【提言】熱狂に沸く日本ラグビーと、現実にある課題

2019/10/16
「『アイルランドにも勝てる、(グループリーグ)全勝だってできますよ』。そう言ったのは代表に帯同する面々でした。僕も確信に近い思いがあった」。

アイルランド戦後にそう言った清宮克幸氏。

低迷していた名門・早稲田大学ラグビー部を復活させ、その後もトップリーグのサントリー、ヤマハ発動機ジュビロの監督として日本選手権を制した名将は、今年の7月からラグビー協会副会長に就任した。
再三のオファーを断り続けてきた清宮氏が、今回その重責を受け入れた理由には「危機感」があった。ラグビーが本当の意味で日本の文化として定着するために「ワールドカップ後」こそが重要だと考えたからだ。

はたしてその危機感の理由とは。そして自国開催のワールドカップ後にある「第2章」への戦略、ビジョンとは。連載で迫る。
街にラグビーが在る光景
スコットランドに勝利を挙げ、ベスト8進出という偉業を遂げた日本代表。写真:ロイター/アフロ
ラグビーワールドカップの開幕以降、車を運転していて信号待ちをするたびに、ラグビーのジャージを着ている人を街のあちこちで見かける。
日本代表のジャージ姿の人もいれば、世界各国のジャージを着ている人もいて、人々が互いに笑顔で声を掛け合っているのだ。僕がラグビーという競技に携わるようになってから、今までの日本でそんな光景を見たことは一度もなかった。
“エコパの奇跡”とも言われたアイルランド戦。
その試合を観に行く途中、日本平パーキングエリアで休憩をとった。隣に駐車した親子連れから声を掛けられ記念撮影に応じたのだが、話を聞くと、これから静岡市の駿府城公園で行われるパブリックビューイングを観に行くところだという。
遠方から車でやってきて、その目的地が試合会場ではなくパブリックビューイングなのだ。普通のスポーツイベントでは、なかなかないことだろう。いろんな場所で、日本で初めての出来事が起きていると実感した。
そのアイルランド戦は、NHKの視聴率が関東地区で22.5%(後半)、瞬間最高視聴率は28.9%。民放やCSも入れると、単純計算しても数千万人が試合を観ていたことになる。
スコットランド戦はそれを上回り、39.2%(瞬間最高53.7%)だったという。
ただ、本当の盛り上がりを見せるのはこれからだろう。
前回大会を大幅に上回る20万枚の日本代表ジャージも足りなくなるのではと懸念している。カンタベリー(公式ジャージ製造元)には「100万枚作るべきだ」と言っておいたのだが(笑)。
大会前のプロモーションも画期的で、スポンサー各社はラグビーをモチーフにしたコマーシャルを制作して盛り上げてくれたし、各局もラグビーの細かいルールやノーサイドの精神などを熱心に紹介してくれた。
TBSの連続ドラマ『ノーサイド・ゲーム』の放送も、世間のラグビーへの関心を大いに高めただろう。
ただ、日本の場合はどのスポーツイベントでもライト層に火がつくのはやはり直近1ヶ月だけだ。
それがどこまで跳ねるかがポイントで、跳ねた高さによって落ち方(そのスピードも、コア層へシフトしてくれる人たちの量)も変わっていく
だからこそ、“その後”へと続く「ワールドカップ後の第2章」戦略が大事なのだ。
ワールドカップ日本開催の意義
少し、ここまでの経緯を振り返ってみよう。ラグビー日本代表の躍進の中で、こういうことを言うのは気がひけるが、「第2章」のためにも、これまでの文脈を知ってもらいたい。
日本がワールドカップ招致に手を挙げたとき、そこには「アジア初の開催を機に、アジアに住む何十億もの人々にラグビーというスポーツを根付かせたい」という思いがあった。
世界から見ても、今回の日本開催がアジア各国にどんなパスを回していくのか、そこに対する期待値は高いはずだ。
最初に「日本でラグビーワールドカップを」と言ったのは奥克彦さん(※)だった。
奥さんには、ワールドカップこそ競技の魅力を伝える最高のコンテンツだという強い思いがあったと感じる。「ラグビーは面白いスポーツですよ」と言葉でどんなに伝えても届かないものを、ワールドカップで届けるのだ、と。
ラグビーワールドカップの開催が決まると、欧米の人たちはその4年前からスケジュールを調整して、その間ずっと貯金をして、始まったら1ヶ月半休暇をとって開催国に行く。だから「ワールドカップの開催期間中はオフィスがガラガラで日本人ばかりが働いている」と外資系金融機関に勤める友人が嘆いていた。
