プロダクトマネジメントは執念が必要だ

2019/9/30
 近年「プロダクトマネージャー」という職種が、GoogleやAmazon、Facebook、マイクロソフトなどアメリカの名だたるIT企業で花形とされ、日本でも注目を集めている。
プロダクトマネージャー:「ミニCEO」などとも呼ばれ、技術開発やデザイン、マーケティングなどプロダクト開発の全体に関わり、その最終決定権を持つ役職のこと(Photo : Jay Yuno / iStock)
 今回は、マイクロソフトやGoogleなどでプロダクトマネージャーを歴任してきた及川卓也氏と、ラクスルの全社的なプロダクトマネージャーを務める水島壮太氏に、プロダクトマネージャーという職種の果たす役割や、必要とされる資質から醍醐味までを余すところなく語ってもらった。
 なお、印刷、物流、広告などのレガシー産業にITによる仕組み化を導入し、産業構造そのものを革新しているラクスルでは、さまざまなプロダクト開発が日々行われている。それらのプロダクトに責任を持つプロダクトマネージャーを募集中だ。

とらえどころのない「プロダクトマネージャー」という職種

水島壮太(以下、水島) 及川さんは、どうして最近になってプロダクトマネージャーが注目されていると思いますか。
及川卓也(以下、及川) 大きくは社会の変化が関連していると思います。90年代以降、世の中、特に先進国は物やサービスについて飽和状態になってきました。それまでの企業は、ただ「足りないもの」をつくればよかった。
大学卒業後、外資系コンピューター企業を経て、97年マイクロソフトに移籍。日本語版と韓国語版のWindowsの開発の統括を務める。2006年にグーグルに転職し、9年間ほどプロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャーとして勤務。インクリメンツにてQiita(プログラマーのための情報共有コミュニティサービス)の運営を経て独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立し、複数社のプロダクト開発やエンジニアリング組織づくりを支援している。
 それが近年は、もはや足りないものはほとんどなくなり、何をつくるべきかから考えなければいけなくなった。今の社会やユーザーからは何を求められていて、それをどうプロダクトに落とし込むかを専門的に考える人が必要になったわけです。
水島 その専門職がプロダクトマネージャーであると。及川さんはどのような経歴で、プロダクトマネージャーになられたんでしょうか。
及川 最初はDECという会社でソフトウェア開発や研究開発をしていて、次がマイクロソフトです。ここでは、Windowsとその関連プロダクトの開発を担当していました。このあたりから、プロダクトマネージャー的な仕事を任されるようになりましたね。
 その次がGoogleでウェブ検索やGoogleニュースなどのプロダクトマネージャーを担当しました。Chromeのウェブプラットフォームチームのエンジニアリングマネージャーもやりましたね。
水島 及川さんの考えるプロダクトマネージャーとはどういうものでしょうか。
及川 ざっくりいうと、担当するプロダクトに全体的な責任を負い、最終的な意思決定をする人でしょうか。でも、実際にやっている仕事は会社ごとサービスごとに全然違ってきます。そのため、理想像としては「スーパーマン」でなければならないため、とらえどころのない職種だと思われていますよね。
 水島さんは今、ラクスルでプロダクトマネージャーとしてどういうお仕事をされているんですか?
水島 ラクスルには印刷・物流と広告の3つの事業があり、その中の印刷事業「ラクスル」の開発責任者を務めています。メインの仕事は、この印刷事業のプロダクトマネジメントですね。8月からはCPO(チーフプロダクトオフィサー)という肩書きで、全社のプロダクト戦略も統括しています。
新卒で日本IBMに入社し、Javaアーキテクトとして金融系システム開発などでキャリアを積んだ後、DeNAに転職。DeNAでは、Mobageオープンプラットフォームのサードパーティ向けグローバル技術コンサルティング部門の立ち上げを行った後、開発部門へ。社内外すべてのサービスで共通に利用されるマイクロサービスを開発、展開。2015年4月より、株式会社ペロリに出向し、MERYのアプリの立ち上げおよびメディアからサービスへ飛躍するための開発をリード。2017年10月より、印刷・広告・物流のシェアリングプラットフォームを運営するラクスル株式会社で執行役員CPOとして開発の指揮をしている。
及川 それは大変ですね。僕はこれを聞いて、なんとなく水島さんが何をされているのかわかりましたが、プロダクトマネージャーを経験したことがないとなんのこっちゃ、という感じだと思います。そこで、プロダクトマネージャーの仕事を概観するために、プロダクトマネジメント・トライアングルを使いながら話を進めましょうか。
水島 プロダクトマネジメント・トライアングルとは、プロダクトを中央に置き、開発者・ユーザー・ビジネスを頂点とする三角形のことですよね。僕もよくこれ使います。
及川 このトライアングルには大きく分けて2つの使い方があって、一つは自社の強みはどこかを策定するために使う。もう一つは、開発者・ユーザー・ビジネスそれぞれの間に起こるコンフリクトや、トレードオフが生じる意思決定をどう考えるかに使う。現在起こっている衝突はどこの間に起きているのか、図を使うことで整理できます。
水島 この三角形全体のバランスがとれていないと、プロダクトで事業をドライブしたり、ユーザーインパクトや社会的なインパクトを与えたりできなくなってしまうと自分は考えています。

