100年に一度の変革。伊藤忠、次世代電力プラットフォーマーへ

2019/7/22
 総合商社である伊藤忠商事が、AIを活用した次世代蓄電システムを発売──2018年10月に発表されたこのニュースは、メディアにも大きく取り上げられた。
 伊藤忠は2013年に蓄電池事業を開始。商社としての枠を越え、メーカーポジションに乗り出した。2015年に総販売元として発売した家庭用リチウムイオン蓄電システム「Smart Star」シリーズは国内シェアトップ3に入り、これまで全国で累計約2万台以上も販売されているという(※2019年7月時点)。
 だが、現在の取り組みはほんの足がかりに過ぎない。家庭用蓄電池が全国に普及した後、AIで蓄電システムをスマート化することで、彼らが構想する次世代プラットフォームにつなげようとしているのだ。
 数々のメーカーが先行するなか、なぜ伊藤忠は蓄電池ビジネスに参入したのか。伊藤忠が描く次世代プラットフォーマーへの道のりに迫る。

構想20年。なぜ、伊藤忠が「蓄電池」をつくるのか?

「これから先、必ずリチウムイオン電池の時代が来る」
 伊藤忠商事の産業機械部門にいた村瀬博章がそう確信したのは、1997年のこと。担当していた顧客企業が米国の電池メーカーに製造設備を供給することになり、そこで初めて「リチウムイオン電池」の存在を知った。
 今でこそ、EV(電気自動車)やESS(エネルギー貯蔵システム)などで大規模な需要があるが、当時のリチウムイオン電池のおもな用途は、登場したばかりの携帯電話や、PCなどのモバイルデバイス。まだ蓄電池といえばニッケル水素電池が主流で、市場規模は現在とは比べものにならないほど小さかった。
 だが、小型で容量の大きいリチウムイオン電池を採用することにより、それまで実現できなかったほどコンパクトで高性能なハードデバイスが登場し始めていた。村瀬は、ここに目をつけた。「電気を貯蔵して持ち運べるようになれば、アイデア次第で様々なビジネスが展開できると直感した」という。
村瀬博章/伊藤忠商事 エネルギー・化学品カンパニー 工業原料化学品部 電池ビジネス課長。1994年入社。1997年からリチウムイオン電池設備を担当。2004〜2007年に米国電池メーカーへの出向を経て帰国後は定置用蓄電池の用途開発に従事し、2013年より「Smart Star L」の開発・商品化を推進した。
 1990年代、日系リチウムイオン電池メーカーの海外進出を手伝うなかで、村瀬は顧客だったアメリカの電池メーカーに出資。のちに出向してリチウムイオン電池の製造事業の立ち上げに参画した。この時期の経験が、伊藤忠がメーカーポジションへ領域を広げ、蓄電池事業に挑戦するきっかけになっている。
 村瀬は、総合商社として本気で蓄電池ビジネスに取り組むのであれば、電池メーカーへの原料や部材、設備の販売だけに終始しない、“自ら需要を作り出すポジション”に伊藤忠のビジネスを広げる必要があると考えたのだ。

10年後のマーケットに向けて構想する

 2008年からビジネスポテンシャルを追求した末に行き着いたのが、一般家庭向けの「定置用蓄電池」だった。のちに伊藤忠とエヌエフ回路設計ブロックが共同開発した「Smart Star」シリーズの原型ともいえるアイデアだ。
 時代の追い風もあった。FIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)により住宅用の太陽光発電パネルの普及が進み、2019年以降に「卒FIT」と呼ばれる新しい電力関連市場が誕生することも予見された。
 もっとも、開発には時間がかかる。社内には「夢物語じゃないのか」「いつになれば利益が出るのか」と懐疑的な意見もあったが、村瀬は「100年に一度の変革が、モビリティーと電力システムの2つに起きている。共通するキーデバイスは“電池”だ」と主張し、「伊藤忠は、この分野の“ど真ん中”で勝負するべきだ」と周囲を説得した。

