格差社会でいるくらいなら、日本は「階級社会」を目指した方がいい
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注目のコメント
最近読んだ本から.あまり実の無いコメントです.
日本にも戦前は階級がありました.階級とは身分,地位,位階などによって区分される上下の関係がある社会集団.格差と違って,一般に階級は努力で変えることはできない.明治の文明開化で近代の世界に仲間入りした日本は,天皇を頂点とする貴族社会,階級社会を作り上げた.このときモデルとなったのがイギリス.そこでは,階級によって話す言葉も違えば,学校,利用する飲食店,スポーツも違う.例えば,英国より訪日したサラリーマンを接待しようとして,日本人がゴルフに誘うと,英国人は腑に落ちない表情をするそう.なぜなら,ゴルフは庶民の楽しみで,育ちの良いエリートがするスポーツではないから.同様に彼らに好きなサッカーチームを聞いてはいけない.上流階級の人はサッカーに興味がなく,ラグビーを楽しむ.最も上流階級になるとポロや水球,ヨットを楽しむ.テニスは上流の人も楽しむ.ただし,相手を打ち負かすための競い合うテニスではない.相手と長くラリーを続けることを楽しむ.だから彼らはテニス場のことを「球戯場」と呼ぶ.天皇家がテニスを親しむのは上流階級の証である.
「天皇はなぜ生物学を研究するのか 」 https://amzn.to/2NcScYTここでいうの格差と階級の定義の違いがよくわからない。タイトルの意味もわからない。
格差が生まれるのは今に始まったことではなく、原始からそうだし、その拠り所は、時に武力だし時に経済力だったこともずっと一緒。階級とはその発生した格差の固定化(格差によるメリットを享受する者の保守意識)によって生まれるものであり、これもまた歴史が繰り返している。
日本は、太平洋戦争でそうした格差が一旦見かけ上リセットされただけで、総中流化というのは、必然である格差社会の過渡期の姿に過ぎないのでは?