プロダクトマネージャーはスーパーマンであるべきだ

水島 及川さんはプロダクトマネージャーというのは、このトライアングルすべての領域をカバーできる人であるべきだと考えますか。
及川 いやあ、それを個人に望むのはなかなか難しいので、自分の強みがどこかを把握して組織のなかで活かす方向で考えたほうがよいのではないでしょうか。
水島 自分はキャリアとして、IBM時代にプロジェクトマネジメントやテクノロジーライセンスなど右側の開発者とビジネスの間を、DeNA時代にソーシャルマーケティングやデザイン、UXといった左側の開発者とユーザー(顧客)の間を学んだと思っていて。
 そしてラクスルは三角形の下側のビジネス開発が非常に得意な会社なんです。なので、プロダクトマネージャーとしては全体を俯瞰し、三角形の反対側にある開発者をエンパワーして、ビジネス側が発見してきた課題をどう解決するかにフォーカスするようにしています。
及川 とはいえ、自分のことは棚に上げて言うと(笑)、プロダクトマネージャーはこの三角形のどの部分にもスキルや知見があるスーパーマンを目指すべきだと思います。
 プロダクトマネージャーは、各分野の間を埋める「糊」のような役割だと言われることがあります。糊になるには、それぞれの職種の共通言語や知見を持っていないといけません。
水島 どの部分が得意だとしても、技術のバックグラウンドはある程度必要ですよね。
及川 そう思います。自分でコードを書かなかったり、開発を外注するにしても、プロダクトマネージャーは技術の目利きができてないといけないですからね。ちゃんと各職種にリスペクトを持ち、メンバーから「この人は自分たちのことをよくわかってる」と思われないと誰もついてきてくれません。

「ミニCEO」は、執念をもって事に当たる

及川 しかも、技術の進化が非常に早くなってきている。Googleでも、AirbnbやUberでも、技術革新がなければそもそも生まれなかったサービスが次々に台頭しています。
 だからプロダクトに責任を持つ人がテクノロジーのバックグラウンドを持っているか、持っていないとしたら技術の部分が他のメンバーで十分に補完できる組織でないと、新しい事業が起こせなくなってきているんですよね。
水島 わかります。ラクスルは、印刷や物流、広告などレガシーな業界を対象として、そこにインターネットのテクノロジーを導入することで産業構造そのものを変えようとしています。
 それらの産業の中にいる人たちは、最新の技術をどう適用していいかわからなかった。だから非効率なオペレーションやプロセスがずっと残ってきたわけです。そこにどういう技術を入れていけばいいかを考えるのが、プロダクトマネージャーのミッションだと考えています。
 技術など各分野の知識、知見のほかに、プロダクトマネージャーとして持っておいたほうがいい特性はありますか?
及川 「執念深さ」ですかね(笑)。私はよく「執念」という言葉を使ってしまうんですけど、何があっても成し遂げたいという思いと、それに付随する行動力が必要だと思います。
 アントレプレナーシップと言ってもいいかもしれません。プロダクトマネージャーは「ミニCEO」と言われることもあります。
 そのプロダクトの創業者、というイメージですね。そのプロダクトのビジョンを実現するためには、苦手なことや未経験なことにもチャレンジし、粘り強くプロジェクトを進めていく。これらの根底にあるのは、執念だと思います。
水島 わかります。僕もどちらかというと執念深い方です(笑)。
及川 また、「ミニCEO」とはいえ、プロダクトマネージャーは伝家の宝刀である人事権は持っていない。それでも人をまとめていくには、執念が必要なんですよね。
 あとはロジックや研ぎ澄まされたプロダクトのビジョンといったものも。それらが揃ってはじめて、「この人についていったら、絶対いいプロダクトがつくれる」という説得力が出てくるんです。

