スポーツ史上最高額の契約金

2018年秋のある朝、ジョン・スキッパー(63)はマディソン・スクエア・ガーデンのHuluシアターのバックステージにいた。スキッパーが今日ここに来たのは、メキシコ人ボクサーのサウル・アルバレスに挨拶するためだ。
その赤毛から「カネロ」の愛称で呼ばれるアルバレスのプロ戦績は53戦50勝1敗2分。唯一の黒星は、2013年の対フロイド・メイウェザー戦だった。
そんなミドル級王者アルバレスはたった今、スポーツコンテンツ配信サービス「DAZN(ダゾーン)」と3億6500万ドルの契約を交わした。アルバレスが今後5年間で戦う11試合をDAZNが独占放送するという内容で、スポーツ選手の契約としては史上最高額だ。
スキッパーはそのDAZNの会長である。
白いシャツにベスト姿のアルバレスは、バックステージで大量のボクシンググローブに次々とサインをしていたが、スキッパーが近づいてくると手を止めた。
「今日は来てくれてありがとう。今回の契約について、私たちはとても興奮しているよ」と、スキッパーはアルバレスと握手を交わしながら言った。「ムチャス・グラシアス」と、アルバレスは返した。
2人は数分後には、ここから通路を抜けて、プレスが集まっているステージへと向かう。アルバレスの次の対戦相手ロッキー・フィールディング(英国)と試合前の会見を行うのだ。
アルバレスにとっての大舞台だが、スキッパーのほうが興奮しているようにみえた。その日ステージで浴びるカメラのフラッシュは、スキッパーにとってスキャンダルからの復活における大きな一歩を意味する。「今日はアドレナリンが出っ放しだよ」と言い残して、彼はステージに向かった。

突然の辞任劇とスキャンダル

さかのぼること1年前、スキッパーはスポーツ専門局「ESPN」の社長であり、テレビ業界で最も権力のある人物の一人だった。1997年にESPNに入ってからの20年間で、スキッパーは同社をディズニー傘下の主力企業に育て上げていたのだ。
2017の11月、スキッパーはESPNとさらに3年間の契約を交わしたところだった。消費者のケーブルテレビ離れが始まるなか、ESPNもネット配信への移行を模索していた。その重要な時期に、ディズニーとしてもスキッパーに社長にとどまっていてほしいとの意向だった。
契約から1か月後の2017年12月にはコネティカット州のESPN本社で、スキッパーは約450台のカメラや大勢のリポーターたちが見守るなか、こう語った。
「私は、目標と自信をもって戦っていくESPNを新しい世界へとリードしていきたい。それに対し恐れを感じてはいないし、むしろ楽しみにしている」
ところが、その会見から1週間もしないうちに、スキッパーは辞任を発表した。声明にはこう書かれていた。「私は長年、薬物依存に苦しんできた。いま私が最優先すべきは、この問題に対処することだとの結論に達した」
突然の辞任は憶測を呼んだ。本当はセクシャルハラスメントが告発されたのであり、依存症はカモフラージュではないか、と。ちょうど「#MeToo」ムーブメントの高まりで、メディア界の大物が何人も姿を消していたところだった。
FOXスポーツラジオのパーソナリティーで、ESPNに批判的なクレイ・トラビスは、スキッパーの辞任発表から2週間もたたないときに意味深な写真をツイッターに投稿した。スキッパーがバーでマティーニを飲んでいる様子をこっそり撮影したものだった。
「ESPNはジョン・スキッパーを解雇した本当の理由を隠すために、薬物依存をでっち上げた」と、トラビスは書いた。スキッパーが依存症の問題をかかえているなら、公衆の面前で酒は飲まないはず、というわけだ。
2018年3月、スキッパーはエンターテインメント誌『「ハリウッド・リポーター』のインタビューで事実関係をはっきりさせた。「私がコカインを買った人物から金銭を強要されたのだ」と、スキッパーは述べた。そこで彼はディズニーのボブ・アイガーCEOに話し、辞任すべきとの結論に達したという。

