幡野広志「根拠のない希望にだまされ、絶望する前に」

2019/11/30
「親が言うことをすべて聞かなくていい」
「大切な人生、いやな人間がいるところで働く暇はない」
「早いうちに好きなことを、突き進んだほうがいい」──。
 写真家・幡野広志さんが、若者が希望をつかむ方法を伝えるインタビューの第2回。話は「好きなことがみつからないなら、スマホのカメラロールを見よ」という意外な提案から、その真意に迫る。
幡野広志「がん患者より貴重な若者に、僕が伝えたいこと」

写真はポジティブな瞬間の連続だ。

──「好きなことがわからないなら、スマホのカメラロールをみればいい」とはどういうことでしょう?
「自分は写真の何が好きなのか」を最近ようやく気づいたんですよね。
 それは「いいな」と、感じた瞬間を切り取る行為だから、だった。美しい空や公園、妻や子の何気ないしぐさ、被写体が何であれ、心が揺れ動いたとき、僕はシャッターを切っている。つまり、ポジティブな感情の連続が写真を撮る、ということなんです。
 みなさんがスマホで写真を撮るときも同じだと思うんです。
「インスタにあげたい」「友達に見せたい」。いろんな理由はあるけれど、嫌いなものをわざわざ撮る人なんていない。
──スマホロールは、自分の好きなものがストックされていると。
 断片的でぼんやりしているかもしれない。けれどカメラロールから手繰りで「好き」に近づける価値はある。少なくとも、それを撮った瞬間、あなたの心が動いたことは間違いない。その中から、興味あるフィールドが見えたら、思い切って飛び込んでみればいいんです。
──ただ、知らない世界に飛び込むのには勇気がいります。「失敗が怖い」という人はどうしたらいいと思いますが。
 逆です、若い人ほど失敗を重ねたほうがいいですよ。僕だって写真家として独り立ちするまで、失敗だらけでしたからね。

パワハラのコンソメスープに溺れた。

──幡野さんが写真家を志したきっかけは、お父さんの遺品に一眼レフを見つけたことだったんですよね?
 ええ。僕が高校を卒業したての頃、ガンで死んだ父の遺品のなかにカメラがあった。「趣味になるかな」と気負わずはじめました。
「女の子にモテるかも」という思いもありましたね。それくらいの年齢で写真をやる男なんて、全員モテたいからですよ(笑)。
──すぐにプロを目指そうと?
 思いませんでした。だから高校を出て、一度就職しました。とある不動産開発などを手掛ける会社で3年ほどサラリーマンをしていたんです。仕事も楽しく、給料も良かったので、不満はなかった。ただ会社という仕組みが、肌になじまなかった。
 そこで写真の世界へ。会社という組織に属さずとも一人で仕事ができるから。専門学校に入りなおしたんです。ただ先に言ったように、中退して撮影スタジオのアシスタントになりました。早く現場に出たほうがよほど学べると気づいたから。
──少し、遠回りしたわけですね。
 ただ失敗は、その後ですね。実は、2週間だけ、ものすごく有名なフォトグラファーのアシスタントについたことがあるんです。その人の仕事は有名でした、ところが、人間としては、とてつもなくカスでした。
──カス(笑)。
 撮影現場でも、クルマの運転中も、「気に食わない!」とギャンギャンと怒鳴ってくる、パワハラを煮詰めた、パワハラのコンソメスープのような人だったんです。
 最初は僕がよほどダメな人間なのかなと思ったら、スタジオの他のスタッフ全員が「あの人はヤバい」と言う。しかも給料が出ない。
 そんな人についていても写真なんてうまくなるはずがない。たった2週間でしたが、人生のムダでした。ただ、その次についた高崎勉さんは、写真もすばらしく、人格も伴っていた。
 一度、失敗したからこそ師匠の素晴らしさも痛感できた。おかげでいま僕はアシスタントに怒ることはまずありません。できるだけ自由に、自分で考えながら、どうせなら何かを自らつかんでほしいと伝え、なるべく任せる。もちろん給料も払います(笑)。
──失敗が結果、ポジティブなことになったわけですね。
 失敗したら、繰り返さないようにする。そうして少しずつ世の中はよくなっていくんだと思います。だから僕はいま、子供にもあえて失敗させているんですよ。

お菓子は大人が選んではいけない

──いま3歳の息子さん、優くんに失敗を?
 はい。昨日も一緒にスーパーに行って、「なんでも好きなお菓子を買っていいよ」と彼に選ばせました。
 こねくりまわすとおもちゃのようになる、ひと目で「美味しくないな」というものを選んだ。けれど買ってあげました。家で食べるとね、案の定「まずい!」と一口しか食べませんでしたね(笑)。
 それでいいんです。おかげで彼はもう絶対にそのお菓子を選ばない。お菓子選びを失敗したことで、大げさに言えば、よりよく生きる術をひとつ手に入れたわけだから。
──ほとんどの親は、先回りして「美味しくないから、やめなさい!」と言いそうだし、そう言われてきた学生も多いと思います。
 僕の妻は保育士なのですが、彼女に聞くと、今はほとんどがそうやって失敗を回避させる“優しい親“だそうです。
 でも、表面的には優しいようだけど、それは本当の優しさなのかな、と僕には疑問です。
 好きなものがわからないなら、なお、どんどん「好きそうだな」「好きかもな」ってものを試して、失敗していかないと。大学生だって、お菓子選びからはじめてもいい。次に好きなファッションはどれかなと選んで、次に好きな女の子、好きな男の子はとかね。
 失敗を積み重ねてこないと、誰かの優しさに殺されることがあるかもしれない。「優しい虐待」にも、騙されるかもしれませんから。
──優しい虐待?
 末期がんであると宣告されてから、いろんな人が僕に優しい手を差し伸べてくれました。
「このサプリがガンに効くらしい」「こんな治療法がある。絶対うけたほうがいい」と。けれど、すべて根拠のない希望。気休めです。本気で取り組んだら、やがて効果のないことに気づく。希望が絶望へと変わる。
 優しい虐待を跳ね返すためには、知識と経験が必要で、失敗を重ねてきたほうが強い。小さな失敗を積み重ねて、少しでも賢くなっていてほしいんです。根拠のない希望にだまされて、絶望する前に。
次回「「大人って、すげえ楽しいよ」と言える大人に」は、以下の学生向けクローズドメディアHOPE by NewsPicksにて12/2更新予定
『HOPE online』申込みページ
(編集:中島洋一 構成:箱田高樹 撮影:幡野広志・幡野由香里 デザイン:岩城ユリエ)