【若林恵】今こそ、世界の動きを「論点」で捉えよう

2020/5/9
『WIRED』日本版で編集長を務め、現在はコンテンツパブリッシャー黒鳥社(blkswn publishers)を率いる若林恵さん。
若林さんは、NewsPicksのグループメディアである米Quartzが週1回のペースで展開する特集「Field Guides」(以下Guides)はニュースを多角的に見て「論点」を捉えるのに格好のアイテムだ、と言います。

そこでスタートしたQuart Japanの新連載が「(若林恵の)Guidesのガイド」。
毎週末の日曜日、若林さんの解説とともに世界を縦横無尽に見渡す、Quartz Japanのオリジナルコンテンツです。

この「Guidesのガイド」を、NewsPicks読者の皆様に向けて特別公開。2日連続でお届けする初日は、「The Paradox of Medical Crowdfunding(医療クラウドファンディングの矛盾)」から、世界を読み解きます。

「Guides」から見えてくる「論点」

──今日からはじまる新シリーズなんですが、これがどういうものか簡単に言いますと、US版のQuartzがウィークリーで展開している「Guides」というシリーズを週ごとに解説していくというものになります。という理解でいいですよね?
はい。GuidesはQuartzのひとつの目玉企画と言っていいと思うんですけど、例えば直近のテーマを見ると、新型コロナウイルスはもちろんだけれども、Z世代だったり、AIだったり、ゲームだったり、プラスチックだったり、あるいは意外なところだと「会計」みたいな幅広い対象を扱っていまして、そのお題ごとに、4〜5本の記事を通してさまざまな角度から深掘りしていく、そういう企画ですね。
──はい。Guides、面白いんですよね。
面白いです。専門メディアではない、いわゆる総合メディアの意義って、単にニュースを情報として提供するだけではなく、「論点」とか「テーマ」をきちんと読者に授けるところにもあると思うんです。
──と言いますと。
例えば試しに「肉の未来」の回を見てみると、トピックとして当然「人工肉」がメインなんですが、それ以外に「畜産農家や漁師はどうなる?」という記事や「ハラルやコシャーの未来は?」なんていう記事もあって、もちろんこれで「肉の未来」のすべてをカバーすべくもないのですが、「論点」がかなりくっきりと浮かび上がってはきます。
そうやって論点──コンテクストでもテーマでも言い方はなんでも構わないのですが──をきちんと捉えておくというのはとても大事で、それはなぜかというと、「世の中の動き」というのはすなわち「論点の動き」にほかならないからなんですね。
──どういうことですか?
例えばiPhoneの入出力の規格で「ライトニング」っていうものがあったりしますよね。
──あ、はい。
やれ「サンダーボルトだ」やれ「ライトニングだ」、最近でも「いや、USB-Cだ」という議論は、アップルというところから離れてもうちょっと広い目で見てみますと、マシン同士のインターオペラビリティの話であるわけですし、IoTなんていう話とも密接に関わるもので社会的に大きな影響があって、複数の論点にまたがっているものだからこそ、その規格変更は語るべき事象となるわけですよね。
REUTERS/JOHN GRESS
──ああ、なるほど。たしかに。アップルが趣味でやってる話じゃないですもんね。
そうなんです。ところがニュースを点で拾っていってしまうと、一つひとつの情報が、まさに「趣味の問題」になっていっちゃうんです。「おれはそれ好きじゃない」みたいな(笑)。
──SNSのコメントってだいたいそんなのですよね。
そうなんです。ちゃんと論点を持っていないとそうなっちゃいがちなんですね。ものごとには複雑に錯綜した「論点」というのがあって、簡単にいえば、社会的なもの、文化的なもの、政治的なもの、哲学的なもの、技術的なもの、メディア的なものなどなど、たくさんあるわけですよね。
そうやってニュースを多角的にぐるりとめぐって、そこに錯綜している複数の論点を持ってニュースを見られるようにならないと、その背後にある意義や戦略なんかも見えてこないですよね。ですし、それができると今後何が起きるのかを見通す上でも楽になるんですよね。
──文脈がわかっていると、筋道がある程度読めてくるわけですね。
そうそう。そういう意味でGuidesはとてもいい勉強になるんですよね。ここで間違ってはいけないのは、「肉」というのはあくまでも対象で「論点」ではないということで、「畜産農家どうなる?」という記事の論点は、むしろ「雇用」にあるわけです。そこを間違えないようにしたいですね。
──取り扱っている対象と、そこで語られているテーマをきちんと分けて考えないと、ということですね。
そうなんです。すんません、前置き長くなってしまいました。