メディア王としての第2幕へ

マディソン・スクエア・ガーデンのバックステージで、スキッパーはコカインの売人にゆすられた話を蒸し返したくはないと、私に言った。ただ、それが辞任の唯一の理由であると念を押した。
「私は真実しか語っていない。それなのに、人々は信じようとしなかった。なぜなのか、私にはさっぱりわからない」
現在のスキッパーは過去よりも未来を見据えている。メディア王としての第2幕だ。そのストーリーのために、私の密着取材を許可してくれた。
スキッパーはキャリアを『ローリング・ストーン』誌でスタートした。その後、音楽誌『スピン』を経て『ESPNマガジン』に。雑誌を作っていただけに、ちょっとした情景描写や舞台設定が記事に役立つことを知っている。だから彼は、3回に分けて行われるインタビューの最初の場所に、この楽屋を選んだ。
スキッパーが語りたいストーリーとは「ESPNを動かしていた、あの古い人間」がどんな経緯で「スポーツメディアで世界一を狙うスタートアップ」で働くことになったか──。スポーツ中継に革新を起こすという大目標を掲げた、変な名前のストリーミングサービス「DAZN」(「ダゾーン」と発音する)について語りたいのだ。
大企業からスタートアップへ。既存勢力から反乱勢力へ。美しいストーリーではある。だがそれは、残酷な戦いになることをスキッパーは理解している。KO勝ちするか、KO負けするかのどちらかしかないのだ。

バックにウクライナ人富豪投資家

スキッパーはDAZNを少なくとも公の場では「スポーツ版ネットフリックス」とは呼ばない。だがそれはDAZNを一言で表現した、わかりやすい呼称だ。
DAZNは2016年夏にドイツと日本でサービスを開始し、現在ではカナダ、イタリア、アメリカに拡大している。
ドイツで提供するサービスは、オーストラリアとスイスでも視聴可能。サッカーの欧州4大リーグに加え、NBAとNFLを月額約10ドルで見ることができる。
日本では、国内のサッカーと野球、MLB、NFL、欧州サッカー3大リーグ、欧州サッカー連盟(UEFA)チャンピョンズリーグを、月額約15ドルで提供している。
アメリカでのサービスは2018年9月に開始。ボクシングや総合格闘技の試合を月額10ドルで提供。スパインとブラジルでも2019年内にサービスを始める計画だ。
DAZNの目標は、スポーツファンにとって月額料金を払ってでも視聴したい、不可欠のサービスになること。そのためには、ディズニーをはじめ世界の大手メディアと競合しなくてはならない。
敵は手ごわいが、攻め方次第でDAZNにも勝機はある。というのも、バックにはウクライナ出身の富豪投資家レン・ブラバトニックがついているからだ。ブラバトニックはロシアで石油などの取引で財を成し、2011年にはワーナー・ミュージックを買収した。
スキッパーがDAZNに加わったのは、ESPNを辞めてから半年後の2018年5月のことだった。彼がESPNを去ったのは、DAZNにとってまたとないチャンスだった。この業界を知り尽くした男が、急にフリーになったのだから──。
リサーチ企業「BTIG」のメディアアナリスト、リッチ・グリーンフィールドは次のように話す。「業界はDAZNのことを真剣に受け止めるべきだ。豊富な資本に加え、レガシー企業のエコシステムを知っている、才能あるマネジメントチームがそろっている」

