時給1000円が安くて、どうして靴の1万円は高いのだろうか?
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評価と価格についてメモ「昨今「給与が安すぎる」という呟きを見るにつけ、もっと多くの人に妥当な給与が払われて欲しいなと思います。
ただその一方で、安い価格のものに価格以上のサービスを求める日本の空気感を見るに、それとなく矛盾を感じます。自分自身が値段に見合わないハイクオリティな働き方を求められている現状を嘆きつつも、自然とどこかで、値段に見合わない働きを他の誰かに求めてしまっていないでしょうか。
「自分だって安く働いているんだから、
お前らもそうするのが当たり前だろ」
そうやって負のループに入っていくと、より他人の労働に対して正しくお金う余裕が無くなり、それが結果として自分の労働にも正しくお金が払われない状況を呼び、そうやってゆるやかに首がしまっていってしまうのではないかと危惧しています(杞憂だといいのですが)。」
注目のコメント
わお、皆さまピックありがとうございます(noteもピックできるんですね)
高くても買え!という話ではなく、自分を大切にするためにもまずは人を大切にしてみては…?というご提案でした。素晴らしい視点。ぜひ読んで欲しい。
私たちMITSUBOSHI 1887が「人と素材の素敵な関係」を創る為に、「使い手と作り手がつながる」活動をしているのも、まさにこの視点を得て欲しいから。
更に言うと、僕はこの視点を使い手が持つと、その使い手にとってもお得だと思っています。自分の身の回りのモノの価値を知る/体感する価値が上がることは、日常生活を豊かにすることにつながると思うからです。
日曜の朝から勇気もらったな。頑張ろ。とても素敵な考え方だと思いますが、買い手が生産者の苦労や時給を思い浮かべながら価格を判断することはなかなか難しいし、そこが「貨幣」という媒介によって切り離されることで社会が発展してきた側面もあります。一方で社会でモノが満たされてきて中で、またネットなどのテクノロジーの発展で「コト消費」とか「ストーリー消費」という文脈で、作り手に還元されるような仕組みができつつあるのはよい流れだと思っています