カヤック、スペースマーケットと問う 「移動の自由」

2017/2/27
東京・西新宿にあるスペースマーケットのオフィスから車で約1時間半。東京湾の海の上を走る高速道路アクアラインを越えると、千葉の木更津。そこからさらに20分ほど房総半島を下った南房総の富津市に、スペースマーケットCEOの重松大輔が週末、家族と訪れる家がある。
「このアクアラインを車で走る時間が好きなんです。海の真ん中をまっすぐ延びる高速道路を走っているだけで、自然と気持ちが盛り上がってくる。木更津に近づいたところで、少し上り坂になって下る場所があって、その道を下る瞬間、まるでジェットコースターみたいに海と対岸の風景が目の前に広がるんです。いよいよこれから楽しい時間が始まるぞ、とワクワクします」
空間そのものの価値にこだわり、古民家や遊園地など大小さまざまなレンタルスペースを1万1000件以上取り扱うスペースマーケット。都心から離れた場所や、いつもと違う環境を社員研修などに使いたいというニーズも高い。
「例えば、会社の総会をわざわざ古民家でやったり、伊豆などの近郊でやるというニーズも増えています。自然が身近にあるリラックスできる環境が、新たな発想やイノベーションへのヒントになっていると思います」
スペースマーケットでは、重松の両親が所有するこの南房総の家もレンタルスペースとして提供。社員研修の場としても定期的に利用している。
「うちでも四半期に1度のマネジメント会議やチームの戦略会議などで、日帰りや1泊の研修によく使っています。オフィスとは違う雰囲気だから斬新なアイデアが生まれたり、社員同士のコミュニケーションが深められる。バーベキューや海で遊んでワイワイやるのが楽しい。社員からもここでの研修は人気で、みんなから “愛されている場所”になっています」
庭の向こうは、すぐ目の前が海。静かな砂浜が広がり、波がきらめく東京湾に船が行き交い、遠くには三浦半島や大島、富士山までが見渡せる。夏は子どもたちと一緒に、水着のまま海岸に繰り出して遊ぶことも多い。
なかでも重松のお気に入りは、東京湾に沈む夕日を眺めるひととき。空や海がゆっくりとオレンジ色に染まっていく様子には、時が経つのを忘れてしまう。
家族と訪れるときは、できるだけ仕事は持ち込まないようにしているが、「クリエイティブな作業は、開放的なこういう場所のほうがいいものが生まれる」と重松。
多忙なスケジュールに追われる東京から思い切って足を延ばし、日常から距離をおくだけで、自分を解放するスイッチが入る。
「たった1時間のドライブで、全然違う景色が広がる場所へとやってこれる。自然からパワーをもらって元気になれるし、仕事へのエネルギーもチャージできますね」
いつものオフィスを抜け出して、自分だけのお気に入りの場所へ少しだけ遠出をしてみよう。ビジネスの新たなステップにつながる、新たなインスピレーションに出会えるかもしれない。
海と山に囲まれた湘南・鎌倉。都心から車でも電車でも1時間とアクセスもよく、住みたい街としても人気のエリアだ。
この鎌倉に本社を構えるのが、面白法人カヤックだ。面白いにこだわった事業はもちろん、そのユニークなワークスタイル、サイコロ給やスマイル給などの給与制度でも知られている。
約20年前、学生時代の仲間3人とカヤックを立ち上げたCEOの柳澤大輔は鎌倉に本社を構える意義をこう話す。
「僕らは設立当初から“何をするか”よりも“誰とするか”にこだわっている。設立当初はこの考え方そのものがあまり受け入れてもらえないことが多かったように思います。会社は『何か』をするところなので、『誰か』の前に何かがあるからです。
でも今は『誰と』するかが重要だという経営者が増えました。一方で、それと同じくらい、『どこで』働くかも大事だと思っています。今後きっとその価値は高まります。鎌倉に本社を構えたのは、単純に僕らカヤックが大切にしている価値観をもった土地柄だったからです。
企業として効率を重視するなら、都心のオフィスのほうがいいのかもしれないですが、会社の場所はその会社の価値観や個性に直結するもの。“面白い”多様な価値観やサービスを提供する我々にとって、鎌倉は非常にマッチする場所だったんです」
鎌倉の魅力は多岐にわたる。伝統的な古い都でありながら、新しい文化や多様性を柔軟に受け入れる風土。価値観や立場の違いを尊重し合う文化が、そこには存在する。
IT企業も鎌倉には意外に多い。柳澤が中心メンバーである「カマコン」は、ITの力で鎌倉を盛り上げるプロジェクトだ。鎌倉周辺に拠点を置くIT企業や鎌倉在住の起業家たち、地元企業などが、立場を超えて参加。地元をリスペクトしながら、地方再生の新しい形を追求する。
「鎌倉は本当に狭いエリアですが、何でもありという雑多な部分がある。古い、新しいが両立していて、多様性や個性を認めてくれる場所。そこに集まる人たちも自然と同じような意識を共有できているから、ものごとがやりやすい」
鎌倉に住まいを構える柳澤は、週に1,2日、朝、海でサーフィンを楽しんでから、仕事へ。
「鎌倉は禅の発祥の地なんですが、サーフィンは動的瞑想ができる。頭の中が空っぽになって、すっきりします」
海だけでなく、目と鼻の先で山の散策もできる鎌倉。緑の中で気分が落ち着く、自分だけのお気に入りスポットもあるという。
「現在は横浜と鎌倉にオフィスが分散していますが、分散する前の鎌倉オフィスは、社内に社員の水着が干してあったり、ランチといえば2時間くらいかけるのがあたり前でした。オンとオフの区切りがとてもあいまいな時間の流れ方の中で、新しい働き方や価値観が生まれていた部分があると思います」
近々、鎌倉に新たな開発拠点となるオフィスが完成。再び、拠点を鎌倉に移し、ますます“面白い”働き方が実現できそうだ。
都心から離れる理由は人さまざま。ビジネスのアイデアを求めたり、人とのつながりを深めたり、自然と触れあったり。移動する自由が高まれば、人はもっとクリエイティブになれるのかもしれない。
(文中敬称略)
取材、文:工藤千秋 編集:久川桃子 写真:福井隆也(南房総)、飯貝拓司(鎌倉)