「こんな会社、辞めてやる!」をAIが予測、残留促す方法の提案も

2018/4/26

社員が辞める理由をAIが学習

企業が人材募集をする際にAIが役立てられているのは、よく知られていることだろう。求めている職能にぴったりの人材を探し出すために、多量のデータを分析する手法がたくさんある。
それについてはいずれ本連載でも書きたいと思うが、一方で「この社員はもうすぐ辞めそうだ」ということを予想するのにもAIが使われているのをご存じだろうか。「こんな会社、辞めてやる!」と感じているのは自分の心の内だけと思っているだろうが、実はAIにはすっかり見透かされているかもしれないのだ。
例えば、人事管理ソフトウェアを開発するワークデイ(Workday)のアプリケーションにそうしたものがあり、社員が辞めていく要素をAIが複合的に学習している。それを現在在籍する社員と比較して、同じようなパターンが表出しているかどうかを分析するのだ。
Workdayの人事管理ソフトウェアの画面例(写真:www.workday.com)
辞めたくなる要素とは何か。面白いので挙げてみよう。
在籍している期間、前回昇進してから経っている時間、昨年と比べた今年のボーナスの額、上司によるパフォーマンス評価と能力、上司のパフォーマンス評価と能力、上司との摩擦、病気休暇の日数、与えられた株式の数、チームのサイズ、会社の拠点、チームの拠点、上司の拠点などである。
アメリカでは、転職する人々が多い。企業側も都合によってすぐ首を切ったりするから、終身雇用的な人生のロードマップを描いている人は少なく、他にいい機会があればすぐに現在の勤め先を辞めてしまう。
これは、個人のキャリア形成には役立つかもしれないが、当然企業側にとってはコストがかかる。そこで、辞めそうな社員をこうして予測して、特に有能な人材ならばなんとかとどまってくれるように手を打とうというわけだ。

能力や会社とのつながりを数値化

ワークデイのアプリケーションを見ると要素はもっと複雑だが、ギョッとするのは「パフォーマンスの高い人材で辞めるリスクが高い」という社員のリストが整然と出てくることだ。
人事担当者にとってこれを管理するのは当たり前のことかもしれないが、その横には辞められた際のコストまで出てくる。今、この人材に抜けられたら会社にとってどの程度のダメージになるのかが、はっきりとした値段で示されるのだ。
ところで先に挙げた辞めたくなる要素の見分け方だが、こうなっている。
在職年数は3年以下だとリスクが高く、6年以上になると低い。3年を超えるまでは、慣れるのに問題が生じて辞めてしまうというケースが多いのだろう。逆に、現在の職務についているのが5年以上だとリスクが高く、3年以下ならば低い。ずっと同じ仕事をさせられていると、ウンザリするという前提だ。
また、何人の上司の下で仕事をしたかについては、4人以上ならばリスクが高く、2人以下ならば低い。つまりは、同じ上司の下で多様な仕事ができれば理想的ということだろう。もちろん、上司との摩擦の度合いもそこに盛り込まれているから、気の合った上司の下でという条件付きだ。
さて、優秀な人材に残ってもらうために人事担当者がやるのは、その人物をクリックするだけだ。そこに取るべきアクションがリストで示され、「勤務地を変える」「肩書を変える」などの選択ができるようになっている。
問題発見も対処の方法も一目瞭然といった感じで、従来はひどく複雑だった人材管理もデータがあればこんなに簡単になってしまうのかと驚くばかりだ。もちろんAIにも間違いはあるし、人事担当者がやることはこれだけではないにしても、能力や会社とのつながりまでも数値化されてしまうのかと複雑な感想を持つ。

雇用前に退職リスクを予測するAIも

一方で、雇った社員が辞めてしまうのならば、雇う前に辞めそうかどうかをあらかじめ予測すればいいのではないかといったタイプのソフトウェアも出てきた。パイメトリックス(Pymetrics)やスキルサーベイ(SkillSurvey)といった会社が、そうした目的でAIを盛り込んだ開発を行っている。
最終選考近くまで残った候補者に対してクイズを出し、その人となりを浮かび上がらせたり、あるいはレファレンス(紹介状)の内容を読み取ったりすることで、それぞれ職にとどまる人物かどうかを予測する。
考えもしなかった方法があるものだが、職に特有の見分け方というものもあるようだ。
例えば、人の入れ替わりが激しいことで知られるコールセンターでは、通話時間が長くなるのに問題が解決しないというケースが増えると辞める人が多い。また、プログラマーの場合は、リンクトインの履歴を書き直すようになると転職を考えている兆候なのだそうだ。
ただし、彼らを雇っている企業側もそれを検知する仕組みを作るようになっており、辞めそうな社員のデータの一つとして組み込まれているという。人の行いの全てがAIに栄養を与えるデータとなるわけだ。
企業は優秀な社員を手元に残し、雇用の無駄をなくすために、こんなツールを利用している。AIによって、管理の方法はますますピンポイント化し、競争の方法はますます先鋭化しているのだ。
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(文:瀧口範子、写真:Andrey Suslov/iStock)