【核心】ベーシックインカムは、幸せを生まない
コメント
注目のコメント
これは面白すぎました。私もBIが直接的に幸せを生むシステムではないと感じますし、小さなビジネスを増やすというのはとても合意できます。
ただし、日本の場合はそうだとしてもBIに向けて舵を切らざるを得ない状況で、それは社会保障費による財政破綻の解決策としてです。アメリカや他国とは課題が異なるクリティカルなシチュエーションなわけです。この打ち手は収入改善(国民が稼げるため)になりますが、高齢化 x 医療費増大による支出の改善にはまったく繋がりません。
つまり、何か大きくゲームが変わる仕組みがないとまずいから、BIが良い打ち手になるのであって、BIのほうが幸せだから取り入れる。というわけではないのですよね。必要にかられてやる。やらなければ破綻する。だからやるべき、というのが日本のシチュエーションです。おもろー!
グラミンは「いまこの瞬間の貧困状態を即時解決する特効薬」を超低価格で販売する銀行屋ではなくて、「これから貧困に悩まなくて済む体質をつくる体質改善トレーニングキッド」を販売しているビジネス。
日本の「努力は美しい」根性への処方箋にもなるBIには賛成派ですが、グラミン創設者のポジショントークだろうと斜に構えることなく、「BI=全ての国民を生活保護下においてしまう制度」という指摘は噛みしめたいと思った。
たしかにBIが定着したら、仕事からは自由になれるけど、国家からは自由になれない人が増えるのかもしれない。テクノロジーは生活を安楽にできるはずなのに、なぜ人々は仕事で苦しみ、貧困さえ消えてなくなることがないのか?というのは19世紀半ばのヨーロッパではすでに最重要な社会的課題になっていました。今は一時的な問題はあってもテクノロジーはいずれは全ての人々の生活を安楽にするのだ、という主張も当時からありました。ベーシックインカムはこの主張の末流であるともいえます。
マルクスはこの課題について、全ての人が同じように働くようになれば解決する問題であると主張しました。テクノロジーは生産力を増大させ、モノはすでに十分にある、あとは生産手段を共有化(工場や土地の私有を無くす)させれば、仕事は苦しくなくなり、モノも十分に行き渡ると主張しました。この解決法は、不十分な解決しかもたらしませんでした。仕事もモノも飢えるほどではないにしても十分ではなく、テクノロジーの発展が停滞しました。
全ての人が起業家になれば貧困が解決し人々は幸せになる、というのがうまくいくかどうか、は必ずしもそうとは限らないと思われます。ムハンマド・ユヌス氏は、社会的な功罪はともかく、成功した起業家には違いありません。バングラデシュや他の多くの途上国は、隙(ニッチ)が多い社会です。女性の働く機会が限られ、女性には女性しかアプローチできない場合が多く、モノを売り込んだり、手工業に女性を誘う余地があります。都市と農村の格差が大きく、農村には日用品をはじめ、欠けているものが非常に多くあります。社会保障も欠如しており、銀行による融資も極めて限られた範囲にしか行われていません。そういった隙間は、確かに小規模であっても起業の機会になりえます。
日本は全ての人(男性)が同じように働くことで、豊かになろうとしてきた社会です。大企業とその系列下の起業の製品が決まった流通経路で溢れかえっています。そこに割って入るのは容易ではありません。シングルマザーが起業してアプリでパンケーキの配達を受け付けたり、配車サービスをしたり、民泊を経営したりして豊かになるのも、おそらく容易ではありません。芸人(志望者)が地方の社会的課題に取り組むというのはいい目のつけどころかもしれません。彼らは数千人はいますが、劇場で公演して食べていけるわけではなく、地方に散らばって、遊撃手のようなかたちで何にでも動き回れる数少ない人たちかもしれません。