メディアの支配者、電通で今何が起きているのか

2016/11/7

電通を襲った3つの問題

電通。
この2文字が2016年ほど大手メディアの紙面をにぎわしたことはあっただろうか。
①東京五輪招致に関わる疑惑
まず5月11日、英紙「ガーディアン」が2020年の東京五輪・パラリンピック招致をめぐり、招致委員会側がシンガポールのコンサルティング会社に2億2000万円を支払っていた疑惑を報道。その中で、電通の関与が取り沙汰された。
②デジタル広告の不正問題
次に9月21日、今度は英紙「フィナンシャル・タイムズ」が、デジタル広告でトヨタ自動車に不正請求していたとして、100社以上の顧客と緊急交渉を行っていると報道。電通側もこれを認め、計111社に対して、金額は2億3000万円だったと明かした。
③若手社員の過労死
さらには10月7日、過去に電通の女性社員(当時24歳)が自殺した件で、労基署がこれを過労死と認定していたことを、遺族側の弁護士が明らかにした。そのため電通の過重労働が問題視され、電通は全拠点で午後10時に消灯するなど対応に追われた。
これらの問題のうち、2件が海外メディアによって明るみになったことは、示唆的だ。ただ、2016年、誰もが知るこの日本最強の大手広告代理店が、歴史上でも大きな岐路を迎えているのは間違いないだろう。
電通本社ビルにあった看板。

神話の裏に見える姿

電通について語るとき、多くの場合は、歴史的にメディアへ大きな影響力を持ってきた背景から、「電通タブー説」「政官財の支配者」などという陰謀論などが先に立ってしまい、その本質が覆い隠されてしまう。
しかし近年は、電通がすべてのメディアを1つひとつコントロールしているという実態はなく、メディア関係者を含め、彼らにまつわる「神話」だけが生き残っていた。
「陰謀論は、むしろ電通の強さの根源だった。周りがそう認識してこれることが、電通がすごいという幻想をさらに高めて、高い利益率を叩き出せる背景になっていた。それだけの権力があれば、本当は面白いのだけど……」と、ある電通の幹部は話す。
だとすれば、そうした神話や陰謀論といった会社を覆っている多くの装飾を取り去った、電通のありのままの姿とは何なのか。
NewsPicks編集部では緊急特集として、電通幹部や社員、元社員、クライアント企業など数十人への取材を敢行した。
その中で、2016年にこの巨大企業に起きた3つの事象を丹念に調べていくと、これらをつなぐ1つの線がおぼろげながら見えてきた。
それは単純化すれば、昭和時代に電通がその影響力を確固たるものにしていった手法が、新たな時代に通用しなくなっているという紛れもない事実だ。
特に②のデジタル広告の不正、と③女性社員の過労死問題は、その構造問題を取材していくと、電通と広告業界が抱える同じ文脈の上に位置する。
電通、広告不正と過労死の裏にある「デジタル蟹工船」
それはデジタル時代のゲーム・チェンジに喘ぐ巨大企業の姿だ。
マスメディアの台頭とともに、全方位に人脈を張り巡らし、メディアの広告枠買い切りや、広告主へのフルサービスといった手法を通じて、広告料金や広告主との関係性など「ルール」を作り上げていった電通だが、そのルールがデジタル時代には逆に自らの首を締めている現状がある。
それらのひずみが、今は巨大な業務量となって、現場の社員や下請け企業にしわ寄せが起きるという、切実な構造問題が起きているのだ。
これは業界全体で見ると、広告テクノロジーの進化に広告業界の人間がなかなか追いついていない、と言えるかもしれない。

フィクサー時代は終わるのか

①の東京五輪招致に関わる疑惑は、そうしたデジタルの世界とはもちろん無関係だ。
だが、これも、より俯瞰的な視点で見ると、業界構造の大きな変化に位置すると言えるのではないだろうか。
「電通は、属人的な会社だ」と多くの社員は証言する。
マス広告でも、担当者が毎日毎晩、テレビ局や新聞社に通い、個人的な信頼関係を築いていくことで、その影響力を担保した。それは広告主への営業でも同様だ。
そして、その最たる例が、世界のスポーツ界で電通が築いていった人脈と影響力と言えるかもしれない。電通は、1980年代からスポーツ界へと乗り出し、個人のフィクサーの力をもって五輪やサッカーW杯での権利を勝ち取っていった。
しかし、それはアナログの古き良き時代の産物と言えるかもしれない。
すでにFIFAの腐敗構造に司法当局のメスが入ったことを契機に、わいろにまみれた人脈依存の関係は薄れつつある。IOCも同様だ。
広告ではそれがさらに顕著で、広告の主役が、日本では遅いとはいえ、マスからデジタルへ移る中で、「属人性」がモノを言う範囲は少しずつ小さくなっている。
それはデジタルが、広告効果をすぐに可視化するデータ主導の技術であり、さらにはテクノロジーの宿命として長期的には自動化が進んでいくからだ。
「もちろん、デジタル時代でも人と人の関係で仕事は生まれるが、それはよりスキルを持った個人同士の関係へと変わるだろう」(業界関係者)

「大いなる下請け」

「今の電通は『大いなる下請け』になってしまった」
1980年に、電通の絶大な支配力を克明に描写したジャーナリストの田原総一朗は、電通の現状をこう分析する。
確かに、いまだにあらゆるビジネスや政治の領域に情報網を張り巡らすも、今の電通から見えてくるのは、その「支配力」というよりは、広告主からの注文に四苦八苦しながら対応する、いわゆる平凡な一企業の姿だ。
電通といえば、4代目社長の吉田秀雄が作った電通マンの行動規範「鬼十則」が有名だ。
なかでも、「6.周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる」はよく引用される一節だ。
だが、社内からは「今の電通は顧客に振り回されてばかり」との指摘が上がる。
業績だけみれば、日本ではまだテレビ広告が根強いことや、海外大手代理店の買収の成功などで好調だし、今年はリオデジャネイロ五輪での閉会式の引き継ぎショーの成功など好材料もたくさんある。
しかし、問題の対処に後手後手に回る電通からは、これまで誇ってきた唯一無二の絶対的な存在感は見えてこない。
これまで電通を彩ってきた「神話」の効果が消えていくなか、電通はそのまま神話と共に国内での影響力をすり減らしていくのか、それともこの危機を機に新たなビジネスモデルを持って別の「神話」を作り上げるのか。
2016年は、その分岐点になるのかもしれない。