脳を活性化し、パフォーマンスを上げるランニングとは

2018/7/31
ランニングの楽しさに目覚め、休日はもちろん、出張先で知らない街を走ったり、仕事前や仕事後に走り始めるビジネスパーソンが増えている。タウンユースにも使えるスタイリッシュなランニングシューズの存在も、人気を牽引する一端だ。また、日々決断やクリエイティビティを求められる経営者にランニング愛好家が多いことからも、走ることが脳の活性化に繋がるのではないかと言われている。

ランニングは人間の脳にどのように作用するのか。果たしてランニングとビジネスコンディションに相関関係はあるのか、脳研究者である東京大学教授の池谷裕二氏に聞いた。

ランニングが脳を活性化する、その有用性とは

まず、最初にお伝えしておくと、私は走ることが大嫌いです。あんなカラダに悪いもの、ぐらい思っています。
それでも「ランニングが脳を活性化する」というエビデンスはたくさんありますし、その有用性も認めざるを得ません。
脳というのは、もともと未来に備えるために発達してきました。過去のデータを元に、将来起こることにどうやって対応するか、事前に準備をするために脳があるのです。
そう考えると、空間を移動するというのは、すごく原始的で最も忠実な脳の使い方なんです。
例えば、私が扉を開けて部屋を出て、エレベーターに乗るとしましょう。これは日常の動作の一環ですから、意識の上では私はほぼ何も考えずに自然と行動しています。
その程度の行為ですら、脳はどの道を通って、どこまで行くか、無意識のうちにスケールをシミュレーションして、ルートのプランニングをしているんです。
実はこの脳のプレディクティブ(予測的)な働きと、移動することでの空間学習が海馬を活性化させていると考えられます。

せっかく走るのであれば屋外を

空間学習というのは、地図の学習だと思ってください。いつも同じコースを走るのは復習のようなものです。
もちろん海馬は活性化されますが、毎回違うルートにしたり、初めての道を走るほうが、脳に新しい地図が加わって、より海馬が活性化されます。
せっかく走るなら、室内トレッドミルよりは屋外のほうがいいし、同じコースや周回コースを走るなら、初めての道を選ぶことをおすすめします。
例えば河川敷のような同じコースしか走れないという人は、出発点は同じでも今日は北から南、明日は南から北など、方向を変えるだけで違います。マンネリを避けてあげることが大切なんです。
(写真:アディダス)
またランニングをすると、神経細胞に情報伝達をするシナプスが増えるということも分かっています。以前は細胞の数が増えると思われていたんですが、実は細胞の数は変わらず、配線が綿密になっていたんです。
配線の数が増えるということは、全体のボリュームが大きくなって海馬の体積も大きくなるということ。これもランニングが脳を活性化するといわれるひとつの要因です。
海馬を活性化させるだけなら5分走るだけでOK。ただし、シナプスが綿密になって海馬が大きくなるには1~3カ月くらいかかるでしょう。

「ランニングが知能を高める」の根拠とは

これはランニングに限らないのですが、有酸素運動をすると、「BDNF(Brain-derived neurotrophic factor)=脳由来神経栄養因子」という物質も増えます。
この物質が増えると神経細胞の活性が高まったり、血管が新しくできて、脳の血流が良くなり、脳の隅々まで血液が行きわたるようになる。
これもランニングが知能を高めると言われるひとつの理由でしょう。
こうした脳の器質的な変化は、人によっては社交性を高める効果があるということも分かっています。ただ、単純に脳の物理的な変化だけではなく、社会的な効果もあります。
一緒に走ったり、ランニングの話題で盛り上がったり……ランニングがコミュニケーションツールになるという効果も広く含めれば、ランニングは多くの人に有効なのではないでしょうか。
ほかにもうつ病の予防効果やリラックス・安眠につながることも知られていて、セラピーに取り入れている病院などもあります。
大人はさすがに無理ですが、子供ならばIQが上がるということも分かっています。脳とランニングの相関関係はすべてが解明されたわけではありませんが、少なくとも脳を活性化することだけは間違いありません。
もうひとつビジネスパーソンにとっては、基礎体力をつけられるというのも重要です。よく日中眠くなったり、午後になるとぐったりしている人がいますが、こういう人はランニングで基礎体力をつければよいのです。
基礎体力とは「余剰力」ということ。できる人ほど大きな仕事を任せられたり、急に仕事が舞い込んできますが、余剰力があれば、根をつめられるし、アグレッシブに動くことができる。
逆に、日常生活だけでいっぱいいっぱいの人には余剰力がないから、日常業務以上の仕事も任せられなくなる。

