【独占】ロックスターMIYAVI、「世界完全進出」を語る
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昨年末に『ギャングース』という映画を観ましたが、詐欺グループのオーナーを演じるMIYAVIさんの「ただならぬ」存在感にただただ目がくぎ付けでした。
実際にお会いすると、パッションと冷静沈着が同居しているような佇まい。こちらの質問を受けてから、必ず一拍おいて考えて、ごまかしのない答えを返してくださる様子は、まさにまっすぐな「サムライ」を思わせるものでした。
「焦燥感」や「アウェイ感」が前へ前へと進む原動力になっていると語るMIYAVIさん。一度きりの人生をどう生きるか、自分に問い直したくなるインタビューです。「通訳がいれば会話はできる。細かいニュアンスも伝えられる」
「でも、会話のグルーヴがなくなる」
「会話とは人と人の感情を言葉に乗せたジャム・セッションだ」
AI翻訳で語学習得不要論も叫ばれる中で腑に落ちる学習必要論。「会話のグルーヴがなくなる」というのは表現が極めてミュージシャン。社会貢献も含めて何事も美学を感じる人。
日本を本格的に離れるとのこと。30代後半となるといよいよ何かを「固め」に入る年代のような気が従来はしていましたが最近の人生100年時代においては違うのでしょう。本能的に肌感覚的にそう感じる人が多いのかも。とは言え創造的破壊でぶち壊しにいこうとするのはなかなかできることではないと思います。注目。全体を俯瞰する視点というものをいかに体得したのか、あるいは体得した結果どのように感じるのか、といった表現そのものにMIYAVIさんのアーティストとしての矜持を感じます。
”自分が小さい頃、兵庫県の田舎で過ごしていたときに、ここで自分が一番になったとしても、それが何になるんだろうと思っていた。それは、日本でオリコンの上位に入って、周りから意識されるようになったときにも感じたことなんですけど。
決してそれが無意味だと言っているわけではなくて、「果たして、自分の役目はそこなのかな」と。
魂……というと大げさですし、こんなことを小さい頃から思っていたわけじゃないですけど、自分が本当にやるべきこと、自分の魂が求めていることがあるのに、自分の側(ガワ)、つまり身体やフィジカルの部分がそれを止めちゃいけない。”
抽象的には同じようなことを多くの人が語っていますが、その表現に固有なものがあるからこそ、個々人の才覚や資質が有機的に現れていくのだと感じさせられます。