人間拡張ブーム再来。脳はテクノロジーで拡張できるのか

2018/12/26
「人間拡張」という言葉自体は新しくはなく、過去に何度か大きなブームが起きている。今、超高齢化社会という社会課題の解決手段として、テクノロジーの進化とともに本格的な「人間拡張」の市場が創造されようとしている。EYでは、グローバル規模で様々なマクロのトレンドを分析した「EYメガトレンドレポート」を発表。その中で人間拡張の大きな可能性について言及している。「EYメガトレンドレポート」で人間拡張の寄稿をしているEYアドバイザリー・アンド・コンサルティング アソシエートパートナーの園田展人氏に話を聞いた。
キヤノン株式会社、株式会社日本総合研究所を経て、現職。大手企業に対するデジタル戦略及びイノベーションを支援する。また、政府機関に対して、科学技術政策・産業政策の提言を手掛ける。主要著書に『人工知能の未来』『IoTの未来』『ロボットの未来』『自動運転の未来』『VR・AR・MRビジネス最前線』(全て日経BP)などがある。

メガトレンドの最先端を行く「人間拡張」

人間拡張という概念自体は昔からあり、古くは顕微鏡・望遠鏡が発明された17世紀くらいから使われてきました。過去に何度かブームを迎えてきた人間拡張ですが、これまでにない規模でフィーチャーされているのが今です。 
その理由は人口動態の急激な変化にあります。特に日本は世界の主要国で最もそのスピードが早く、2050年には生産年齢人口比率が全体の50%まで急激に落ち込むと予測されています。
 この急激な変化への対応には、生産年齢人口比率をどう増やすか、一人あたりの生産性をどう向上させるかの2つを考える必要があります。前者は、女性や高齢者などがもっと働ける環境をつくることで増やすことができますが、この急激な落ち込みは、制度改革だけでは対応しきれません。
 したがって、もうひとつの生産性の向上こそが、社会的にも取り組むべき大きな課題となってきています。これを実現するのが、「無人化」と「超人化」です。ご存知の通り、無人化は様々なテクノロジーによって、企業への導入も進んできていますが、これからは超人化、つまり人間が本来持っている能力以上の力を発揮できるようにテクノロジーを活用し、さらに生産性を高めていく必要があります。
 これまでとは桁違いのテクノロジーによって超人化を実現する。産業革命は身体機能の人間拡張によって実現しましたが、これからの新しい革命は、脳機能をもテクノロジーによって拡張していく時代となります。

人間拡張のベクトルが軍事の米国、社会課題の日本・ヨーロッパ

 世界的な人間拡張の研究では、米国と日本・ヨーロッパで方向性が大きく違います。米国は軍事研究の分野が進んでおり、例えば、兵士の脳にチップを埋め込んで脳に直接指令を与えたり、脳波で機械を操作するなど、世界でも最先端の研究が行われています。
 米国とは対照的な日本やヨーロッパでは、社会的課題を解決するための手段として人間拡張が進んでいます。
 ヨーロッパでは、義手や義足、車椅子など医療技術が高度化。障がい者が最先端のロボット工学を使った義手や義足などハイテク補助装置を使って競技を競う国際大会「サイバスロン」なども行われています。
 一方、日本の人間拡張研究の特徴は、健常者も含めた身体機能の拡張、つまり「超人化」を推進していることにあります。その、わかりやすい例が「超人スポーツ」でしょう。これは人間拡張の技術を使って、人間の能力を増強。それらを用いた人間が技を競い合うイベントです。
超人スポーツの1つ「バブルジャンパー(超人相撲)」。
写真提供:AXEREAL株式会社 / 一般社団法人 超人スポーツ協会
 例えば、「バブルジャンパー(超人相撲)」では、子どもと大人といった体力に大きな差があっても、互角に戦うことができます。この「超人スポーツ」は、日本が世界をリードする人間拡張技術の見本市ともいえるでしょう。

データから価値を生み出しマネタイズする

 そういう中で、日本は先行している研究開発も多く、世界をリードする大きな可能性を秘めています。ただし、問題は、それをビジネスとしてマネタイズできる仕組みが作れるかどうかにあります。
 80年代、世界経済を牽引していた日本。以前はモノづくりを追求していればビジネスの成功に結びついていましたが、時代の変化に取り残されて、次々とパイを失っているのが現状です。
  ビジネスの中心がモノづくりからソフトウェア・サービスに移ってきました。そしてこれからは、モノからデータを取得し、そのデータから価値を生み出し、いかにサービスとして提供するかに変わってきています。
 例えば、製造業のリーディングカンパニーたち、欧米のGEやSiemensだけに限らず、日本でもコマツやファナックなどが、あらゆる機器・装置・設備をデータ・サービス武装させ、モノ売りでなく、サービス売りのビジネスに挑戦しています。
 一方で、ITジャイアンツも負けてはいません。彼らの対象とする領域はサイバーだけでなく、リアルにまで広がってきました。世界の巨大企業となったグーグルはネットの世界から飛び出し、自動運転といったリアル世界でのビジネスを真剣に検討しています。こういった動きは、モノが存在するリアル世界でのデータ利活用が、今後のビジネスの成否を決める鍵であることを象徴しています。
 人間拡張はリアル世界をさらに拡張します。つまり、これはデータを収集できる空間が、さらに拡大することを意味します。ここに新たなマーケットが生まれるでしょう。研究開発と同時に、私たちは人間拡張空間で、どのようにマネタイズができるかを同時に考える必要があります。

技術者、投資家、実業家で未来のビジネスを描く

 しかし、日本は先に述べた先進的な企業を除くと、データ・サービス化のゲームルールチェンジにほとんど追いついていません。さらに問題なのが、日本の産業界が人間拡張技術のマネタイズにほとんど関心を向けていないことにあります。残念ながら、一部の企業を除き、今はまだ、その必要性を産業界に啓蒙する段階にとどまっています。
 この現状を打破するには、資本力のある大企業が積極的に動くことが重要です。過去の成功体験に縛られていては、時流を見据えた新たなチャレンジに踏み出せない可能性があります。
 過去の呪縛にとらわれない若い世代が大企業で早急にリーダーシップを発揮できるような環境づくりに、一刻も早く取り組む必要があります。さらには、ビジネスの規模にこだわるのではなく、小さなビジネスを多産多死させていく中で、成功事例をつくるというやり方に変えていくことも大切です。経営層には発想の転換と同時に、忍耐力も求められます。

超高齢化社会が人間拡張のトリガーに

 人間拡張の技術をマネタイズするためには、研究開発を追求する研究者・技術者だけではなく、技術がわかる投資家、そしてビジネスモデルが描ける企業家の三者がスクラムを組み、人間拡張を産業的側面から強力に推し進めていくことが大切です。
 これまで日本は、高い技術があるにもかかわらず、マネタイズができずにほかの国にビジネスを持っていかれてしまうということを繰り返してきました。 
 しかし、日本には世界に先駆けて超高齢化社会を迎えるという、人間拡張ビジネスを推進する強力なトリガーがあります。そのトリガーと日本の先進的研究開発を武器とし、いかにマネタイズモデルを構築していくか。それこそが日本が勝ち残る戦略となっていきます。
(編集:久川桃子 構成:工藤千秋 撮影:稲垣純也 デザイン:國弘朋佳)