「メーカーポジションを取る」という決断

 プロジェクトを始動させるにあたり、村瀬がまず行ったのは、リチウムイオン電池のサプライチェーンを俯瞰し、自分たちがどこにビジネスを広げていくかを決めること。
 当初、伊藤忠がおもに手がけていたのは、中間材料と電池部材。だが、それだけでは、部材を納入するメーカーの電池が売れなければ伊藤忠のビジネスも拡大しないというジレンマがあった。
 そこに村瀬が提案したのが、サプライチェーンの上下を広げること。「家庭向け蓄電池の開発から、製造・サービスまで自社でやろう。商社でありながら“メーカーポジション”も取ろう」と持ちかけたのだ。
 厳密に言えば、伊藤忠は製造を行うわけではない。だが、製品の企画やデザインから実際のインフラまでをゼロから構想し、パートナーとなる企業を説得して住宅市場に進出しようとした。これまでの商社のビジネスからすると、枠の外に出る挑戦だ。
「リスクはありました。でも、ここまで突き抜けた発想をしないと状況を打開できないと思ったんです」(村瀬)
 サプライチェーンの上流から下流までひと通りネットワークがあったことは、商社ならではの強みとなった。商社マンとして、市場を見据えたビジネスの絵を描くこともできる。これまでと違うのは、利用者の暮らしや利便性を想像しながら、マーケットインの発想を持って商品自体を設計していくことだ。
「Smart Star」のプロジェクトを立ち上げたメンバー。佐藤隆(右)は2010年より電池の原料・部材ビジネスを担当し、2013年より本プロジェクトに参加。村瀬とともに蓄電池ビジネスのコンセプトを形にした。西尾仁志(左)は、物流畑や金融畑を通じて長年投資案件やビジネス開発に携わってきた。
 例えば、東日本大震災直後には、非常用として200V電源を確保したいというニーズがあった。既存の定置用蓄電池は、停電時には太陽光パネルからの充電が止まり、限られたコンセントからの100V電源しか使えない。
「家庭の電力を丸ごとバックアップして、非常時にもエアコンやIHなどの200V電源を使えるようにしたい」というのは、伊藤忠がこだわった点のひとつだ。
 また、製品を供給し、ユーザーをサポートしていくうえで、伊藤忠が構築した「商売のエコシステム」も強みになった。200kg近い蓄電池を家庭に設置するにも、物流のノウハウが必要だ。彼らはそのノウハウを持つグランドピアノ専門の配送事業者と提携し、繰り返しヒアリングすることで配送者が2人で持ち運びしやすい形状になるよう製品のデザインを考慮した。
 物流に限らず、製品企画、デザイン、販売、施工、保険、アフターサポート。商社のネットワークを活用したエコシステムを通じ、既存メーカーとの差別化に徹底的にこだわって、「Smart Star」を家庭に届ける土台を整備していったのだ。
「販売店様に商品をより深く理解してほしいと思い、全国に出向いて勉強会を開催しています。製品デザインをはじめ、本事業にかかわるすべてのパートナーにとってより良いビジネス環境をつくるべく、日々、製品やオペレーションの改善に取り組んでいます。『伊藤忠はここまでするんですか?』と言われることも多いですね」(佐藤隆)
 村瀬がリチウムイオン電池に可能性を見出してから20年が経った2017年、ユーザーや多くのパートナーの声を取り入れ、蓄電容量を増やした「Smart Star L」が発売された。その後、2018年に起きた西日本の豪雨や北海道の大地震で活躍した事例が多く聞かれるようになり、伊藤忠の蓄電システムは、全国に普及していく。

全国の蓄電池に、AIを載せる

 伊藤忠は2018年1月、機械学習などのAI技術を活用した蓄電池プラットフォーム事業を展開する英Moixa Energy Holdings社(モイクサ)との資本業務提携を発表した。
 すでにイギリスで1000世帯以上に電力マネジメントプラットフォームを提供するリーディングカンパニーが、伊藤忠の蓄電システム事業に加わったのだ。
 Smart Star シリーズには、地域や天候による電力需要や余剰のデータを収集し、家庭ごとに蓄電池を最適に制御する機能が備わっている。
 これらの機能はFIT満了後に売電価格が下がり、発電した電力が自家消費にシフトしていく際に極めて重要な頭脳となる。この“頭脳”にあたるのが、モイクサの「GridShare」だ。
 注目企業ゆえ、他社もモイクサには目をつけていた。実は、モイクサへの出資に携わった西尾や村瀬らが提携を打診しようとイギリスに飛んだとき、他の商社がすでに提携の打診を進めていたそうだ。
 それにもかかわらず、モイクサは伊藤忠からの出資を受け入れ、「GridShare Client」の国内独占販売権を与えた。伊藤忠が選ばれたのは、村瀬らが描いた蓄電池ビジネスの構想と、メーカーポジションを含めた実際の事業があったからだ。
「モイクサに出資したいという機関投資家は、いくらでもいたでしょう。ただ、彼らが求めていたのは単なる出資ではなく、日本における地に足のついた事業パートナーでした。私たちは、全国に普及させた1万数千台の『Smart Star L』にモイクサのAIを載せてプラットフォーム構想を実現させたいという、協業パートナーとして話ができた。それぞれの強みと目的が、カチッとハマったんです」(西尾仁志)

