ビジネスで一番大切な「信頼」の掴み方【後編】

2016/12/21
所属する組織の規模や業種を問わず、「信頼」はあらゆるビジネスに不可欠な要件だ。周囲からの「信頼」を得られない人物に、大きな仕事は成し遂げられない。掴み取るのは容易ではなく、一度失われれば取り戻すのは難しい。だからこそ「信頼」に関わる経験は人を大きく成長させる。いま活躍するビジネスパーソンは、どんな壁を乗り越えて「信頼」を掴み取ったのか。そして今、「信頼」をどう捉えているのか。キャリアの異なる5人に聞いた。
ビジネスの経験から学んだ信頼の紡ぎ方
奈良原:心臓外科医は、術中、一時的に心臓を止めるというハイリスクな手術を行う職業です。患者さんとは命の契約をするわけですから、納得のいく高い妥協点を共有し、できる限り満足度の高い結果を出すことが責務だと思っています。
しかしながら、「命を救う医師」対「救われる患者」というやや特殊な関係性においては、情報量に圧倒的な差があり対等な関係にはなりづらく、患者やその家族が医師をやみくもに信頼するケースが多いのも事実です。患者さんが「よくわからないから、もう任せるよ」と、まな板の上のコイなってしまう。
これは、時間をかけて構築された信頼関係ではないので、ちょっとしたディスコミュニケーションなどをきっかけにほころび、もろく崩れ去る危険があります。医師のなかには、「医師の言うことをよく聞くのがいい患者」という考えを持つ人もいますが、私はそうは思いません。患者さんが十分な情報を得たうえで治療法を選択し、主体的に医師を選ぶことで、積極的に治療に取り組めるのだと思っています。
患者さんが医師を選ぶには、①客観性のある治療実績、②医師本人の人格、③過去に治療を受けた患者さんの声、の3点を知る必要があると考えています。そのため、私はFacebookページやHPを作って自分たちの活動を紹介し、治療実績をオープンにしています。
私の元に来た患者さんには、「時間」「頻度」「伝わりやすさ」「態度」「環境」の5点に気を配り、真の信頼を得る努力をしています。落ち着いた場所で、できるだけ時間をかけて、わかりやすく説明する。高圧的でない態度で丁寧にお話しすることも大切です。手術後は短時間でもマメに様子を見に行くなど、こちらの真剣さを伝えることも心がけています。この感覚は、医師になる以前の4年半のビジネスマン経験が生きていると思います。
それでも患者さんに不安が残っていると感じたら、セカンドオピニオンを積極的に勧めます。ガイドラインに従うのが通常ですから、治療方針が医師によって大幅に異なることはありません。ここで比較されるのは治療方針ではなく、「命を預ける相手」として信頼に足るかどうかだと思っています。
命の信頼に向き合うための「美意識」
また、チームの仲間との信頼関係も重要です。心臓外科の手術は、執刀医、助手、器械出しをする看護師、体外循環技士、麻酔医……と、最低でも7〜8人のチームで手術を行います。テンポが少しでも合わなければ手術はスムーズに行えませんし、誰か1人のミスが致命的となる可能性もある。ドラマのように、スーパードクターが1人で結果を出せる仕事ではありません。
幸いなことに、これまで2468例の手術を行い、99.92%という高い確率で予定したとおりの手術を完遂できています。これらはすべてチーム全体の信頼関係あってこそだと思っています。
個人的な話になりますが、「38歳から心臓外科医になる」という私の挑戦を受け入れてくれた上司は、私の心の支えとなっている存在です。私が心臓外科医の専門医の資格に合格した時には、1年前から準備していたという、私のために鍛えられた日本刀(大脇差)を贈ってくれました。
奈良原氏が上司から贈られた大脇差。そろいの小柄には奈良原氏の名前が刻まれている。
「数え切れないほどのやり取りの末、理想の刀の姿を作る。現れるのは、人生における美意識。そうありたいと思う姿かもしれない」
日本刀とともに頂いた言葉です。心臓外科医に育ててもらい、今、執刀医として自分に寄せられた多くの信頼を裏切ることなく、技術と心の研鑽(けんさん)をし続けているか。刀の手入れをするたびに、刀身に映し出される自らの姿、生き様に自問しています。
トラブルの時こそ誠実さが試される
山野:アソビューという会社は、“遊び”のマーケットプレース「asoview!」をはじめ、エンターテインメント分野の情報を扱う事業を展開している会社です。今でこそ100人超のスタッフを抱える大所帯になりましたが、実は立ち上げ当初、1度だけ企業としての信頼を失いかける“事件”がありました。
当時のスタッフは私を含めて3人だけ。そのうち、共同創業者であり、営業を担当していた1人が突然いなくなってしまったのです。連絡も取れず、仕事の進捗(しんちょく)状況もわからない。レジャー情報を提供してくださるパートナーの方々への連絡がストップしたにもかかわらず、状況を説明することもできませんでした。
2週間ほどたってやっと状況が把握でき、パートナー様全員に謝罪をしましたが、ある経営者の方からは「熱意を信じて参画しようと思ったのに、そんな適当な会社とは仕事したくない」とお叱りを受けました。実績のないITベンチャーにとって最も大切な「信頼」を、全社的に失いかけたタイミングでした。
