あなたはなぜ、ルーベンスの絵に感動できないのか? 間違いだらけの日本人の西洋絵画の見方
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これはちょうど最近理解した見解。
上手いのは当たり前、音楽でもそう。
表現だけが先行してるものも世の中には多いし。
見た目だけが先行してるものも多い。
そりゃどっちも揃ってる方が感動も大きいに決まってる。
注目のコメント
大学生になってたまたま現代アートに出会うまでは、美術は毛嫌いしてた理由がまさにこれでした。
絵画は美しいものでそれがわからないなら感性を磨かなくてはいけない、的な。
あまりに曖昧模糊としていてあまりに主観的な気がして、そのゲームに興味が持てなかった。そもそも美的感覚に鈍かったのが根源かもですが笑
でも大学で現代アートにでくわしてから
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「感性」は必要ありません。むしろ、「理性」で名画の持つ意味を読み解くのです。
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という見方をしり、いきなり興味が湧いてきた。
そんな出会いでした。
この記事で語られていることは、
感性で評価できたり美的感覚で楽しめる人は素晴らしいですが、そうでない人も美術と向き合えるツールとして、広めていきたい概念です。興味深い反面、難しくもあります。先日、江戸千家次期家元の川上博之さんと下記のような対談をしました(主宰サイト「若者の哲学」に全文を掲載中)。まさに通底する問いだと思います。
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川上:結果的には、知識が増えて体系的なものの見方も身につけたのですが、いまの自分が見たら大したことがないと思える器に、昔の自分はすごく感動していた。そっちの方が幸せだったのかもしれないなって。
野村:よくわかります。歴史的背景や社会的文脈、権威に引っ張られてしまう部分はどうしてもあって。他方で、そういったものがそのように認められているのにも理由があるはずなので、5年、10年と乗っかってみてもいいのかもしれない。でも、自分として幸せかどうかと問うてみると、シンプルに「これいいな」と思える方がハッピーではあるように思います。
川上:何年か前にビートルズの誰かが書いた手紙がオークションに出されて、もちろん高額で落札されました。ストーリーを大事にすることもいいと思うし、僕自身もストーリーと抱き合わせで何かを鑑賞することはたくさんあるのですが、本当にこれでいいのかな、と思いもします。野村さんが今かけているメガネの広告に職人のストーリーが描かれていたとして、それを味わうのは、どうなんだろうかと。そのメガネを買ってかければそのストーリーの温もりを感じられると思うのですが、果たして目の前になんのストーリー提示もなくポンとそのメガネを出されて、ピュアにそのメガネを感じることができるのか。
野村:これは資本主義そのものの話ですよね。ネットショッピングなんかは顕著で、機能性の話はあるにせよ、ブランドロゴの入ったシャツを買うときの話に近い。だからこそそれに対置される形で、味覚、嗅覚、雰囲気というか空間を包括的に共有・体感できる茶道にできること、茶道にしかできないこと、という議論に直結していくと思います。もちろん、守破離の話にも通ずる。
川上:自分で茶事をやるときも、知識ゼロでも楽しんでもらえるか、ということは重視しています。
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https://www.philosophyofyouths.com/kawakamihiroyuki1背景を知って理解するアプローチもあれば
自分の好き嫌いであゆみよるアプローチもあってよい。
歳を重ねると絵や美と向き合う向き合い方や時間のかけ方も変わってきます。
その時自分が取れる鑑賞方法が選択肢にある事が大事ですね。