修羅場が人を成長させる。逃げていてはもったいない

及川 「ラクスル」のプロダクトマネージャーって、今何人くらいいるんですか?
水島 今は、それぞれのサービスのドメインに特化したプロダクト開発チームをつくっていて、印刷、物流、広告事業のそれぞれに数名のプロダクトマネージャーがいます。全部で10人くらいですね。
 担当するプロダクトによって求められることが結構違っています。印刷の発注部分のプロダクトは、入ってきた注文をどの委託先にどのようにまとめて発注すると一番スループットが高いかを、数理モデルで考えていく仕事です。そこのプロダクトマネージャーは、テクノロジストに近いですね。
 一方で、「ラクスル」の中のECの部分や、誰でもかんたんに名刺やチラシなどがデザインできる「オンラインデザイン」というプロダクトは、UIがとても重要になってくる。UXデザインの知識がある人のほうがはまると思います。このような感じで、ラクスルではいろいろなタイプのプロダクトマネージャーが活躍できるんです。
及川 ラクスルが手掛けている業界はtoBですけど、実はtoC向けサービスをやっていたプロダクトマネージャーは意外とはまるんじゃないかと思うんですよね。既存のtoBの慣習にとらわれず、大胆な施策を考えられそう。
水島 そうなんですよ。ラクスルに長くいるメンバーは、ビジネス開発をやってきた人が多い。そこで、toCのサービスをつくってきた人が入ってくると、ユーザー目線の体験をつくるのが得意なので、いまラクスルがやろうとしていることとシナジーが生まれるんですよね。大きなバリューが出せたり、新しく学んだりできると思います。
 または、プロダクトマネジメントトライアングルでいえば右上が強いSIer出身の人にとっても、おもしろい職場だと思います。これまでは産業構造のなかで最適なプロダクトを開発していたと思うんですけど、その産業全体を変える仕組みをつくれるので。
 キャリアパスとして、プロダクトマネジメントトライアングルを完成させるためにラクスルに来るっていうのも、けっこういいんじゃないかと思います。
及川 プロダクトマネージャーは実践ありきで学ぶところが大きいので、ラクスルはそういう意味ですごく勉強になるでしょうね。しかも、ラクスル内に印刷、物流、広告というぜんぜん違う3つのドメインがあるので、同じ会社にいながらtoBのいろいろな事業が経験できる。これは結構珍しいと思います。
水島 あと、ラクスルの事業領域は古くからあるんですけど、開発スタイルはけっこうモダンです。toCと変わらないと思います。なので、最新の開発環境でやりたい人にも向いていると思います。
及川 わかりやすいし華やかだから転職でtoCの企業ばかり検討してしまうかもしれませんが、結局どんな仕事もやってみたらおもしろいものなんですよね。「私はこれが向いている」と決めてしまうのは、人生の楽しみを制限している感じがしてもったいないと思います。
 例えば、スタートアップ界隈は「0→1がやりたい」っていう人が多いんですけど、本当は1を10にするのもすごくやりがいがある。極端なことを言うと、プロダクトのクローズも人生で1回くらいは経験したほうがいいですよ。修羅場が人を成長させますからね(笑)。
水島 ラクスルのような変化し続ける未完成な会社は、修羅場をたくさん経験できますよ。保証します(笑)。