「やる気」を待つべからず。まずは走り出そう

脳を活性化するためには、同じ時間に走るほうがいいでしょう。脳にとって24時間のリズムはすごく大切なんですね。毎日同じ時間に起きて、同じ時間に食事して、同じ時間に寝る。そして、走るのもいつも同じ時間。
「今日は少し朝早く起きたから」とか「仕事が忙しかったから夜」みたいな走り方は、脳の活性においてはあまり効率的ではないんですね。
もうひとつ同じ時間に走るメリットがあります。それは走りをルーティン化できるということ。
よく「やる気ってどうしたら出るんですかね」なんて、よく分からない質問をしてくる人がいます。
多くの人は、やる気というのは行動を起こす原因だと勘違いしています。
実は、やる気は行動の原因ではなく「結果」です。だからやり始めない限り、やる気はでません。
やる気が出たから走るというのはダメで、まずその日走り始めることが大切なんです。そうすると走りながら「じゃあ、もっと走ろうかな」と思ったりする。これがモチベーションなんです。
これは学校の成績をおいても同じです。モチベーションを待っている人は、できない人。できる人ほどシステムに従います。時間が来たから始めるとか。
「やる気」という単語は、できない人によって創作された言い逃れのための方便です(笑)。
やる気は待つだけ無駄。とりあえず走ってみる、これが大切です。
だから同じ時間に走れれば、朝走ろうが、夜走ろうがどうでもいい。
ただ、起きたばかりというのは、まだ脳が少々寝ぼけていて、フル稼働していない状態です。朝、仕事をするとすごく捗った気になりますが、あれは脳のキャパシティが小さいから、充実感を生み出すのも簡単なのです。すぐにいっぱいになって飽和するから。
夕方になって振り返ってみたら「これだけだったの?」って思ったことありませんか? そう考えると、キャパシティが小さい時間を無理にタスクで埋めるよりは、走って脳を活性化させた方がいいかもしれないですね。
また、これから走り始めようという人は、格好いいシューズを買ったり、形から入るというのもすごく大切です。

脳にだまされてケガをしないために

ここまで読んで“ランニングはいいことばかりだ”と思うかもしれませんが、あえて僕はそんなことないと言いたい(笑)。だって膝や筋肉にはものすごく負担がかかっていますから。
アディダス「ウルトラブースト」シリーズはミッドソールの「軽量性」「反発性」「クッション性」に重きを置き、膝や筋肉に負担がかからない配慮が
生物は痛いという神経が働いたとき、生存のために、痛くないという快楽神経も同時に働くようになっています。
例えば、動物がライオンに追いかけられて、しっぽを噛まれたとします。だけど痛がっていたら食べられてしまう。そこで快楽神経が働くと、本来の痛みが緩和されて逃げられるわけです。
ビールやコーヒーも同じで、初めて飲んだときは苦いだけですよね。苦みというのは本来、不快な感覚なので、それを打ち消すために、苦くないという信号も同時に出るんです。そして、あるときその作用が逆転すると、おいしく感じるようになります。
ランニングも一緒で、走っているときは筋肉や関節は傷ついて痛いはずなんです。でも痛くない神経も働いているから、走り続けられる。そして、この痛くないという快楽神経が勝ると、ランナーズハイのようなことが起こります。
逆に痛みの神経がずっと優位な人は、辛いだけでランナーズハイにはなれない。走っていて気持ちよくなれる人となれない人がいるというわけです。
ちなみに追い込むことが好きな人は、辛さを応用して、火事場のばか力を発揮できる場合があります。
ただ、そういう人は限界を超えて走りすぎてケガをしてしまう可能性も高い。脳にだまされやすい人は脚をしっかりと保護してくれるシューズを選んだ方がいいでしょうね。
(執筆:林田順子 編集:奈良岡崇子 撮影:望月孝 デザイン:國弘朋佳)