新着Pick
63Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
私にとっては衝撃的なニュースだ。宮内さんこそ、日本の経済界で最も尊敬できる経営者だった。毅然とした態度で規制改革会議をリードし、それ故既得権益者から、いわれのない批判を受けた。それにも負けず、我々後進の者をいつも気遣ってくれた。この退き際も見事だ。
宮内さんの社会貢献への意識の高さは、半端ではなかった。規制改革会議での捨て身の粘り強いリーダーシップには、本当に頭が下がった。宮内さん世代も70代後半か。これからは、僕ら世代が引き継ぎついでいきたい。
間違いなく日本の金融を前進させた人。33年間お疲れ様でした。
「1960年8月、日綿實業(現双日)。調査部配属。海外統括部、オリエント・リース設立準備事務所を経て、1964年4月、オリエント・リース(現オリックス)入社。日綿實業は、当時アメリカでニュー・ビジネスとして急成長しつつあったリース業への進出を図っていた。そこで、リース業を学ぶために社員の派遣を決定。ただ一人選ばれたのが20代の宮内だった。帰国して、新会社オリエント・リースの創設メンバーとして出向。13名中の最年少だったが、唯一、リース業の本質を知る人間として社長の誤りさえ遠慮なく指摘し、実務を担った。さらに3年後の1967年、リース業の本質を理解しない本社頼りの営業からの訣別も主導。顧客の独自開発を担う開発課初代課長に就任。本社からの“独立戦争”を主導した宮内自身も本社に戻らず、出向の身分から新会社に籍を移した」wikipediaより
33年もやってたんだ。すごいな。よく飽きないな
宮内さん、取締役にも残らず潔い。長い間、会社と日本のためのご尽力お疲れ様でした。スッキリした交代も井上さんがおられたからこそ。井上さんの今後のご活躍を心からお祈りします。
このくらいのお年になられたら、広く経済界全体のために動かれるのがいいと思う。優れたトップであっても、ずっと変わらないと、方向性はぶれないとしても、組織をめぐる血の流れが悪くなってくる。

だから、偉大な経営者になればなるほど、後継者選びは重要な課題なんだろうな。

宮内さんの日本経済に与えた影響はとても大きい。
社長がカリスマ過ぎると、簡単に引退できない。肩書を付けて残られるのも、影響力が大き過ぎるからでしょう。トップの交代はやはり難しい。企業の規模に関わらず、後継者の育成は難しい。
学生の頃、学内で講演頂きました。
とても熱さ漲る人で、かっこいいなと感じたのを思い出しました。
↓肩書きは残されるんですね…。サラリーマンなのだな、と感じてしまいました。

「宮内氏は経営の第一線からは退くが、「シニアチェアマン」の肩書でオリックスにとどまる方向。国内外の人脈を生かして、必要に応じて経営陣に助言したり、社員を育てたりする。」
紆余曲折あったがついに…偉大な実質創業者の後に、ちゃんと成長しつづけて欲しい!
オリックス株式会社(英語: ORIX Corporation)は、大阪府大阪市に本社を置く、日本の大手総合リース企業である。祖業であるリースをはじめ、不動産、銀行、クレジット、ベンチャーキャピタル、プロ野球球団(オリックス・バファローズ)など多くの事業を手掛けており、グループを通して多角的金融サービス業を提供している。 ウィキペディア
時価総額
2.41 兆円

業績