横浜で実験開始。「電子地域通貨×プロ野球」が創る価値

2018/8/28
プロ野球の2018年シーズンが佳境に差し掛かるなか、各球団の観客動員が好調だ。
1試合平均の入場者は2万9812人で(8月26日時点)、昨年(2万9300人)をやや上回っている。特にここ10年、各球団がビジネス面に力を入れて球場の各種サービスが充実したこともあり、多くのファンが詰めかけるようになった。
一方、スタジアムではなかなか変わらない光景もある。
ビールの売り子が1000円札の束を指に挟んで売り歩く姿が象徴的なように、球場でグッズや飲食品を購入する際、現金決済が主流のままだ。現金払いを好むファンが多い一方、スイカやクイックペイなどのICカードリーダーを置いていない店舗も少なくない。
横浜スタジアムの場合、グッズや飲食で電子決済されるのは全体の約1割にすぎないという。
駅の改札では誰もがICカードやスマホをかざして通過し、アメリカやヨーロッパのスタジアム、アミューズメントパークでは入場から飲食品の購入まで電子決済が取り入れられるところもあるなか、なぜ日本の球場の環境はなかなか変わらないのか。
ベイスターズの執行役員で、事業本部長の木村洋太氏はこう説明する。
「なかには電子化することで不便になる方もいらっしゃると思います。例えば、法人の年間席ホルダーの方。紙のチケットを束で持っていて、試合ごとに切って取引先に渡したりしています。これが例えばスマホのカードになった場合、法人契約されている方にとって本来使いたい方法で使えるのか。そうした課題もあります。日本の場合、チケットをコンビニで受け取れるので、そんなに不便を感じていない方も少なくないのではないでしょうか」
プロ野球のスタジアムでは現金決済がほとんどだが、電子決済のメリットはファン、球団ともに大きい。そして球場の枠を超えて、近隣地域を活性化できる可能性もある。
そう考えるベイスターズが現在、「BAYSTARS Sports Accelerator」の第1弾としてギフティとともに進めているのが、横浜スタジアムなどで利用できる電子地域通貨「BAYSTARS Coin」(仮)の開発だ。

電子地域通貨で離島を活性化

今回、ギフティとともに「BAYSTARS Coin」を開発することになった背景には、横浜スポーツタウン構想がある。木村氏が語る。
「ベイスターズの商圏はほぼ横浜スタジアムのみですが、関内を中心に広げていきたいと考えています。横浜スタジアムで飲食品やグッズを購入されたお客様が試合を楽しんだ後、『同じ電子地域通貨を使えるところだから』と近隣のレストランなどに足を運んでいただければ、横浜の街全体を盛り上げていくことができます」
一方、「人と人、企業、まちをつないでいく」と理念を掲げるギフティは、2016年から長崎県の壱岐市や五島市といった離島のレストランや土産物屋など700店舗で電子地域通貨サービスを行っており、地方を活性化させてきた実績がある。島外から来た観光客を対象とした「しまとく通貨」はもともと紙で発行されていて、ギフティは自治体から電子化を依頼された。
ITやスマートフォンに馴染みのない高齢者も少なくないなか、ギフティのサービスではスマホの画面に電子スタンプを押すだけで決済が可能だ。判子を押すようなイメージで、離島の高齢者たちもすんなり受け入れることができたという。
ICカードリーダーと異なり、電子スタンプならコンセントから電源をとる必要がないため、球場でビールの売り子が電子決済に使うことも可能だ。

コスト削減、プレミアムの魅力

しまとく通貨が紙から電子化された結果、最大の効果と言えるのがコスト面だ。ギフティの太田睦代表取締役が説明する。
「間接コストを含め、コストが約半分になりました。以前は各加盟店さんが1万円ごとに利用された日付と加盟店の情報を書き、1000円分の紙を10枚ずつ束ねて換金請求書を起こし、まとめて商工会議所に持っていくというフローがありました。それを離島から本島に船で運び、長崎県の施設でもう1度数え直す。そして手数料などが差し引かれ、加盟店に振り込まれます。それが700店舗分。3年で100億円くらいの流通があったので、結構な手間がかかっていました」
「それを電子決済の仕組み化することで、加盟店で電子スタンプが押された瞬間、誰がどこでいくら使ったのかわかるので集計の手間がなくなりました。紙のときは誰がどこで使ったかがわかりませんでしたが、電子化された後は業種、利用金額、利用された店の順番までわかるので、データとして非常に有効です」
しまとく通貨が観光客の間でよく流通しているのは、20%のプレミアムも大きい。これには国から過疎化地域への予算である「過疎債」があてられ、しまとく通貨を1万円分購入した場合、1万2000円分の買い物をすることができる。
「BAYSTARS Coin」がファンの間でより多く使われるためには、こうしたインセンティブも重要になるだろう。その内容は協議中だというが、「うちのレストランで食事をし、電子地域通貨で決済してくれたらドリンク1杯無料にしますなど、お店側に特典を用意してもらう方法もあります」(太田氏)。

球場を越え、街に価値創出

ファンが電子地域通貨を購入する際、どこまで情報入力を求めるかによって球団が提供できるサービスは変わってくる。木村氏が語る。
「例えばベイチケ(ベイスターズのチケットサービス)やファンクラブの会員IDと紐づけて、マーケティング的にうまく活用し、店舗が求めているお客様を誘客することもできると思います。お客様にとっても、自分に合ったリコメンドが来るというメリットになり得ます」
「一方、入力の手間を少なくし、ライト会員のような形でもっと気軽に使う方法も考えられます。両方の選択肢を用意し、例えばベイチケと紐づければインセンティブがつくといった特典をつけて、ライト会員と差別化するやり方もあります。どちらがいいか、お客様自身に選んでもらってもいいのかなと個人的には思っています」
ここ10年の間にプロ野球ビジネスが長足の進歩を遂げたのは、CRM(顧客関係性マネジメント)の導入が大きいとされている。ベイスターズが開発検討する電子地域通貨は、CRMをさらに深化させると同時に、ファンが受けられるサービスは球場の枠を越えて街に飛び出していく。
そうなったとき、プロ野球が創出する魅力は格段に膨れ上がるはずだ。
(写真:©YDB)