「歴史に学ぶくらいならワンピース読もう」日本史学者・呉座勇一の警告 SNSで陰謀論「これはまずい」
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注目のコメント
私たちは勝者は勝つべくして勝ち、敗者は負けるべくして負けたという後講釈の「物語」を間に受け、過大な教訓をそこから学ぼうとしがちです。
更に自らの価値観を歴史に投影し、物語を創作することもしばしば行います。
個人的にはそれはそれで歴史の二次創作ものみたいな気がして好きですし、(強引に言えばワンピースの登場人物だって、大抵カリブの有名どころの海賊からとっているので、ある種の二次創作と言えます)歴史学者でもなんでもない我々にとって、面白くもなんともない史実の羅列よりよっぽど魅力があり、又そこには誇張されたとは言え真実のエッセンスが含まれていることもしばしばです。
歴史とは一握りの学者のためのものではないので、それはそれで良いのだと私は思います。
ただ厄介なのは、そこにある種の思想や政治的プロパガンダが混ざってきた場合です。
国家や民族、あるいはその他の様々な体制にしろ、歴史を一つのエビデンスとする、ある種のフィクションによって成り立っていることが多いため、厳密に言えば歴史の中から、その要素を除くことは不可能です。
したがって、それはそれとしてそうした「成分」を自分の手でフィルタリングするスキルも必要な時代だと言えるでしょう。
逆にそういうスキルがついてくると、ネット時代は、歴史好きにとっては素晴らしく楽しい時代だと思いますね。「それを求めるなら、ぜひ『ワンピース』や『スラムダンク』などの素晴らしいフィクションでどうぞ。歴史を『物語化』するのは全くお勧めしません」
こんな人どうでもよかったけど、物語(歴史小説)の領域に踏み込んでくるなら勝負してやる。
誰もが陰謀論なんて話半分で聞いている。
歴史小説だって同じだろう。
つまり楽しんでいるだけだ。
史実の外護者の顔をして、物語をつぶそうとする発言は許さない。
それなりの雑誌がリングを整えてくれたら、対談する用意はある。>「ビジネス書には『信長のようにビジョンを持て』などという話がよく登場しますが、ビジョンを持てばうまくいくというのは少し違う」
>「むしろ、見通しが外れたときにどう軌道修正していくかというほうが大切だし、そういう危機管理能力に注目したほうが、現代を生きる上で役立つのではないでしょうか。そこから『起死回生の一策』が生まれることもある。ただそれも、うまくいくかどうかというのは結果論によるところが大きいと思います」
うんうん。我らが雀鬼・桜井章一もこう言っています。
“勝負の世界で、「勝つ」とか「強い」とか「運がある」というのはどういうことかと言えば、変化に強いことである。”