人の心なんて教育できるものではない
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そう!ずっと引っかかってたんです。「きめ細かな指導」「道徳で心の教育」という響きの気持ち悪さ。
(文中抜粋)
心の教育なんて出来るわけない。誰かを嫌いだと思うのは「内心の自由」心の中で相手を嫌いだと思うのは自由だけど、それを口に出したり行動に移したりはしない。これが「行動の教育」子どもたちはあくまでも行動を学べばいいのであって、心の中で嫌いだと思うのはしかたがない。義務教育の「きめ細かな指導」という言葉のもとに、あれやこれやと丁寧に大人が面倒を見すぎている。しかし、手をかければかけるほど生徒は自分で考えることをやめてしまう。子どもたちのためによかれと思ってやっていることが、実はまったくそうなっていない。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180904-00010003-wedge-soci心の教育って大切と言えば殆どの人は、そうと思う。
そんな中
「人の心なんて教育できるものではない」という対談。
自分の心も分からず思い通りにならない大人が
「何を思い感じるか」を子供に教育するなんて、確かに…と思ってしまいました。
嫌いなら嫌いでいい。人にある「内心の自由」についても。
「フィンランドやオランダがなければ比較対象もないし、幸せなんじゃないの?」にも、ハッと。
違う世界を知るという事と、比較対象にする事は違うんだろうなと。
先生でなくとも親も教育者。本質を問いながら、疑問を問いながらいきたい。自分にできないことがわかっているひとの言葉は相手に届きます。できないことがわかっているからやらないのではなく、それならばいったいどこまでならできるのかを必死に考えているのです。いろんなことを考えさせられる対談でした。