 こうした未来と並行して、災害の被害を減らす減災も、力を入れている課題のひとつです。近年は気候変動に伴い、本来はまれにしか起こらないはずの高温や低温、豪雨などが頻発し、気象は極端化しています。
 どんなに質の高いデータや天気予報も災害をなくす力はありませんが、気象データがより信頼できる存在になることで人の行動が変わり、災害の被害を抑えることができるのです。
 気象データの活用は、より豊かで安全な社会の実現へ向けた大きな一歩になると確信しています。
高い予測精度は、公的データにはない強み
現実に気象データはどのようにビジネスの現場で活用されているのか。ビッグデータやAIの利活用をサポートするアクセンチュアの専門家に、WxTechの最新事例と可能性について聞いた。
 顧客企業のデータ利活用をコンサルティングする私たちのチームの注力分野のひとつに、企業が持つ内部データと外部データを組み合わせた「分析モデルの活用」があります。中でもあらゆる人の行動に影響する気象は幅広い業界でニーズがあり、成果が見えやすいデータのひとつです。
2010年にアクセンチュア入社。入社時より、一貫してAI・データサイエンスを活用した企業のデジタル改革を支援。現在は、保険・銀行等の金融業界や小売業界を中心に、データを用いた新規サービス企画やCRM・マーケティング改革、分析組織立ち上げ・育成といった領域でのコンサルティングに注力。
 これまでの活用例としては、コンビニなど小売店の需要予測や発注最適化、電力使用量予測による発電量の調整、航空機の燃料積載量の最適化など多岐にわたっています。
 最近では、車両の破損につながる雹などの悪天候の情報を、損害保険会社が自動車保険の契約者にアラートしたり、運送会社に対して悪天候による危険を避ける迂回ルートを提供したりする試みも始まっています。
 近年は、気候変動がもたらす企業のリスクや財務的影響を可視化する「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の気運も高まっており、気象データの重要性は増してくるのではないでしょうか。
 ウェザーニューズが持つ1キロ四方のきめ細かいエリアデータや、リアルタイム性を伴う高い予測精度は、公的データにはない強み。
 現段階では、ビジネスシーンでの気象データ活用は、実証実験レベルで止まってしまうケースも多くみられますが、こうした壁をアクセンチュアとウェザーニューズが協力して払拭し、活用を進めていきたいですね。
(構成:森田悦子 編集:奈良岡崇子 写真:大畑陽子 デザイン:堤香菜)