「DAZN」と名前をつけた理由

DAZNは、ブラバトニックが2007年にロンドンで設立した「パフォーム・グループ」が運営するサービスとしてスタートした。パフォームはスポーツコンテンツの権利を買い取り、放送局やブックメーカー向けにパッケージ化する仲介業者として、4億5000万ドル規模のビジネスを築いていた。
2014年、パフォームは消費者に直接届ける独自のサービスを作ることを決めた。消費者が、映画やテレビ、音楽について定額ストリーミングサービスへ移行していたときだ。スポーツの見方も同じように変わることは明らかにみえた。
パフォームが新サービスに「DAZN」と名づけたのは、目立つというだけでなく、多くの市場で商標登録されていなかったからだ。そして、人々が正しく発音できないことも自覚していた。
DAZNのツイッターには、アスリートたちが「ダ・ジン」や「デイ・ジン」など、どう発音するのかわからず苦労している動画が投稿されている。これでDAZNという名前が人々の記憶に残りやすくなるから、会社としては構わないというスタンスだ。
DAZNはサービス開始にあたり、巨額を投じた。たとえば日本だけをみても、権利料に30億ドルをつぎ込んだ。そうした金に糸目をつけない姿勢は、ESPNの目を引いた。振り返ればスキッパーはかつて、そのESPNで同じような配信ビジネスを検討していた。
「私たちは大規模にライブストリーミングできるプラットフォームについて調べていた」。アルバレスの試合前会見から数週間後、スキッパーはマンハッタンにあるDAZNのオフィスでそう語った。その結果、ストリーミング業界でベストな2社はパフォーム・グループと、メジャーリーグ配信の「BAMTech」だとの結論に至ったという。
DAZNがドイツと日本でサービスを開始した同じ月、ディズニーは10億ドルでBAMTechの株式の3分の1を取得し、ESPNがBAMTechの技術を使って定額ストリーミングサービスを始める計画だと発表した。ディズニーはその後、さらに16億ドルを投じて、BAMTech株の過半数を取得した。
これによりスキッパーは、ESPNで配信サービスを立ち上げるツールを得たわけだが、ことはそう簡単ではなかった。ESPNはただ、人気スポーツの放映権を買い取り、それをオンラインプラットフォームに乗せて、サービス加入者に課金すればいいというわけではなかったのだ。
ESPNはNFL、NBA、MLB、カレッジフットボールなどアメリカで最も価値のあるスポーツプログラムを所有していたが、すでにそれらをケーブルTVプロバイダに売っていた。そうしたケーブルとの契約があるために、同じコンテンツを直接消費者に売ることはできなかった。
これが、スキッパーがESPNを辞める直前まで頭を抱えていた問題である。

カリスマ性とカウンターカルチャー

前述の『ハリウッド・リポーター』誌の記事で、スキッパーは辞任後、自ら施設に入り、「薬物依存について理解を少し深めた」と語っている。
「私はマティーニが好きだし、友人とのディナーではワインがお気に入りだ。アルコールで問題を抱えたことは一度もない。自分がずっと苦しんできた依存症はコカインだ」
ちなみにこの記事のインタビュアーは、ESPNの歴史を描いたベストセラー『Those Guys Have All the Fun』の共著者ジェームズ・アンドリュー・ミラーだった。
スキッパーはコロンビア大学で英文学の修士号を取得した後、1979年に『ローリング・ストーン』誌での秘書としてキャリアをスタートさせた。『Those Guys Have All the Fun』によれば、当時スキッパーには多くの友人がいたという。
同書には『ローリング・ストーン』誌の共同創刊者ジャン・ウェナーのこんな言葉が引用されている。
「あの頃は、仕事とプライベートの境があまりなかった。みんな、それぞれのソーシャルライフを職場に持ち込んでいた。仕事に没頭しながらも、コカインが飛び回っていた。そんな環境でジョンはみんなと意気投合していた」
のちに、スキッパーがスポーツ界で一目置かれるようになったとき、業界はMBA出身の堅物や大学で運動しかやっていなかった人間であふれていた。
そんななかでスキッパーのローリング・ストーンでの経歴は、彼の人格を語るうえで重要な要素の一つとなった。彼はその南部出身のカリスマ性のなかに、カウンターカルチャー的な一面もあわせもっていたのだ。

DAZNは頂点に立てる「破壊者」

スキッパーへの最後のインタビュー場所は、アッパーイーストサイドのダイナーだった。彼の自宅からそう遠くない場所だ。
スキッパーはESPNを辞めた理由についてあまり話したがらなかった。「『依存』という言葉を使ったことを後悔している」と彼は語った。今になって思えば、コカインを買っていたのは、より深刻な問題をいくつも抱えていたことの表れだったと言う。
「対処しなければならない内在的問題がいくつかあった。それが健康上の問題も引き起こしたんだ」。依存症の治療は終わったのか尋ねると、スキッパーはこう答えた。「再出発したよ。今は自分の人生に責任をもてる行動ができると自信を持って言える」
ESPNを去った後、スキッパーは数カ月ほどひっそり暮らしていた。その間に、メキシコで酒に溺れていくイギリス人外交官を描いたマルカム・ラウリーの小説『火山の下』や、ユリシーズ・グラント第18代米大統領の伝記を読んだという。
メディア業界の友人たちが、アドバイスを求めてスキッパーの元を訪れてきたこともあった。そうしたコンサルティングのビジネスを始めようかとも思ったが、数日後にはそんな考えを捨てた。誰かに何かをしなさいと言うよりも、自分自身の手でやりたいと思ったからだ。
2018年4月、スキッパーはマンハッタンのグリニッチホテルで、パフォームのサイモン・デンヤーCEOと朝食を共にし、DAZNに加わる話を提案された。
「彼らが日本やドイツ、カナダでやっていたことを見て、それを世界に拡大していく可能性を考えたとき、これはユニークな猛獣みたいだと思った」。話を持ち掛けられたときのことを、スキッパーはそう振り返る。「それはこの業界の破壊者であり、頂点に立つ可能性を秘めた存在だ」
スキッパーの早期復帰には「俺はあの一件のせいで縮こまったりしない」というメッセージがあった。「私は企業の会長として堂々と復活し、『俺は大丈夫だ』と言いたかった」と、スキッパーは言う。

