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日本という国には伝える力・表現力が圧倒的に足りていない

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  • 大人になってから学ぶサッカーの本質 / overflow編集ディレクター Web編集者

    外国人と共にプレーする度に感じるのは伝える力、表現力の差です。

    彼らは自分を表現することを躊躇いません。それに比べて私たち日本人は自分を表現することに慣れていないのです。日本では自分を表現することは美しくないとされ、出る杭は打たれやすい国です。直接的なコミュニケーションよりも、言わずとも感じることができることが美しいとされてきました。

    これは、日本の良さであり、場合によってはマイナスになります。

    ここでは詳しく書きませんが、この日本独特の文化によって発展してきたカルチャーはたくさんあります。

    しかしながら、サッカーという自分を表現することが前提にあるスポーツには向いていません。自分を表現することが当たり前の相手に対して、前提として出遅れているからです。

    サッカーは自分を表現することなしに成り立たないのです。つまり、自分を表現するという前提を揃えることが日本でサッカーを伝える上で相当な工数がかかるのです。だからこそ、日本という国の文脈では「教える」よりも「引き出す」ことが重要なのだと思います。


  • 合同会社 俄

    私も小学校から高校までサッカーをしていた。
    そして、この「伝える力・表現力」に関して痛感した機会が多くあった。

    日本では長年、ストライカー不足に悩まされているが、それもこの「伝える力・表現力」が不足していることに起因しているのではないか。

    他のポジションでもそうだが、FWは特に自分のプレースタイルや特徴を仲間に理解してもらう必要があるポジション。

    しかし日本人は表現や要求が苦手なことからこれを満足にできていない。
    これには他国と比べて、サッカーの歴史が浅く成功体験に基づいた自信がもてないことも影響しているかもしれない。

    記事にもあるが日本人が大切にしてきた「詫び・寂び」「おくゆかしさ」など直接的な表現を用いない文化は日本の芸術が世界で希有性を保ち、称賛される。

    一方、その国民性の影響で世界基準に追いついていない部分もある。

    我々、日本人はそんな国民性や文化を大切にしながらも自己理解を深め、状況によってコミュニケーションの引き出しを使い分けていくことが重要かと思う。


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