本能か呪縛か。「変われない人」の意思決定のしくみ

2016/12/28
スマホの急激な普及、X-TechやVRといった先端技術の進化、そしてAI時代の到来……。われわれを取り巻く現実はかつてないスピードで変化している。移り変わる常識やトレンドに素早く適応することが求められるビジネスの世界でも、変化を受け入れることができない人は多い。「変われない人」はなぜ変われないのか。行動経済学を研究する明治大学の友野典男教授に、その理由と対策について聞いた。

人の意思決定には「バイアス」がある

「ビジネスの世界において、人は理性的な判断のもと、もっとも合理的な(利益を最大化する)意思決定をするものである」。これは、多くのビジネスパーソンが信じるところではないでしょうか。
しかし、行動経済学では「人間の意思決定は合理的とは限らない」と定義しています。人間は常に物事を計算できるわけではなく、記憶は間違うものであり、意図せず非合理的な行動をとってしまうのが生身の人間です。
身近な例を挙げれば、「ダイエット」や「禁煙」といった行動は、長期的に考えれば自分に利益をもたらすものです。しかし、多くの人がその実践に失敗し、途中で諦めてしまう。覚えがある人も多いのではないでしょうか。
その理由のひとつとして、人間の思考には「現在志向バイアス」という作用があります。
これは人類が誕生してから長い歳月をかけて環境に適応し、進化してきたなかで獲得された性質です。文明が高度化する以前、物や食料が不足するような環境では、目の前に食料(利益)があればすぐさま確保するのが適応的であり、自然なことでした。
1960年代に行われた有名な実験に、スタンフォード大学の心理学者、ウォルター・ミシェルが行った「マシュマロ・テスト」があります。
4歳の子どもの前にマシュマロをひとつ置いて、「15分後まで食べずに我慢できていたら、マシュマロをもうひとつあげる」と伝えて席を外す。子どもたちはしばらく我慢しようとしますが、結局、3人に2人は15分間我慢できず、マシュマロを食べてしまうという結果が出ました。
合理的に自己利益の最大化を追求しようとする欲求は、目の前にある衝動を超えられないものであり、長期的な目標達成を目指そうとしても、今すぐに手に入る利益に引かれてしまう。これが「現在志向バイアス」です。

変化に伴うリスクは過大評価される

一方で、現在の状態から脱却して新しい状態に移るには“リスクとコスト”が伴います。変化した方が明らかに得な状況であっても、人間は得てして現状維持を選択してしまうことがある。これが「現状維持バイアス」の作用です。
現状を変えることで「何かを失うかもしれない」という不安が、「何かを得られるかもしれない」という期待よりも上回ってしまうとき、人は変化を受け入れられなくなります。そして、変化に伴うリスクとコストは常に過大評価されがちです。
身近なところでは、新しい方がより便利になると思いつつも、使い慣れたPCやアプリケーションを使い続ける、多機能なスマホよりもガラケーが便利に感じるなど、現状維持を選択する人は少なくありません。
新しいものを取り入れることのメリットが予測できていても、失敗の恐れがあるとき、人は「何もしない」ことを選びがちです。これも現状維持バイアスの一種なのです。
個人の意思決定だけでなく、企業の経営にも現状維持バイアスが影響するケースは多々あります。例えば新しいシステムを導入すべきとき、組織の再編や改革をすべきときなどに、変化を避けて現状維持を選択すれば、企業はイノベーションを生み出すことができず、次第に競争力を失うでしょう。

「象と象使い」に見る感情の優位性

なぜ、人間はさまざまなバイアスに囚われてしまうのか。その大きな要因として、人間の意思決定は「理性」よりも、むしろ「感情」によって多くが行われていることが挙げられます。
社会心理学者のジョナサン・ハイトが提唱した「象と象使い」の例えで説明すると、人間の意思決定システムは「直感・感情・無意識」と「思考・理性・言語」の共同作業によってなされます。前者を表すのが「象」、後者を表すのが「象使い」です。
図のとおり、「象」は大きく力が強い、原始的な脳の象徴です。一方の「象使い」は、知的で新しい脳の機能を象徴しています。しかし、「象使い」の力は弱く、すぐに疲れてしまう。すると「象」は本能の赴くままに暴走してしまいます。
さらに、「象」の行く先を決めるのは「象使い」だけではなく、象の歩く「道」(=環境)もまた、意思決定に大きな影響を与えます。
つまり、私たちの意思決定には、「感情(象)」と「理性(象使い)」と「環境(道)」の3つの要素が関係しているということです。そして、「理性」の力はとても限定的であり、「感情」や「環境」に反しながら、「理性」のみで意思決定をすることは極めて難しいのです。

バイアスを認識し、感情の反発を避ける

こうした意思決定のシステムを踏まえた上で、「変われない人」が「変われる人」になるための方法においては、セルフ・コントロールが鍵となります。それには4つのポイントがあります。
①意思決定にあたって、「自分の判断にはバイアスがかかっている」と自覚すること。現在志向バイアスや現状維持バイアスの仕組みを理解することで、その影響を小さくすることができます。
②変化の対象をよく知ること。人間は未知のものに対して不安を覚えますが、変化の先に利益があると理解できれば、リスクを過大評価することはなくなり、直感よりも理性に沿って判断できるようになります。
③「信頼できる第三者」にアドバイスを受けること。「この人が言うなら」という信頼は、変化に伴うリスクを払拭する力があります。ときには第三者に判断を委ねることも効果的でしょう。
そして④は、変化を小さくすること。「急激な変化」「大きな変化」「一方的な変化」は感情や無意識の反発を招き、受け入れることができません。そこで、一つひとつは小さい変化を、段階的に受け入れていくことで、受け入れやすくすることができます。
実は、先述した「マシュマロ・テスト」に参加した4歳児の被験者約600人に対して、その12年後に追跡調査が行われました。その結果、「15分待てた子ども」は、「30秒しか待てなかった子ども」よりも、SAT(大学進学適性試験)のスコアが平均して210点高かったということが明らかになりました。
つまり、将来のより大きな成果のために、目先の欲求を辛抱する能力があった子どもほど、社会的な成功を得やすいということがわかったのです。
社会の変化が激しくなっていくなかで、リスクを恐れていたずらに現状維持を続ければ、あっという間に時代に取り残されてしまう。ビジネスにおいても、「将来価値」を見据えて変化し続けることで、より多くの利益を得ることができるでしょう。
本質的に「変わることを避ける」のが人間ですが、私たちには適応能力があり、環境の変化を受け入れる力もあります。「象」が歩きやすいよう「道」を整え、「象使い」を疲れさせないよう少しずつ進んでいくことができれば、その先にはきっと豊かな体験があるはずです。
(編集:呉 琢磨、構成:大高志帆、撮影:下屋敷和文、イラスト:砂田優花)