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私立校の設立者から伺った話ですが、教育の世界には「60年問題」という認識ギャップに関する論点があるそうです。親や教師は30年前の自身の体験をベースに教育を語るのに対し、教育を受ける子ども達が社会に出て活躍するのは30年後であり、その間には60年のギャップがあるということです。
全ての人がかつては当事者であったという点で、教育というのは「総評論家」になりがちなテーマですね。私も含めて。

タブレットを導入すれば何でも解決するなんて安直なものではないでしょうし、小さな頃に手先を上手くコントロールできるようにトレーニングされることが重要だというのは、直感的には「そうなんやろうなぁ」と感じますし、個々の主張には賛同する点もあるのですが、ここでの誠実な態度は「何が正解かよくわからん」ということをまずは受け容れることなのかもしれません。

こういう議論に対していつも感じるのは「教育かくあるべし」と、十把一絡げで丸めて語られることへの違和感です。
教育の「底上げ」的な側面が重要なことは重々承知していますし、ほとんどの人が対象となるのは「底上げ」である以上、そちらが中心的に語られるのは仕方ないと思います。
一方で、ペーパーテストを10分で終わらせて、残りの35分はひたすら答案用紙の裏に絵を描いて過ごすしかないような子どもや、自分なりの発想で考える子どもにとって、決められた答えありきの画一的な教育は苦痛でしかありません。
この点でディスカッションやタブレットの活用は、そうした点への工夫は感じられます。はみ出し者や、できる子には優しい取り組みなんじゃないでしょうか。

できることなら、「底上げ」的側面と、はみ出し者やできる子へのケアが両立される教育がなされるとよいのですけどね。
まぁそれは無茶な注文なので、親は自分でどうするか考えろって話なんでしょうか。
手先を使わなくなっていることの影響は少なからずあるように思います。鉛筆削りとかもしなくなりましたしね。たまに見る機会がありますが、筆記に慣れてない子ほど筆圧が高すぎたり低すぎたりばらつきがあります。手先の感覚が発達すればそれほど意識しなくても筆記できるようになると思うので、やはり硬筆のようなひたすら書くような練習も、ある程度は意味があるのではと僕は思っています。(手書き大好き人間なので多分にポジショントーク的ではありますが)

子ども(中学生かそれ未満程度として)でも、大人なみの理解力があって、ウィットに飛んだ返しをしてくるような子がいますが、僕の狭い交友範囲の中で見る限り、そういう子は文房具が好きとか万年筆が好きです。みんなお気に入りの文具を買っていっぱい書くといい!

あと語彙はTVなどの周辺環境から自然に身に付くとしても、一番肝心の『相手の言おうとしていることを理解して、自分も相手に言いたいことを伝える』というのは、ひたすらフィードバックを繰り返さないと身につかないと思うので、会話が一番大事かなと思います。僕が子供の頃はじいちゃんばあちゃんと一緒に生活していたので、常に会話はありましたが、最近はそういう環境も少ないですしね。


ところでこれから色んな経験ができる子どもたちは救いがあるとして...より厄介な読解力のない大人が困り物です。何をどう説明してもズレた解釈しかできない人はかなりいます。迷惑を通りこして怖いレベルの人もいます。こちらを何とかできないでしょうか....
教育社会学的にどうなのかなと思うところはありつつ(読解力がないと言われている子どもたちの背景、何による格差なのかなど)頷けるところもたくさんあるインタビューだった。「まず字が読め、その次に単語レベルで読める。教科書が読めるためには、読むために必要な語彙量の95〜98%くらい」という点などは英語の論文を読んでいて自分も感じるところ。背景知識がない分野だと語彙もなければ、ある程度単語は調べ調べ読んだとしてもさっぱり頭にはいってこない。