部活に音楽。プロダクトマネージャーの意外な共通点

水島 最後に一つ、質問してもいいですか? 最近悩んでいて、及川さんに聞きたいと思っていたことがあるんですよ。
及川 ぜひどうぞ。
水島 それは、プロダクトマネージャーをどう育成すればいいのか、ということ。プロダクトマネージャーは会社によっても役割が違うし、いろんなタイプがいる。となると、汎用性のある育成カリキュラムがないんですよね。プロダクトマネージャーを育てることは僕のラクスルでのミッションの一つなんですけど、どうも実践ありきになってしまっているところがありまして……。
及川 うわ、その質問すごく答えにくい。というのも、私もいま「実践ありき」と言おうとしたんです(笑)。
水島 やっぱり! そうなりますよね(笑)。
及川 結局マイクロソフトもGoogleも、社内に整った育成プログラムがあるかといったら、ないんですよね。各種スキルのブートキャンプ的なトレーニングをやったとしても、基本的にはメンタリングなんです。
 でもそれしかないのは良くないと最近思って考えていたんですけど、細かく見ていくと座学的に覚えられるものもあるんですよ。例えば、技術やデータ解析の基本知識、KPIのつくり方とか。
 あと「執念」みたいなものも、中身を分析することはできるはず。リーダーシップやファシリテーションといったことを解説する文献もあるので、自分で読んで参考になったものを紹介するといったことはできるかなと思います。
水島 自分がプロダクトをつくるときにどう考えているか。そこで最低限必要な知識や参考になった考え方などを伝えることはできそうですね
及川 ただ、単なる「ツール使い」にならないように気をつける必要はあります。芯にあるのはやっぱり座学で得られる知識ではなく、本人が成し遂げたいプロダクトのビジョンであり、執念なんですよね。そこを忘れないでおいたほうがいい。
水島 執念については、ちょっと語弊があるかもしれないんですけど、学生時代の部活経験が関係しているんじゃないかと思うことがあります。ラクスルは学生時代にチームスポーツを経験していたプロダクトマネージャーが多いんですよ。それはきっと、情熱を持ってチームで戦うという経験があるからじゃないかと。
及川 あー、わかります。僕わりと、採用面接でホワイトボードに書いて説明してもらうんです。リーダーとなってミーティングしたことがある人なら簡単にできる。でも、案外、学生時代も社会人になってからも、そういう経験のない人が多いんです。部活に限らず、何らかの形で人を率いたことがある人は強いですよね。
水島 スクラム開発のスクラムってラグビーのスクラムから来ていたりしますしね。及川さんは、部活に入られていましたか?
及川 中学1年でバレーボール部に入ったんですけど、1年半くらいで体を壊して辞めました。それ以降はずっと、バンドをやっていましたね。
水島 バンドも部活の経験に近いかもしれませんね。チームで情熱を持ってやりたい音楽に向かって努力する。
及川 自分を正当化するみたいですけど、音楽をやるのはどうやらいいらしいんですよ(笑)。最近、音楽をやっている人間は音楽以外の教科に対しても成績が良いという研究結果が出たそうです。
 おそらく、音楽はハーモニーが大事だから独りよがりではできないんですよね。あとは基礎練習から始まるところもいいんじゃないかと。他の教科を勉強する際にも必要となるエッセンスが、音楽を習得するプロセスに詰まっているのではないかという話でした。
水島 おもしろいですね。つまり体育会系だからいいとかそういうことではなく、スポーツや音楽など何の分野でもよいので、チームを組み、一つの目標を達成しようと力を尽くした経験のある人には、プロダクトマネージャーの素質がある、というのはおもしろい発見ですね(笑)。
 ラクスルが対象としている事業領域は伸びしろが大きく、プロダクト開発のレバレッジを効かせることで大きなリターンと社会的意義を得られる反面、その複雑度、難易度は高いです。スーパーマンでなくても良いですから、ラクスルで一緒に、プロダクトマネジメントの道に励みたい人をお待ちしてます。
(編集:中島洋一 構成:崎谷実穂 撮影:小林由喜伸 デザイン:黒田早希)