私はすぐ新幹線に飛び乗りました。できることはひとつだけ、ありのままの状況を隠し立てせずに説明し、誠実に謝罪することだけでした。決してパフォーマンスではなく、信頼を回復するためにはそれしかないと思ったのです。
先方は即座にかけつけた私の話を聞き、謝罪を受け入れてくれました。ビジネスも継続してくださり、今では新機能を開発する際、真っ先に相談するほどのビジネスパートナーとなっています。
決して褒められたことではないですが、失態に対して誠心誠意おわびをし、ひざを突き合わせてお話ししたことで、マイナスがプラスに転じ、逆に絆が生まれた。ありがたいことに、結局その事件で取引を解消された企業はゼロでした。
信頼を育むための方法は、ただひたすらに誠実であること、そしてお互いをよく理解し合うこと。当たり前すぎる話ですが、やはり、それ以外に方法はないのだと思います。
相手を知る。自分を知ってもらう
これは社内のスタッフとの関係にも言えることです。実は、1カ月ほど前から社内で“社長ランチ”をはじめました。週に1~2回、ランダムで社内の人間に声をかけ、一緒にランチを取りながら話をするのです。
社長ランチでは、プライベートや近況、会社をどのような気持ちで運営しているのかを自分から進んで話します。私が情報を開示すると、相手もそれに応えて自分を見せてくれる。
普段何を考えているかわからない人間を信頼するのは難しいもの。その溝を埋めるために会話を重ねるのです。終わったあとは決まって「話せてよかった」と言ってもらえるので、今後も続けていくつもりです。アナログかもしれませんが、アソビューの今のフェーズでは、これがベストなやり方だと思っています。
「同じ志」を持つ人と向き合う
矢島:「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから誕生した「株式会社和える」。展開している『0から6歳の伝統ブランドaeru』では、幼少期から職人の手仕事に触れられる環境を創出するため、日本全国の伝統産業の職人さんとともに、子どもの時から大人になるまで長く使っていただけるような日用品を作り、販売しています。
このようなビジネスでは、職人さん側が商品の在庫を持ち、ブランド側が必要なぶんだけ買い取るという場合が多いのですが、和えるでは、日本の文化や伝統的な技術をつなぐ努力をしている職人さんに、そういった負担を強いたくないと考え、創業以来「買い取り」の形をとっています。
ですが、そのポリシーがネックになり、創業2年目に1度、資金が底をついてしまったことがあります。困り果てた私は、取引先の職人の方に正直に打ち明けました。
「どうしても今月、商品代をお支払いすることができません。来月まで待っていただけませんか」。すると職人さんは「1カ月くらい大丈夫だよ。いつも買い取ってくれるから大丈夫かなと心配していたんだよ」と逆に心配までしてくださったのです。
支払いが滞るのはビジネスの世界であってはならないことですが、私たちが単なる取引相手としてではなく、「次世代に日本の文化や伝統をつなぎたい」という同じ志を持ったファミリーなのだと感じさせてもらった出来事でした。
考えてみれば、私自身も信頼できる人としか仕事をしていません。お話しして、直感的に「同じ想いの持ち主だ」と感じること。相手が職人さんなら、作っていらっしゃるモノに魅力を感じること。「感覚が合う」方々と仕事をしてきました。
感性が軸になっているビジネスをする以上、すべての方から支持されることは難しいかもしれません。そうであれば、同じ価値観を持っている方と丁寧に向き合いたい。それが私たちのビジネスの根本的な考え方です。
「物を選ぶ」ことは信頼の表れ
今の日本は物質的には非常に恵まれています。使うことだけで良ければ、安くて十分なものがたくさんある。そんな時代に私たちが届けようとしているのは、子どもたちの豊かな感性や価値観を育むような商品です。私にできることは、より多くの人に「ホンモノ」と出会い、触れ合える機会を提供することだと思っています。
物を選ぶという行為はとても感覚的なので、そういった商品に価値を見いださない方もいらっしゃると思います。本音を言えば、私が日本の伝統産業の技術を生かした赤ちゃん・子どもから使える商品を作っているのは、「私自身、幼少期に日本の伝統に触れられたら良かったな。きっと他にも同じ考えの人がいるはず」という単純な動機からです。
いわゆるマーケティングからは程遠いですが、自分の感性を信じてきた結果、今では「こういうのを探していた!」と言ってくださる方々の潜在的なニーズを顕在化させるブランドに育ってきました。物を売りたいと思って始めていたら、今のような状況はなかったかもしれません。物を通して日本の伝統を次世代につなげたい。その想いが少しずつ広がり始めているのだと思います。
物を選択するということは、その商品の価値を信頼するということ。「和える」の成長そのものが、信頼の証しなのだと信じています。
(編集:呉 琢磨、構成:大高志帆、撮影:露木聡子)