スキッパーの野心と復讐心

スキッパーがパフォームとの契約について交渉段階に入っていたころ、ESPNは待望のストリーミングサービス「ESPN+」を開始した。月額5ドルで、MLB、メジャーリーグサッカー、NHLに加え、カレッジスポーツの試合やドキュメンタリーなどテレビでは見られないプログラムも視聴できる。
そうした「二流プログラム」の寄せ集めは、ESPNが既存のビジネスを守りながら新事業を築こうとしている難しさを物語っていた。9月、ディズニーはESPN+の加入者を100万人と発表した。
一方のDAZNでは、スキッパーがESPNで抱えていた問題と逆の問題に直面している。つまり、視聴者に直接販売する自由は手にいれたものの、売るコンテンツがほとんどないのだ。
人気スポーツの試合は、ESPNをはじめ大手が10年後まで独占契約を結んでいる。NFLの日曜のゲームを放送する権利が、次に売りに出されるのは2023年だ。NBAの放映権も2025年まで待たないといけない。
そこでスキッパーを迎えてから2日後、パフォームはボクシングのプロモーター「マッチルーム・ボクシング」と10億ドルの契約を結んだ。DAZNのアメリカでのサービスの主要コンテンツとしてボクシングを選んだのだ。
DAZNはアルバレスとの3億6500万ドルの契約に加え、アルバレスが所属する「ゴールデンボーイ・プロモーションズ」とも契約し、他のトップボクサーたちの試合の放映権を獲得した。
「ジョン・スキッパーから連絡をもらうまで、DAZNなんて知らなかった」と、ゴールデンボーイの共同設立者オスカー・デ・ラ・ホーヤは明かす。
DAZNとゴールデンボーイの契約が締結される少し前、ケーブルテレビ局HBOは2019年からボクシング中継を放送しない方針を発表していた。「当時、かなり切羽詰まっていたのは事実だ」と、デ・ラ・ホーヤは認める。DAZNとの交渉で、スキッパーはいくら出せば、アルバレスと契約できるかと聞いてきたという。
「私が額を提示すると、彼(スキッパー)はまばたきしなかった」と、デ・ラ・ホーヤは振り返る。「私がジョンの中に見たのは、野心と少しの復讐心だった。彼が『私たちはESPNと戦いたいんだ』と言い、私は『もちろんだ』と返した」