日本にはまだそんな文化はない。実際にワールドカップを体感してみないと、なかなかその価値はわからない。
ワールドカップの魅力はそれだけにとどまらない。競技力の向上にも大きな貢献をする。
サッカーのワールドカップも、「1993年のドーハの悲劇」を経験し、2002年の日本開催が決まり(日韓共催)、その後「1997年のジョホールバルの歓喜」というエポックメイキングな瞬間を迎えた。
その後の2002年の日本開催は、メディアでも大々的に取り上げられて、“世界のお祭り”に日本人も入れるのだと国民が認識した。そして競技力自体もどんどんレベルアップしていった。
僕らはその経緯をずっと目の当たりにしてきた世代だからこそ、ワールドカップによって日本のラグビーも変われるという確信が持てたのだろう。
奥さんがあれだけワールドカップ開催を強く望んでいた背景には、やはり危機感があったのだと思う。「ワールドカップを契機に日本のラグビーはステップアップするはずだ」とずっと訴えていた。
それが2001年のことで、当時は2011年大会の招致に手を挙げたが、惜しいところで逃した。さらに次のチャンスを伺って2019年大会に向けてリベンジしようとした頃から、機運は少しずつ高まっていったようにも感じる。
僕が日本ラグビーフットボール協会の副会長に就任(今年6月)したのとワールドカップ開催が近い時期に重なったのは、偶然といえば偶然だが、必然とも言える。もしワールドカップの日本開催がなければ、副会長職を受けていたかはわからないからだ。
そこにあったのは、奥さんと同じ危機感だ。
何より、ワールドカップ後の日本ラグビーのネガティブな映像が見えた。
ワールドカップは明らかな大改革の機会。それを活かせず“現状維持”の状態が続けば、それはラグビー界の衰退を意味する。その何も変わらない映像が見えた瞬間、自分の中でスイッチが入った。
自分が今行動を起こさなければ、その映像が現実となった時に必ず後悔するだろう、と。「だから俺たちはワールドカップを開催したんだ」と胸を張れる未来を創り出すためには、もうやるしかないと腹を括ったのだ。
※奥克彦:早稲田大学時代はラグビー部に所属。卒業後に外務省入省。2001年より在英国大使館参事官。オックスフォード大留学時にもラグビー部に所属し、日本人初のレギュラーとして活躍した。2003年よりイラクに派遣、同年11月に銃撃され45歳の若さで急逝した。日本ラグビーフットボール協会員であり、ワールドカップ日本開催のきっかけを作った人物。
プロ化の大義「ファンが求めるものを創る」
清宮克幸:1967年大阪府生まれ。早稲田大学ラグビー部時代に日本選手権、全国大学選手権大会を、サントリーラグビー部時代に全国社会人大会、日本選手権を制す。引退後は早稲田大学、サントリー、ヤマハ発動機ジュビロの監督として数々のタイトルを獲得。2019年6月よりラグビー協会副会長に就任。
ラグビーワールドカップ開幕前の7月下旬、とあるイベントでラグビーのプロリーグ化を宣言した。
これは再三指摘している「危機感」からだ。
一例で言えば、日本ラグビー協会の収支。この12年間で7回の赤字だ。収益源の大きな柱はチケット購入でその6割を企業購入に依存していた。放映権の獲得といった、チケット以外の収益の目処も立っていない。とにかく、その魅力に対して「稼ぐ力」が圧倒的に足りなかったわけだ。
噂で聞いてはいたものの、その数字を目の当たりにしたときに受けた衝撃は忘れられない。
プロ化に関してはトップリーグ委員会のメンバーもずっと検討していたようで、それを知ったのは副会長に就任してからのこと。昔の資料や議事録を読んでみるとプロ化のことが書かれていて、蓋を開けたら実は同じ思いだったことがわかった。
プロ化が共通のビジョンであるならば、あとは行動に移すだけ。今まではそれができていなかった。
本来であれば、2015年のワールドカップで南アフリカ戦に勝利し、日本がラグビーに沸いたタイミングで改革に着手すべきだった。
しかし、当時の資料を見てみると、階段を徐々にステップアップしていく絵、つまり、5年後から6年後にかけてプロ化を実現しようという絵が描かれている。順序を気にして足元ばかり見ていては、あっという前に世間の関心は薄れてしまう。
現状を変えるならば、悠長に構えている時間はない。
だからこそ、ワールドカップ開催前にプロ化を宣言することが必要だった。