医療クラウドファンディングの矛盾

──いえいえ。で、さっそく栄えある1回目というわけでして、今回の“テーマ”は……っていうとダメなのか。
ダメですよ。
──失礼しました。1回目に扱う“対象”は……でいいですか?
大丈夫です。
──「メディカルクラウドファンディング」です!
はい。メディカルクラウドファンディング。
医療関連の資金をクラウドファンディングで調達するということですが、これはコロナウイルスの発生以後、特に広まっているのを受けてこういう企画が出てきたんだと思いますが、やはり非常に悩ましいというか難しい問題です。
──そうですか。
今回のGuideのタイトルは「医療クラウドファンディングの矛盾」(The Paradox of medical Crowdfunding)というもので、それ自体がすでに難しさを表しているんですが、要は、ここでの大きな論点のひとつは、公共とクラウドファンディングの相性の悪さなんですよね。
かといって、新しい問題なのかというと必ずしもそういうわけではないんです。
──といいますと。
クラウドファンディングって、簡単にいうと新しい事業を立ち上げるための出資を、株式市場でもない銀行でもないところから調達しようというアイデアで、ゲームとか本とか家電とか映画とか、そういうものをつくりたいので「ぜひ出資お願いします」と一般に呼びかけて、それに賛同した人たちが小口の出資をしていくというものなので、コマーシャル(商業)プロダクトであればその映画を観たいなと思う人が、映画がつくられる前にお金を払うということだけで、どっちにしろお金を払うわけですから、お金を払うタイミングが違うだけと言えばそうなんです。
──たしかに。
もちろん、なんらかの理由で製作が頓挫するということもあるにはありますが、投資する側には実はそこまで大きなリスクはないですし、であればこそ投資する側、投資される側双方にとって望ましいということになるわけです。
──はい。
ところが、ある時期から──これはクラウドファンディングというサービスの論理的帰結としては当然出てくるんですが──ある個人が「自分が何かをしたいから投資してくれ」という案件が出てくるようになります。
──なるほど。
自分が思い出すのは7〜8年前だと思うんですが、「大学卒業したいのだけれども学費が払えない」という女子学生を支援することをきっかけに、学生支援の新しいクラウドファンディングプラットフォームが立ち上がったことがありまして、これがあまり本質的ではない不備が多々あったことからも非難が殺到して大炎上、閉鎖したという事件なんです。
──どういう非難があったんですか?
もちろん賛同者もたくさんいたので、すぐに希望額も達成したんですが、やはりこれって、さっき言ったみたいなコマーシャルな事業と違ってデリケートなんですね。ブロガーのやまもといちろうさんがこの案件について「助成対象者は商品じゃないんですよ」と当時ブログに書かれていて、このことばが問題の核心をついているように思います。
──教育や医療を民営化することの是非にも似た議論ですね。
まさにそうなんです。これはどういうことかというと、医療や教育といった公共性の高い事業は、公平性が大事でそれを商業的な原理で動いているプラットフォームに乗せてしまうと、その公平性が損なわれてしまうということなんだと思います。この辺は、先のブログでやまもとさんが詳細に書かれているので、ちょっと引用しておきます。
「私も、例年薄額ではありますが児童養護施設に寄付をしておりましたが、就学希望の学生の選別や、方針について、不公正とならぬよう、それでいて助成がきちんと実を結ぶよう、関係者一同かなり丁寧に議論を積み重ねて、就学希望者に資するような事業を行っていただいております。(略)ひとつひとつ判断して『君にはこれだけ出す』あるいは『君には出せない』とする、この判断の重さというのは常に付きまといます」
──重たいですね。
そうなんです。同じ論点がGuideのなかの「The hidden cost of medical crowdfunding」でも出されていて、「自分の窮状をうまく伝えることはみんなに平等にあるスキルではない」と、ある研究者のことばが引用されています。
