【山手剛人×共同印刷】デジタル技術は買い物をどう変えるのか

2018/6/29
デジタルサイネージやVRなどテクノロジーの進化で、小売・流通業界の姿はどう変わっていくのか。オムニチャネル化するマーケティングで、変わっていくリアル店舗の意義やECの世界について、デジタルサイネージなどを推進する共同印刷の田邉憲一氏と流通業界の最新事情に詳しい山手剛人氏が議論する。
山手 印刷会社は、チラシをはじめ小売・流通業界の販促ツールを提供されてきました。だからこそ、デジタルサイネージなど、新しい販促ツールの開発にも熱心ですね。
田邉 他社の一歩先を行く斬新なメニュー開発をしなければ、という危機感がありました。全く新しい「未来の店舗」を提案しよう。その思いで発表したのが、オムニチャネルシステムとデジタルサイネージ、スマートフォンアプリを連携させた「マイ・ショッピング・コンシェルジュ®」です。
 IoTを活用して「売り場」や「売り方」という概念をゼロから見直し、そこから、全く新しい未来型のオムニチャネルをシステム化した、販売・販促ソリューションです。
 構想を発表してすぐに、ハウステンボスさまからお問い合わせをいただきました。まだサービスを販売していなかったのですが、ロボットがメインスタッフの「変なホテル」をつくるから、とにかく先進技術を取り入れたい、と。
 この「変なホテル」のメインエントランスに、当社の「多言語対応・デジタルサイネージ」が採用されました。2015年のことです。このデジタルサイネージ自体は、物販の機能は搭載せず施設案内に特化したタイプでしたが、話題性のあるホテルだったので、インパクトは大きかったですね。
 今ではハウステンボスの案内表示としてもこのデジタルサイネージが活用されています。いつ、どの施設情報が閲覧されたのかの分析も実施しました。どの言語で閲覧されたかも分かり言語別の傾向も見えてくるので、新しい施策のヒントとして活用できると考えています。
新しい顧客接点としての「売り場」
山手 小売店ではどのように使われるのでしょうか。
田邉 お客さまがデジタルサイネージに近づくと、スマートフォンとBluetoothでつながって、画面がポップアップし、タッチパネル式のデジタルサイネージとペアリング状態となります。
 おすすめや気になる商品をタッチしたり、QRコードを読み取ったりして、スマートフォンに商品情報を転送。そのままECサイトにアクセスして購入できます。
 店舗にとっては、省スペース化、少人数化、データ管理のメリットがあります。顧客のデータベースやCMSと連携し、個別のレコメンドや顧客セグメントもできる。イベントのプロモーションなど、可能性は多岐にわたります。
山手 これは、いろいろなシーンに応用ができそうですね。
田邉 多言語対応が必要な外国人や接客を好まないお客さま向けに、店舗の一角にセルフコーナーとして置くというケースも増えると思います。
リアルとオンライン、二極化する小売・流通業界
山手 最近はリアル店舗を持たない店が、ずいぶん増えています。特に新規参入業者にとっては、リアル店舗を持つ意味が薄れていますね。
 オンライン店舗は固定費などのコストがかからないので、よりスピード感を持って面白いチャレンジができる。ZOZOはその代表例です。レガシーコストを抱えるリアル店舗、身軽でスピード感のあるオンライン店舗。その二極化が加速化しています。
 同時に消費行動も変化しています。2017年の国内BtoCのECは前年比9.1%増の16.5兆円。BtoCのEC化率は5.79%と、成長傾向が続いています。  
経済産業省「平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る 基盤整備(電子商取引に関する市場調査)」調査結果より
 ECで「選ぶ」「決済する」というプロセスが加速する中で、唯一ボトルネックなのが「届ける」こと。今後、この届ける部分がクリアになれば、リアル店舗の意味がますます薄れてしまうでしょうね。