描いているのは2021年からのスタートだ。準備期間を逆算すると少なくとも1年前には宣言したい。とはいえ、2020年の東京オリンピックの最中というわけにもいかない。となると、ワールドカップ日本開催で盛り上がる前に宣言するしかないという結論に至った。
この宣言は唐突だったかもしれないが、それが僕の覚悟だった。
幸い、その反応はいい。日本ラグビーの聖地・秩父宮ラグビー場に入るとき、僕はいつも一般のお客さんと同じ経路を歩くのだが、ワールドカップの際には「プロ化お願いします!」「期待しています!」と多くの人が次々と激励の言葉を掛けてくれた。
プロ化という今後のビジョンを明確に示すことで、こうやって応援してくれる人は必ず出てきてくれるのだ。「いずれこのスポーツはプロ化する」という情報が観る側にもあれば、ラグビーにはまだその先がある、未来があるという期待のもとでワールドカップを楽しんでもらうことができ、それがいろんな局面でプロ化を後押しする力にもなり得る。
現在のトップリーグは放映権料もゼロだし、コマーシャルも打てない、カクテル光線も花火もできない。
ラグビーを楽しめる要素を作り出すための元手がない。日本のラグビーファンが求めているものは何か。
それは、世界中の選手と日本人が競い合って、各チームが地域の名前を背負ってチャンピオンを目指して戦って、優勝したら賞金が出るという華々しいプロの世界だ。我々はファンが見たい世界を創らなくてはいけないのだ。
【清宮克幸】アイルランドに勝利する準備はできていた
地方の意義と女性のスポーツ参加
そのために必要なものはたくさんある。
例えば専用スタジアムの問題。日本開催が決定してから10年という時間があったにも関わらず、大きなラグビー専門スタジアムを作ろうという声すら出なかった。現在は、秩父宮(東京)、熊谷(埼玉)、花園(大阪)と、ワールドカップを機に新設された釜石(岩手)だけ。
日本トップリーグ連携機構の川渕三郎会長も、いちばんの失敗は協会が世界に誇れるラグビー専用スタジアムを作らなかったことだと断言している。
釜石で新設されたのは「釜石鵜住居復興スタジアム」だ。このスタジアムで行われたフィジー対ウルグアイの一戦を観て感じたことがある。釜石の存在というのは、世界に発信する際に非常に強いメッセージ性を伴うということだ。
人も少ない、応援する地元企業も少ない、アクセスがよくないと“ないないづくし”ではあるが、釜石にはラグビーの試合を開催する大義がある。
ワールドカップの試合が釜石で行われたことを、テレビ朝日の『報道ステーション』ではスポーツ枠ではなく報道枠で取り上げていた。つまり、釜石のラグビーは一般層に届けるニュースとしての価値があるということだ。
プロ化以降、僕たちは世界に向けて「日本のラグビーここにあり」と発信し、映像を通じて世界中の人々とつながっていくことになるが、その中で釜石が果たすべき役割は確実に存在するだろう。
僕がヤマハ発動機ジュビロの監督として8年間を過ごした静岡では、県知事がワールドカップ開催をものすごく応援してくれた。この土地に大会のレガシーとして何か残したいという思いもあり、女性と子どもに特化した総合型スポーツクラブとして「アザレア・スポーツクラブ」を立ち上げ、エコパスタジアムを拠点とした女子ラグビーチーム「アザレア・セブン」を結成した。
女子ラグビーは全国各地で活動をスタートしているし、男子に比べて参入障壁が低いので現実感があった。それに、女性の人生を豊かにする、女性がスポーツに取り組むチャンスを創造するというビジョンであれば、賛同してくれる人も増えるだろうと考えたのだ。
女子ラグビーに続き来年には女子野球チーム「アザレア・ベースボール」を発足する。本来であれば、プロスポーツがリーグの取り組みとして一斉に女子スポーツの機会を各地で展開するほうが一気に波は来るが、現状ではそれも難しい。
まずはそれぞれの地域の女性や子どもがスポーツを楽しめる環境を創るというスタンスで、アザレアは始動している。
それにしても、アイルランド戦の勝利でエコパは一躍話題の地となった。もしかしたら将来、ラグビーの聖地として語り継がれる場所になるかもしれない。この熱が冷めないうちに、早急に子ども向けのスクールを始めないといけないと思っている。
日本史上初のベスト8を成し遂げた代表チームに敬意を評しつつ、「第2章」への歩みを僕は進めていかなければいけない。
※次回は11月6日配信予定。
(構成:岡田真理、撮影:具嶋友紀、デザイン:九喜洋介)