James Daw for Quartz
この研究者はさらにこう続けます。「ツールへのアクセスも同様です。いいカメラを買うことのできる人は、より上質な写真や動画をつくることができます。そして、それが寄付の額を決めてしまうわけです」。どういうことかと言うと、ツールをうまく使えてプレゼンの上手な人たちが有利なゲームになっちゃうということなんですね。
──なるほど。
アメリカでとりわけメディカルクラウドファンディングが成長したのは、国民皆保険ではない国の保険システムの問題からです。保険の適用がないので、バカ高い医療費が請求されることになります。アメリカで足を骨折して入院したら2000万円の請求が来たと知り合いが言ってました。
──ひー。そりゃ払えないですね。
払えないんですよ。で、今の話で言いますと、医療費が払えない人がそもそもクラウドファンディングやってるはずなのに、クラウドファンディングでもお金のないプレゼン下手な人は結局不利なんですね。
加えてインターネット上のネットワークは「新しい人と出会う」と言いながらも、実は自分に近い人とのつながりしか構成していかないので、お金持ちならお金持ち、有色人種なら有色人種といったように似た者同士でしかつながっていかないんですね。その結果、記事内のリサーチは、得られる寄付金の額が、人種によって異なっていることを明かしています。いうまでもなく有色人種が不利なわけですし、LGBTQ、女性や障がい者も不利ということになっています。
──いろんな意味でフェアではない、と。
記事内では手厳しい指摘が出ています。「これは正義や公正を実現するものではないし、弱者を助けるものでもない。経済格差、階級格差を是正するやり方としてはまったく話にならない。物乞いはフェアなシステムとは呼べない」
──なるほど。物乞いをオンライン化しただけ、というわけですね。
「乞食!」と言い方は、それこそ学費クラウドファンディングのときにもよく出た罵声で、自分のパーソナルな物語をさらしてお金を集めるのは、まあ、たしかにそういう側面は強いわけですよね。なので、Guide内の最初の記事、「The elements of a successful medical crowdfunding campaign」は、言うなれば「物乞い」のためのティップス集とも読めちゃうわけなので、正直、やはりあまり気持ちのいいものではないんですよね。
AP PHOTO/MATT DUNHAM
──でも、逆にいえばそれだけ切実な問題でもあるわけですよね。
おっしゃる通りなんです。保険や医療制度がうまく作動していたら、こんなことは起きないわけですから、やはりこれは行政上の重要問題なんですね。そのことは「The chasm in India’s healthcare system〜」という記事が伝えているインドの状況でもわかる通りですし、世の中の多くの人が現状のシステムの限界を認めているからこそ、賛同して寄付しようとも思うわけです。
REUTERS/CATHAL MCNAUGHTON
ところが、肝心のシステム自体が、もう構造上どうしようもないところに来ていて、行政が税金で賄えるキャパシティを超えていってしまっていることも明らかではあるので、クラウドファンディングを、そうした不足を補うための補助的なシステムとして使うのは、一方で非常に合理的な考えでもあるように思うんです。
──そうなんですね。
はい。自分も『次世代ガバメント』というムックのなかで書いたんですが、例えば小学校や幼稚園の夏場の体育館が暑すぎるのでクーラーを入れたいといった話は、公立の施設であれば行政が予算を分配して設置していくことになるわけですが、こんな話は、とっととクラウドファンディングでやっちゃった方がいいと思うんですね。
親御さんや学校のOBといった関連ステークホルダーのなかで少しずつファンディングしたら実現できちゃうような気もするじゃないですか。で、その支払い分は税金として扱われるようになればフェアでもありますし。
いわばふるさと納税のマイクロ版と言いますか。
──たしかに。それだとあまり不公平な感じがしませんね。学費や医療のクラファンとクーラーのクラファンって、でも、何が違うんですかね。