ウィンドウショッピング感覚で楽しむVR店舗
田邉 もうひとつのソリューションが、「バーチャルコマース」です。ウェブブラウザーに360度のバーチャル店舗を展開し、4000倍拡大可能なVRによって、肉眼で気軽にリアル店舗を体感できます。
 VRというと、ゴーグルをイメージする人が多いですが、エンターテインメントには向くのでしょうが、ショッピングとなるとわざわざゴーグルを用意するのは現実的ではないでしょう。
 モニターを見ながら、ウィンドウショッピングをするように店内を歩き回り、棚の商品に近づいて見ることも。商品にズームしてサイズや質感を確認したり、商品説明書の細かい文字まで読めたりなど、リアル店舗と遜色ないクオリティを体感できます。

山手 いやー、驚きました。これは、すごいですね。こんなことができたら、家のテレビがあれば、買い物はそれで十分になってしまう。
田邉 そうですね。時間がない共働きの家庭や、地方のお年寄りも時間や移動手段の制約を受けず、簡単に買い物が楽しめます。外国人が日本に旅行に来る前に、店や商品の下見をすることも可能です。
 店舗にとっては、運用が手軽なのがメリットです。ECシステムとVR空間は同一サーバーで運用、商品の入れ替えもVR店舗なら簡単です。
 プライスタグには、弊社の特許技術である二次元コード「FullScanCode」を印刷。普通のコードと違い一度に複数のコードを読み込め、商品情報を自動的にデータベース化します。
複数のコードを一度に認識できる共同印刷の「FullScanCode」を使うことで、VR店舗の中でも簡単に商品情報を認識できる
山手 実際に購入するときは、どうするのですか?
田邉 商品をタッチすると、商品情報がポップアップ。詳細をチェックして、気に入ったら購入ボタンを押せば、そのままECサイトから決済できます。
 リアル店舗がなくても、フルCGのVR空間で商品を並べることも可能です。クルマや住宅、絵画などは、フルCGのVR店舗と親和性が高いと思います。個人に合わせた具体的な提案ができ、より購入に結びつけやすくなります。
VR画面で気になる商品をタッチすると、その商品情報が立ち上がる。そのまま買い物かごに入れて、ECサイトで購入が可能だ
山手 これは大きな衝撃を受けますね。今後の可能性が頭にぐるぐると浮かんできます。IT技術の進化で、まさに未来の買い物が実現しつつある。
田邉 実物のサンプル商品とデジタルサイネージを組み合わせるパターンもあります。コスメや香水のように実物を確認したい商品向けです。
 いま、羽田空港のお店の一角で、サンプルとデジタルサイネージを設置して実証実験中です。お客さまは商品の使い心地などを実際に体験してから、デジタルサイネージから購入し、持ち帰りか、配送かを選択すればいい。店は、サンプルの補充と監視カメラを設置するくらいです。
リアルの魅力を残してこそVRが生きる
田邉 消費行動はものすごいスピードで変化しているのに、小売りの現場はまだまだアナログな会社も多いです。ですが、そここそが、変わらないとダメな部分だと思っています。ヒューマンタッチな接客など、リアルのよさは残していくべきですが。
山手 リアル感は大事。ネットスーパーは、商品の表示がカテゴリー別やおすすめ順になっているのがストレスだという声をよく聞きます。リアル店舗で買い物する動線通りに買い物ができないから、と。バーチャルコマースなら、そういう買い物のリアル感を再現できる。
 一方で、フルCGの店も可能性が無限大で、非常に興味深いです。
田邉 VR店舗は、エモーショナルな部分を訴えるのに向いている。例えばアイドルやアニメ等のコアなファンやマニア向けの商品なら、実店舗である必要はなく、仮想の店で十分です。
山手 高級な店にとっても、新しい選択肢になると思います。銀座の一等地に高い家賃を払って店を出さなくても、フルCGでゴージャスな世界観を再現すればいい。高級な絵画や家具、家電といった商品はぴったりかもしれません。展示スペースの限界も考えなくていい。