蓄電池の先にある、次世代プラットフォーム

 伊藤忠商事が描く蓄電池ビジネス構想において、第一歩が「Smart Star L」を普及させること。その次のステップが、モイクサとの提携によって実現された。
 この先にあるのは、従来の電力と太陽光発電を組み合わせ、AIによって地域の電力をマネジメントするエネルギープラットフォームだ。
 村瀬はこれからの次世代構想についてこう語る。
「例えば太陽光パネルで発電しすぎてしまい、電気が余る場合に蓄電池が“吸う”こともできますし、電気が足りなくて停電が起こりそうならば、“吐き出す”ことでサポートするサービスも将来的にはできると思います。
 すでに我々が販売したSmart Starのうち、7000台以上は発電や消費電力のデータを可視化できるようになっており、電力会社をはじめ多くの企業にここまで多くの分散電源の状態を監視、制御できるシステムは見たことがないと言われます。この数や面積をさらに増やしていくことで、新たなビジネスチャンスが広がると考えています」(村瀬)
 また、EV(電気自動車)が普及すれば、送電線の代わりにEVのバッテリーを使って電気を運ぶことも一般的になっていくだろう。佐藤は、「電気自動車の乗車データを分析すると、昼間に充電した方がよい場合があるにもかかわらず、深夜に一斉に充電が行われている」という。
 Smart Starに搭載したGridShareが家庭ごとのEVの使われ方、充電残量、電力料金等を考慮し、最適な時間に充電を行うようにできれば、時間帯による消費電力の波を小さくして、電力システムの負荷を低減できる。また、佐藤は、EVという“動く蓄電池”を使ったサービスの立案にも取り組んでいる。
「我々は『ミツバチ作戦』と呼んでいるのですが、一般家庭で発電した電力を、例えばコンビニやスーパーに集めてサービスを行うことを考えています。
 我々の売っている蓄電池は住宅にあり、昼夜を問わず電気を使っているコンビニは必ず住宅地に隣接しています。GridShareを使って、住宅の太陽光余剰電力を集めると、大きなエネルギーになる。このクリーンなエネルギーをEVでコンビニに運び、提供者にコンビニで使えるクーポンやポイントを渡す仕組みを作れば、お互いにとってメリットが生まれます」(佐藤)
 伊藤忠によるこれらの取り組みによって実現するのは、個々のSmart Starがネットワークで結ばれ、群制御された分散電力をコミュニティ間で融通し合うバーチャルパワープラント(仮想発電所)だ。もちろん、実現までには、様々な規制や送配電にかかるコストの問題をクリアしなければならないが、各家庭のSmart StarにGridShare という頭脳が載った今、技術的にはボタンひとつで実現可能なところまで来ているという。
 現在は国内で得た知見を活かし、大きな市場機会のある海外への展開も着々と手を打っている。さらに、GridShareのネットワークを使って個人ユーザーの電力を融通しあうPtoPの実現に向けて構想を固め、パートナーと協議を進めているそうだ。
「どうやって商社が蓄電池ビジネスに関わるのか? 機械部門から数えると20年以上もそれを考え続けてきましたが、今ではこれこそ伊藤忠らしいビジネスだと感じています。この蓄電池ビジネスプラットフォームに関わる様々なパートナーよし、利用していただく家庭よし、そして、Smart Star Lが売れるほど環境価値の高いクリーンエネルギーが使われて、CO2の削減にも寄与できる。それこそ、当社が是とする、売り手・買い手・世間の『三方よし』、そして『未来よし』です」(村瀬)
(編集・執筆:宇野浩志 撮影:林和也 デザイン:堤香菜)