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子どもの勉強には、 本質的な部分にたどり着くために、 非本質的な部分からアプローチする

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    テレビ東京 演出・プロデューサー

    職業柄かもしれませんが、割とゼロイチで番組を作っていく優秀とされる人たちの机の上は…決してピシッとてない人が多々。
    メモもとんでもない殴り書き。
    ただ、文字や絵での構成力を考えると企画書やカット割りは見やすく工夫するので、ただ汚い訳ではない。

    子供も、文字の練習のプリントを書くときは、かなりキレイに書きますが、日記や物語を書いたりしていると、取り憑かれたように書き続けとんでもない字に…。
    先生に聞いたら「人に見せる、形そのものにこだわっている時」と「考えながら頭の中で別のものを創作している時」は違う頭の使い方をしているから問題ないと。

    整理整頓、文字のキレイさは、そうであった方が印象もよく(幼少期か小学校は評価にも直結)、モノを探し回ったりする無駄な時間も省けるので、それに越した事はないけど、一概に頭の良さのリンクとは言えないなと思います。
    (といいつつ、はやりキレイに書こう、片付けようは言います)


  • 某会社 平社員

    勉強できる=頭のいい子とは思わない。

    NPは、極論に傾きすぎることもある。
    勉強が全く持っていらないかと言われるとわからないが、
    義務教育や大学教育、高校教育を見直すタイミングがきているのは間違いない。

    詰め込み型では、人間がPCやスマホに勝てるわけではない。
    だけど、最近思うのは、そもそも知らなければ選択の余地にすら上がらない。
    ググればというが、ぐぐれるのはあくまで知っていることの延長にすぎないから。


  • エネルギー関係

    >> 本質的な部分にたどり着くために、非本質的な部分からアプローチする。つまり「かたちから入る」ことは、勉強をする側にも教える側にも、取り組みやすく効果的な手法なのです。

    ノートをキレイに取る子は、それ自体が目的になって成績が良くない論をよく見る。しかし真逆の、ノートをキレイに取ることに楽しみを感じ、それが成績アップに繋がる論の方がおもしろい。楽しむという一見非本質なアプローチが重要なのかも。


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