公教育では個性を潰そうとすべきだ
木原直哉オフィシャルブログ
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まったくもって同感。
個性的な教育が欲しいなら、自腹でそういう学校へ行けばいいだけ。
訳の分からぬ「個性を伸ばす」という標語のもと、無茶苦茶なことがそこら中の公立学校で学習指導要項の元に行われている。
日本人が、もっとも理解しなければならないのは「教育は無料ではない。教育とは最も時間と金のかかる投資事業である」ということだ。個性的な教育や、個性を「伸ばせ」って言っているわけではない。
ただ個性を「潰す」のは良くない。
個性を「尊重」できる教育であってほしいとわたしは願う。
たとえば、というかわたしの原体験の一部なんだけれども、子どもの頃に親にさんざん個性を「潰されて」きた。漫画や絵を描くのが大好きで、いろんな絵画ツールが欲しかったのだけれども、「絵なんかやってたって将来の役になんてなんも立たん」そう言われた言葉で絵を描くことをあきらめてしまった。
そんな時に、学校と家族しかない子どもの世界で、家族とは違う大人、いわゆる学校の先生などがもっとその個性を見つけてあげて、自信をつけてあげれば、たぶんだけれど、それだけできっとわたしはもっと動けた、ような気がする。
だからこそ、学校教育には期待するとともに、家族・学校だけじゃない、子どもの世界。地域やほかのコミュニティに子どもが携われるようななにかをしたいと思うのだ。なるほど。ただ地方では義務教育において学校を選ぶという面で選択肢が乏し過ぎるのが現状ではないだろうか。質の良い教育を求めるなら移住しなければ手に入らない。地方活性化と教育を結び付け、最先端の教育法を取り入れた学校で子育て世代のUターンやIターンを狙ってもらいたい。