ボクシングと野球に20億ドル

スキッパーのESPN時代の元同僚によれば、スキッパーは辞任時のディズニーの対応に傷ついていたという。長年貢献したにもかかわらず、「さようなら、今後の検討を祈る」程度で送り出されたことに納得できない様子だったという。ディズニーはこの件に関し、コメントを拒んだ。
スキッパー自身は現在、ディズニーに対する恨みはないと話す。それよりDAZNに集中したいと。「スポーツの世界での長年の経験で得たものがあるとすれば、自分が楽しめることをやったほうがいいし、それを前向きな理由でやったほうがいい」
スキッパーいわく、DAZNは入手可能なスポーツコンテンツはすべて競り落としていく覚悟だ。アメリカのプロリーグはそのうち、オンラインメディアだけを対象にした独占放映権を売り出していくと、スキッパーは見ている。
11月、DAZNはMLBのナイトゲームを2019年シーズンから中継する3年契約を3億ドルで締結した。米市場でDAZNがボクシングと野球に投じた額は約20億ドルに上り、さらに数十億ドルを費やす準備があるという。
その資金を確保するために、パフォームは社名をDAZNグループに改名し、ストリーミングサービスとデジタルスポーツエージェンシーに分割する組織改編を行った。後者は売却を検討中だ。
長期的にみれば、DAZNの成功はサービス加入者から得られる収入が放映権獲得のために払う支出を上回ることにかかっている。
英規制当局に提出された書類によれば、パフォームは2017年、2億7500万ドル近い営業損失を出している。DAZNの支出が主な要因だが、これはまだアメリカでのサービス開始に伴うコストが計上される前の数字だ。
同社は加入者数を公表していないが、日本ではすでに100万人に達していると、スキッパーは言う。日本での料金はドルに換算すると月額約15ドル。つまり、約1億8000万ドルの売上高があることになる。新しい市場では、4~5年以内に利益を出せるようになることが目標だと、スキッパーは言う。
現時点で、DAZNに最も近いライバルは、英国に本社を置く定額ストリーミングサービス「イレブンスポーツ・ネットワーク」だ。英国やアメリカなど11か国で、主にサッカーやモータースポーツ、格闘技を提供している。
だが同社は、ブラバトニックのような豊富な資金力がない。12月、ニーズの低さから英国でのサービスを停止する可能性が報じられた後、スペインとイタリアのサッカーリーグとの契約について再交渉に努めていると発表した。
DAZNが本当に懸念しているのは、大手競合の動きだ。ディズニーは、インドや中南米、アジアのチャンネルを含む「21世紀フォックス」を710億ドルで買収した。
テック大手がスポーツ市場に本格参入してくる脅威もある。アマゾンまたはフェイスブックがホームランを狙う覚悟を決めたら、ブラバトニックの資金力でも十分ではないかもしれない。

過去に戻れたとしても「戻らない」

12月15日、アルバレスはマディソン・スクエア・ガーデンのリングで、3回TKO勝ちでフィールディングを倒した。スキッパーがコカイン問題でESPNを去ってから、ほぼ1年目という日だった。
観客の中には俳優ブルース・ウィリスや元プロテニス選手ジョン・マッケンローの姿も見えたが、スキッパーはいなかった。腰痛のためにビッグマッチを家から観戦していたのだ。あまり自分を追い込まないことが、スキッパーの仕事に対する新しい姿勢である。
ESPNではすべての挑戦に全力で向かっていたと、スキッパーは語る。「ただがむしゃらに働き、ずっと働きづめだった」。あのスキャンダルがなかったら、おそらくそのまま走り続けていただろう。
「立ち止まる賢明さはなかったと思う。ESPNの社長であることはとても楽しかったから。でも変化が訪れ、しばらく働かない時間ができたのはたのは私にとって良かった」
今は以前より運動をして食事にも気を使っているという。体重は13キロ以上落ちた。仕事も細部まですべてを把握しようとせず、人に任せるようになった。
「1日の中に少しの空き時間を作って、自転車で公園に行ったりするようにしている。セラピーでよく話すのは、マインドフルについて。自分が今やっていることに意識を向けることが大事なんだ。以前は、自分がやっていることなんてほとんど意識していなかった」
ESPN時代のスキッパーのある友人によれば、スキッパーは辞任後、「自分のESPNでの人生は孤独だった」と漏らしていたという。だから、ESPNを去ったことは、きまり悪い退任劇ではあったけれど、スキッパーにとって神の恵みなのかもしれないと、この友人は言う。「今の彼は、私が知るなかで一番幸せそうだ」
再出発は私生活に対する内省ももたらした。スキッパーは11月、39年間連れ育った妻と離婚した。
当時の厳しい状況について、「誰もあんな目に遭ってほしくない」とスキッパーは話す。自分の問題のせいで元妻や2人の息子たちが苦しんだこと、ESPNの混乱、世間の目にさらされた日々──できることならすべて起きてほしくなかったと、スキッパーは言う。
それでも今の彼は満たされているように見える。スキッパーは、もし誰かに「過去に戻ってやり直せるのなら、一からやり直したいか?」と聞かれたら、こう答えると言う。「いいや、戻らない。災い転じて福となったから」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Ira Boudway記者、翻訳:中村エマ、写真:©2019 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.