そこなんですよ。特集内に「The messy morals〜」という「人の利他性」をテーマにした記事があるんですが、その利他性みたいなものは重要なポイントかなと思うんです。記事では主に寄付する側の利他性に焦点が当たっていますが、個人的に注目したいのは、どちらかというとキャンペーンを打つ側の利他性なんです。
AP PHOTO/MICHAEL DWYER
──と言いますと。
クーラーの場合って、想定しうるキャンペーン主体って学校とかPTAじゃないですか。で、そのときの直接の受益者は子どもたちじゃないですか。しかも、今後その学校を利用する未来の児童・生徒さんも含まれますよね。ファンディングの主体が、受益当事者ではない、というのは、医療や教育といった公益性の高い寄付活動では、案外重要かなと思うんです。明確な根拠はうまく言えないんですが、これは、先のやまもとさんも指摘していることで彼はこう書いています。
「お願いしたいことは、個人の就学希望を助成するのではなく、就学希望の資金を提供しようとしているNPOや財団に対して、寄付行為を募る活動にして欲しいということです。それであれば、NPOも財団法人も社団法人も、ネットでお金を集められるのであれば頑張って実績や方針、実務上のこともプレゼンするでしょうし、その中で、もっともっと顔の見える慈善行為ができるようになると思います」
──たしかに。「おれを助けてくれ」ということではなく「この人たちを助けたいから援助してくれ」というかたちになっている方が、あからさまにならないと言うか、えげつないことにならない気はしますね。
イタリアの事例を紹介した「A record breaking〜」はまさに好例で、これは記録的な支援を集めたキャンペーンのストーリーなのですが、このキャンペーン主体は病院なんですね。ミラノの私立病院がパンデミックを受けて集中治療室の増設のために5億円以上も資金を調達したという話です。
REUTERS/FLAVIO LO SCALZO
ただし、記事でも指摘されていることですが、こと人命が関わる問題ですから、こうした「利他的」なキャンペーン主体の責任、アカウンタビリティは不可欠で、そうした中間的な団体が、集めた資金をネコババしてしまったり、約束したのと違うことに資金が使われてしまったりすることはクラウドファンディングではありがちとはいえ、医療や教育といった人の人生にダイレクトに関わる事業においては許されません。
といって審査を厳しくしたり参入者を制限したりしてしまえば、クラウドファンディングのメリットであるスピードや「誰でもできる」が阻害されてしまうことになりますので、そのバランスは実際とても難しいと思います。
──ほんとですね。
このイタリアの記事は、COVID-19関連のクラウドファンディング事例がGoFundMeのプラットフォームだけで2万2000件立ち上がり、3月20日時点で総計4000万ドルの資金調達を達成したことを明かしつつ、記事をこう締めくくっています。
「この数字は、危機に際して人がいかに寛容であり、クラウドファンディングビジネスがいかに儲かり、また世界の医療制度にとっていかにクラウドファンディングが不可欠なものであるかを表している」
問題は多いけれども、すでにして不可欠。この地点から、今後のクラウドファンディングのあり方を考えていかなくてはならないということでしょうね。
──なるほど。勉強になりました。ありがとうございます。
こちらこそ大変勉強になりました。
若林恵(わかばやし・けい) 1971年生まれ。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』のほか、責任編集『NEXT GENERATION BANK』『NEXT GENERATION GOVERNMENT』がある。人気Podcast「こんにちは未来」のホストもNY在住のジャーナリスト佐久間裕美子とともに務めている。次世代ガバメントの事例をリサーチするTwitterアカウントも開設( @BlkswnR)。
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