地方がVRを使ったブランド力で勝負
田邉 物理的な移動の制約がないので、地方にとってもITは武器になります。
 どこの地方も地域ブランドのMDに悩みを抱えています。それは差別化ができていないから。伝統的なものは量産が難しい。だから安く量産できるものと考えて、どこも同じような商品を展開してしまうのです。
 そうではなく、高くてもいいからオリジナリティのある質の高いものをブランド化して、ECで世界の富裕層に向けて売ればいいんです。
山手 多言語対応もバーチャルなら、国境を越えて分業化していくこともありえますね。スマホの言語設定からある程度の国籍がわかるから、インバウンド関連や観光地にとっては消費分析もしやすくなる。
田邉 リアルなVRの追求と併せて、ヒューマンタッチを残すことが大事だと思います。
 デジタルサイネージのライブチャットで海外の店員が対応したり、カリスマ店員が接客したりすることもできます。結婚や出産で退職した優秀な人たちが家にいながら、カリスマ接客をできるかもしれません。新しい働き方、まさに働き方改革ですね。
リアル店舗に残るのは食、ラウンジ、体験
山手 これからのECはリアルの代替ではなくて、新しい価値を届ける時代になってくるのではないでしょうか。
 例えば、地方の百貨店で豪華なラウンジを作って、富裕層の社交場にするというアイデアもある。そこにデジタルサイネージがあれば、通常の地方百貨店では扱っていない一流品も、ECで簡単に手に入ります。
田邉 リアル店舗に比べると、ECは導入もランニングコストも圧倒的に抑えることができます。そうなると、リアル店舗は、買うための場所と山手さんがおっしゃるようなサロンへと二極化していくと思います。
山手 リアル店舗で最終的に残るのは飲食、ラウンジ、体験の3つでしょうね。
田邉 リアルな体験をする、コトを消費する場所になっていくでしょう。
コンビニはECのショールームに変身する
田邉 次は動画から直接購入できるようになっていくと読んでいます。CMを見ていて、気に入ったものがあれば、それをタッチして購入できる。レシピ動画やメイク動画との連動も有望でしょう。
山手 デジタルサイネージやバーチャルコマースは、地方の百貨店や大型店にとっては魅力的なソリューションになっていくと思います。そこにチャレンジできるかが、生き残りの分かれ目になる。コンサルタントとしては、新たなチャンスと捉えてリデザインすることを後押ししていきたいですね。
田邉 百貨店のようなリアルな場は、もう「百貨」をそろえる必要はないかもしれません。むしろ、サロンとして高級品を売るなどホスピタリティを追求する。それが百貨店再生の足がかりになっていくのかもしれません。
山手 別の可能性としては、コンビニでの展開もありそうですね。雑誌コーナーやATMがなくなり、そこにデジタルサイネージが並ぶ、というような。
田邉 私も、コンビニはECのショールームになるのではないかと思っています。今すぐ必要なものを買うリアルなコーナー、そうでないものはデジタルサイネージで購入するという場です。商品は受け取りロッカーでピックアップ。そうなると、リアル店舗まで足を運ぶ必然性が、限られてくるでしょうね。
山手 確かに。でも、そこをリアル店舗側が悲観的に捉えすぎる必要もありません。こういった変化が今すぐ一度に起きるのではなく、長期的に見たときに店舗の役割が変わっていく、ということです。
田邉 ECがいくら進化しても、リアル店舗がなくなるということはあり得ません。リアルだからこそ体験できることがあるし、それを買う場所というニーズは残る。商品を並べて売る代わりに、飲食やホスピタリティの高い体験こそが、リアル店舗で売る価値となっていくのではないでしょうか。
(執筆:工藤千秋 撮影:北山宏一 デザイン:砂田優花 編集:久川桃子)